第二十五話:生徒会の黒雪姫
パーティ後の楽しい雰囲気はどこへやら……生徒会室の空気は、かつてないほどに重かった。
「……とりあえず、このふざけた裁判を提起した、愚かな生徒の情報を確認しましょうか」
「お、おう……っ」
「そ、そうですね!」
白雪は言葉の端々に棘を滲ませながら、日取先生が置いていった書類の束を手に取り、一枚ずつ机の上に並べていく。
その間、まったくの無言。
「「「……」」」
ピンと張り詰めた緊張感が、生徒会室を支配した。
(……こ、怖ぇよ……)
白雪の瞳は氷のように冷たく、しかしその奥には、抑えようのない怒りが滾っている。
彼女にしては珍しく、本気で怒っていた。
「なるほど、彼でしたか……」
弾劾裁判の発起人は、二年三組の網走颯。
課外活動連合組合、通称『部活連』の副会頭を務める男だ。
プリントの記述によれば……陸上部のエース的な存在で、最も得意とする400メートル走において、東京都の高校生記録を持っているらしい。
「ふふっ、無事に本番当日を迎えられるといいですね……網走くん?」
白雪――否、黒雪は冷笑を浮かべ、恐ろしいことを口にした。
「白雪、ストップ。気持ちは嬉しいが、ちょっと落ち着いてくれ。悪いところが出ているぞ?」
「……! ……すみません、少し熱くなっていたようです……」
正気を取り戻した彼女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
凍り付いた空気が雪解けを見せ、生徒会室に春が訪れると同時、桜が明るい声をあげる。
「弾劾裁判だか、万歳裁判だか、知りませんが……とにかく、勝てばいいんですよ! この土日をフルに使って、最強の対策を立てましょう! 三人寄れば文殊の知恵!」
彼女はそう言って、士気をあげようとしてくれたのだが……。
「あ゛ー……悪い、それはちょっと無理だ。バイトが入っている」
最近はただでさえ、ひったくり騒動や風邪で欠勤が続いている。
これ以上、店長や他のバイト仲間に迷惑を掛けるわけにはいかない。
それに何より、あんまり休み過ぎると家計が回らなくなっちまう。
俺のささやかなバイト代は、葛原家にとって文字通りの『生命線』なのだ。
「いやいや、何を言っているんですか!? 裁判に負けたら、副会長を追放されてしまうんですよ!? バイトぐらい別に休めば――」
「……それなら仕方がありませんね」
「白雪さん!?」
驚愕する桜をよそに、白雪は視線をこちらへ向けた。
葛原家の事情を話していいかどうか、判断を仰いでいるのだろう。
それに対し、俺は軽くコクリと頷く。
事業の破綻・両親の離婚・極貧の生活、別に隠していることじゃないし、なんなら近隣住民はみんな知っていることだ。
こういう不幸話ってやつは、あっという間に広がっていくからな。
「桜さん、大事な話がありますので、真剣に聞いてもらえますか?」
「は、はい、なんでしょうか……っ」
それから白雪は、重たい口を開いた。
五年ほど前、葛原家の営んでいた事業が経営破綻。
両親は離婚し、母親は行方不明&父親は放蕩生活。
長男である葛原葛男は、無茶な量のバイトをこなし、なんとか家計を支えている。
……改めて整理すると、中々ハードモードの人生だな。
「そ、そうだったんですか……。知らぬこととは言え、本当にすみませんでした……」
桜はアホ毛をしおらしく垂らし、こちらへペコリと頭を下げた。
「気にすんな。なんとも思ってねぇよ」
そんな程度で怒るほど、小さい男じゃない。
すると――桜は白雪に身を寄せ、小さな声で耳打ちを始める。
「白雪さん……葛原くんってもしかして、とても立派な人なんですか?」
「はい。よく誤解されがちですが、彼は途轍もなく立派な人ですよ。私が絶対の信頼を置く、たった一人の男性……かもしれません」
「『たった一人の男性』って……白雪さん、まさか!?」
「『まさか』とは、どういう……~~っ!? ご、誤解です……! 最後のは少し軽率な表現でした、『大切な友人』に訂正させてください!」
……おい、そういう気恥ずかしい話は、本人のいないところでやってくれ。
思いっ切りこっちに聞こえているし、どう反応すればいいか困るだろうが……。