第十四話:白雪姫の弱点
その後、新規にアカウントを取得し、三十分ほど練習に励む……予定だったのだが……。
「葛原くん、この白い矢印はどうやって動かせばいいんですか……?」
「ポインターはマウスを……って違う違う。それは空中じゃ機能しない、机に置いて使うものだ」
「……小文字の英語しか出て来ません。これはもしや……こんぴゅーたーういるす!?」
「半角を押せ。……つーか、ローマ字入力はできるんだな」
「ど、どうしましょう……いんたーねっとが壊れてしまいました」
「世界規模の大事故だな。えーっとどれどれ……あー、LANケーブルが抜けたのか」
白雪冬花のそこそこ多い弱点の一つ――機械音痴。
彼女は昔から、驚くほど機械に弱い。
いまだにずっとガラケーを使い続けているし、なんならその簡単な操作でさえ覚束ない。
しかしまぁ……さすがにここまで酷いとは、思ってもいなかった。
なんとか基本的なセッティングを終え、ようやくアペの練習を開始する。
「さて、と……それじゃまずは、キャラの動かし方からだな」
俺は夜霧の家で何度かこのゲームをやったことがあり、基本的な操作は一通り全部できる。
そのため、白雪の先生役を務めることになった。
「こういうPCゲームは、キーボードを使ってキャラクターを移動させるんだ。前進は『W』キーを押して――」
「なるほど……」
彼女はこちらの説明を熱心に聞き、教えられたことを一つ一つ、丁寧に消化していった。
この辺りの学習速度は、さすが白雪冬花というべきだろうか。
キーボードを使った基本的な移動操作は、わずか三分で完璧にマスター。
銃の反動制御も上手く、当て勘も悪くない。
不幸中の幸いというべきか、機械音痴ではあるものの、ゲーム下手ではないらしい。
(この腕前なら、もしかしたら勝てるんじゃないか……?)
しかし、俺のそんな思いとは裏腹に――白雪は負けた。
「ふーふっふっふっ、はーはっはっはー! おやおやぁ? 天下の生徒会長様の実力は、この程度のものなんですかぁ?」
柚木先輩は小憎らしい顔で勝ち誇り、
「くっ……こんなはずでは……っ」
白雪は悔しそうにギュッと拳を握る。
(おいおい、今の精密な射撃は、完全にプロゲーマーのそれだったぞ……)
白雪のプレイングは、お世辞抜きで本当によかった。
一時間にも満たない練習で「よくぞここまで仕上げた」と手放しに褒められるレベルだ。
しかし、コンピューター研究部部長柚木凛、彼女の1VS1の技量はあまりにも圧倒的過ぎた。
「柚木先輩……随分とこのゲームをやり込んでいるんですね」
「ふっ、当然です。何を隠そうこの私は、新進気鋭のゲーム実況者『ユズリンちゃんねる』! 毎週月・水・金の22時から生配信をやっているので、もしよかったらチャンネル登録をお願いします! Nicotterのフォローもお待ちしております!」
どうやら彼女は配信者らしく、流れるようにツラツラと宣伝の定型文を述べた。
というかこの流れでよく、チャンネル登録のお願いができたな。
「……わけのわからないことを言ってないで、もう一度勝負をしましょう。今度は先のような失態は犯しません……!」
「ふっ、構いませんよ。あなたが泣くまで、何度でもボコボコにしてくれます!」
そうして再び、白熱した戦いが繰り広げられた。
白雪は撃ち合いの中でも成長していき、何度か惜しいところまでいくのだが……やはり向こうに『一日の長』がある。
「そん、な……後もうちょっとだったのに……っ」
激闘の末、彼女は泥沼の五連敗を喫してしまった。
「くくくっ、弱い弱い弱い弱い弱ぃ! 天下の白雪家の娘は、この程度なんですかぁ!?」
連勝に次ぐ連勝で気持ちよくなった柚木先輩は、既に倒れ伏した白雪のキャラを執拗に何度も撃ちまくる。
これは所謂『死体撃ち』と呼ばれる煽り行為だ。
ゲーム界隈におけるバッドマナーを知らない白雪だが、馬鹿にされていることだけはよくわかったのだろう。
「~~ッ」
顔を真っ赤にしながら、悔しそうにプルプルと震えていた。
このまま放っておいたら、台パンしそうな勢いである。
というか柚木先輩……安易に死体撃ちとかやらない方がいいぞ?
配信中にうっかりやったら、大炎上間違いなしだ。
「ふぅ……それじゃ次は、俺とやりましょうか」
「むっ。確か君は副会長のくず……くず……クズくんでしたね!」
「葛原です」
中途半端なところで諦めるな、もうちょい頑張れ。
……割と覚えやすい名前だと思うんだけどなぁ……。
「これでも一応、副会長ですからね。『生徒会を倒した』というのなら、俺を倒してからにしてもらわないと」
「なるほど、確かに一理ありますね」
柚木先輩はそう言って、視線で着席を促した。
俺は白雪とバトンタッチし、ゲーミングチェアに腰掛ける。
……この椅子、よく予算が降りたな。
「見たところ……クズくんは、経験者ですよね? ランクは?」
「友達の家でちょっと遊んでいたぐらいなんで」
「ふっ……つまりはただの『雑魚っぱ』ということですか?」
「まぁそういうことになりますね」
「くくっ、まこと愚かの極みなり! 私はプロゲーマー主催の大会で、ベスト4に入ったこともある実力者! ただの『遊び』と『競技』の違い、その体に叩き込んでくれましょう!」
そんなプロレベルの超上級者が、嬉々として初心者狩りをするなよ……。
なんて大人気のない先輩なんだ。
俺が小さくため息をついていると、白雪が不安気な表情で問い掛けてくる。
「く、葛原くん……大丈夫なの……?」
「半年前にやったきりだが……基本的な操作は覚えているし、なんとかなるだろ。それに何より――もう全部視た」
「……え?」
その後、俺と柚木先輩は射撃練習場へ移動し、それぞれ好みの武器を選ぶ。
1VS1のルールは非常にシンプルだ。
装備する銃器は二丁、武器種の制限はなし。
グレネードなどの爆弾は全て禁止。
開始の合図と同時に撃ち合いを始め、相手のHPを先に削り切った方の勝ち、というものだ。
俺は武器庫の中から、最重量のスナイパーライフル――クレーガンを二丁取り出す。
「ぷ、ぷぷぷ……っ。1VS1でスナイパーライフルって……ッ」
柚木先輩はクスクスと嗤いながら、小回りの利くサブマシンガンとショットガンを握る。
お互いの装備が整ったところで、マップの中央へ移動し、遮蔽物を挟んで睨み合う。
「二人とも準備はいいっすかー?」
審判を務めるコンピ研の部員が確認を取り、俺たちはコクリと頷く。
「それでは――はじめ!」
開始の合図と同時、ズパァンという特大の銃声が鳴り響き――それで終わった。
「……は?」
脳天直撃。
ヘッドショット一発で、柚木先輩のキャラは崩れ落ちた。