第十七話:生徒会と心理テスト
「心理テスト……?」
「もしかして白雪さん、やったことない感じですか?」
「はい、軽く聞き齧ったことはあるのですが……。白雪家の教育方針上、そういう遊戯には、ほとんど触れさせてもらえなかったので」
「なるほど……つまり、初体験ということですね!? それならぜひ、みんなで一緒にやりましょう! 心理テストは、いくつかの質問に答えることで、相手の深層心理を読み解くという超面白ゲーム! これをやれば、生徒会の仲が深まること間違いなしです!」
桜は楽しそうにぴょんぴょんと跳びはね、
「深層心理を……なるほど、ちょっと面白そうですね」
白雪は何故かチラリと俺の方を見た後、賛同の意を示した。
「ほらほら、葛原くんも早くこっちへ来てください!」
桜はそう言って、来客用のソファをバスバスと叩くが……。
「悪い、俺はパス」
「えっ、どうしてですか?」
「心理テストなんて所詮、バーナム効果を利用した娯楽商品。誰にでも当てはまる曖昧な表現で、読者に満足感を与えるだけのものだからな」
占いやら心理なんちゃらやらメンタリズム的なものをこれっぽっち信用していない。
――今から四年ほど前、俺は運勢的に『最高の一年』だった。
おみくじ・タロットカード・占術・生年月日・姓名判断、あらゆるものが『最高』を示したその年――うちの家業は経営破綻、両親はあっさりと離婚し、すぐに極貧生活が始まって、結は40℃の高熱に倒れた。……あっ、後ついでに親父がダンプカーに撥られたっけか? 今はもうピンピンしてるけど……。
まぁとにかく、最高の一年と言われたその年は、人生最悪の一年だった。
俺はそれ以来、この手の話を一切信じなくなったのだ。
「まったくもぅ……葛原くんは、相変わらず捻くれ曲がっていますね。確かに市販の既製品は、適当な眉唾物が多いかもしれません。しかしこれは、紛れもなく本物! 何せ、私のひいおばあちゃんが書いた『世界でただ一つの心理テスト』ですから!」
「桜の曾祖母……なんだ、心理学の研究でもやってたのか?」
「いえ。ひいおばあちゃんは由緒正しきお姫様……って、あれ? それはおばあちゃんでした。トレジャーハンター……は、おじいちゃんだから……。あっ、思い出しました! ひいおばあちゃんは、霊験あらたかな巫女さんです!」
桜の口から語られたのは、あまりにもぶっ飛んだ話だった。
あまりにも突拍子がなさ過ぎたので、却って真実味を感じてしまう。
「白雪、今のってマジ……?」
「はい。桜さんの家系は、とてもユニークな人たちばかりなんですよ」
白雪は苦笑いを浮かべながら、コクリと頷いた。
(……なる、ほど……)
なんだか妙に納得できた。
腹の底にストンと落ちた感覚だ。
確かにそんな超特殊家系からじゃないと、こんな変異体は生まれてこないだろう。
「とにかく、この心理テストは本物なんです! 試しに一問やってみれば、その凄さがわかります! だから、葛原くんも一緒にやりましょうよーっ」
桜はそう言って、俺の肩をわっさわっさと揺さぶってきた。
「あー、わかったわかった……。その一問が当たってたら、俺もちゃんと参加する」
心理テストに参加する労力、珍獣を追い払う労力――どちらがより大変かなんて、考えるまでもないことだ。
「ぃやった!」
ピコンとアホ毛を跳ね上げた彼女は、俺の手をグイグイと引っ張り、来客用のソファへ移動する。
「えへへ、嘘ついちゃ駄目ですよ? ちゃんと真剣に答えてくださいね? 後それから、深く考え込むのも禁止です。直感でピンと来たものをズバッと答えてください」
「はいよ」
「それじゃ行きます! ――『とある休日、貴方は一人で動物園に行きました。とてもたくさんの来園者がいたので、あまり人気のない場所へ移動します。そこで一番最初に目が合った動物は、なんでしたか?』」
「カバ」
「色は?」
「黒だ」
「なるほどなるほど……それでは答え合わせと行きましょう」
桜はそう言って、診断結果を読み上げていく。
「えーっと何々……『黒いカバを思い浮かべた貴方は、非常に屈折した思想の持ち主です。もう少し素直に生きれば、楽になるでしょう』」
一瞬の沈黙の後、
「凄い、どんぴしゃです!」
桜は嬉しそうに手を合わせ、
「確かに当たっていますね」
白雪は興味深そうに眼を丸くした。
まぁ『中らずと雖も遠からず』、と言ったところだろうか。
おそらく偶然だろうが、今回に限っては、それなりに的を射た答えだ。
「葛原くん、これで一緒に心理テストをやってくれるんですよね?」
「一応、約束だからな」
「ぃやった!」
俺は心理テストを信じてこそいないが、それに参加すること自体は、別にそこまでやぶさかじゃない。
今のところ俺・白雪・桜の三人は、『お互いのことをよく知っている』と言い難い。
この先、生徒会運営を円滑に進めていくためにも、相互理解を深めるのは大切なことだ。
(発案者である桜はともかくとして、思いのほか白雪も乗り気みたいだしな……)
案外この催しは、有益なものになるかもしれない。
「おっほん。先に言っておきますが、私はこの心理テストの内容に一切目を通していません。普段お茶目な嘘をつくこともありますが、これは本当の本当に本当なので御安心ください!」
桜はそう念を押しした後、パラパラ漫画の要領で雑誌をめくり――「ここです!」と言って、とあるページに親指を入れた。
「では、行きますよ? 『貴方は今、暗い夜道を走っています。背後からは追い迫るのは、得体の知れない黒い影。このとき、自分と手を繋いで一緒に逃げているのは誰ですか?』」
あまり深く考えず、直感のままに答えを導き出す。
(……白雪、かな)
(……葛原くんですね)
俺と白雪の視線が一瞬だけ交わった……ような気がする。
「どうですか? 決まりましたか?」
「まぁな」
「はい」
「それでは、葛原くん→白雪さん→私の順番で行きましょう! 一切の思考を放棄して、パンパンパンとリズムよく! 葛原くん、どうぞ!」
「俺は――」
言い掛けたところで、脳裏に電撃が走った。
(……待てよ。本当にこの答えで――白雪冬花で大丈夫か?)
俺がこの心理テストに求めているのは、生徒会メンバーの相互理解を深めること。
もしも設問の解答が、『嫌い・苦手な人』だったら?
仲良くなるどころか、却って気まずくなってしまう。
心理テストの趣旨に反するかもしれないが……生徒会メンバーを答えにあげるのは、避けておいた方がいいだろう。
「俺、は……結、妹が浮かんできたな」
「わ、私は……執事長の田中ですね」
俺と白雪がそう答えると、桜はちょっと眉をひそめた。
「お二人の微妙な間が、ちょっと気になりますが……まぁいいでしょう。ちなみに私は、愛犬のローレンくんでした」
お前、犬と手を繋いで逃げるのか……。
とにもかくにも、三人の答えが出揃ったところで、次のページをペラリとめくる。
『手を繋いで一緒に逃げているのは――貴方の大好きな人です』
驚愕の結果に、俺は思わず息を呑む。
(あ、危ねぇ……っ。こういう『逆パターンの地雷』もあるのか……ッ)
こんなもん、『嫌い/苦手な人』よりも気まずい空気になっちまう。
恐るべし、心理テスト。
(それにしても……)
俺がチラリと白雪に目を向けたそのとき、お互いの視線がコンマ数秒だけ交わった。
さっきは気のせいかと思ったが、今回は間違いない。
(まさか白雪は、俺のことを……?)
……いや、ないな。
さすがにそれは、自惚れが過ぎるというものだろう。