第十三話:白雪姫の性格
完全復活を果たした俺は、サッと朝風呂に入り、学校へ行く準備を整えていく。
途中、結が期待に胸を膨らませながら「白雪さんと何かあった!?」と聞いてきたが、当然答えはノーだ。
俺の立ち位置は、白雪の幼なじみAかつ隣人AかつクラスメイトAかつ生徒会役員A。
……なんか一つ増えた気もするが、まぁいいだろう。
些末な属性が一つや二つ付け足されたところで、葛原葛男と白雪冬花が、それ以上の関係に進むことはない……はずだ。
「そんじゃ行ってくる。お前も早く準備して出るんだぞ?」
「ほいほーい」
三日ぶりに白凰高校へ登校。
午前・午後の授業があっという間に終わり、迎えた放課後。
俺は鞄を持って、生徒会室へ移動する。
「――よぅ」
「はい」
白雪との微妙に噛み合わないこの挨拶は、早くも定番となっていた。
「風邪、治ったんですね」
「あぁ、おかげさまでな」
副会長の机に鞄を置き、オフィスチェアに腰を下ろす。
「そう言えば、桜はどこだ?」
「桜さんは体育委員の初顔合わせがあるので、今日は途中からの参加になります」
「あいつ、掛け持ちしてたのか」
さすがはクラスの人気者だな。
軽い雑談も済んだところで、いよいよ生徒会の業務が始まる。
「今日は春休みの間に提出されていた『補正予算申請書』、こちらをチェックしていきます」
「はいよ」
補正予算申請書。昨年度末に組まれた本予算では対応できない、例外的臨時事象により、追加で必要になった経費を申請するものだ。
まぁ簡単に言えば、「春休み中にトラブルがあったから、追加の予算よろしく」ってところか。
(えーっと、こっちは承認で……これは駄目っと)
『補正予算要綱』に照らし合わせて、承認・不承認の判を押していく。
その後、予算申請書をめくる音とハンコをつく音だけが響く中――白雪の手がピタリと止まった。
「……ぜ、ぜっとてぃーえっくす……?」
彼女にしては珍しく、どこかふわふわした疑問の声。
「どうした?」
「コンピューター研究部からの申請書なのですが……。これは何かのパーツのことでしょうか?」
「んー、どれどれ……」
『近々ZTX4090が発売されるので予算ください! 具体的には税込\398,000(※メーカー希望小売価格)です!』
通るか、こんなもん。
つうか、コンピ研すげぇな……。
まさに正々堂々――剛速球のドストレート。
どこまで欲望に忠実な奴等なんだ。
「このZTX4090ってのは、最近発売されたばかりの最新式のグラフィックボードだ」
「ぐらふぃっくぼーど……?」
「まぁ簡単に言えば、パソコンのパーツだな。今時のPCゲームはグラフィックが凄ぇから、こいつがねぇと描画処理が追い付かなくて、まともに遊べないぐらいカックカクになるんだよ」
「なるほど……げーむのお話でしたか。さすがにこれは承認しかねますね」
不承認の印を押した白雪は、次の申請書へ手を伸ばし――固まった。
『どうして駄目なんですか!?』
コンピ研のものだ。
「……」
「……」
無言のままゴミ箱へ捨て、次へ手を伸ばす。
『無言で捨てないでください!』
申請書で遊ぶな。
その次も、そのまた次も、中身のない意見陳述がひたすら続く。
結局、大量にあった補正予算申請書のうち、9割以上がコンピ研のものだった。
どうやらこいつは、中々に厄介な部活のようだ。
「……葛原くん、これは……」
「あぁ、一度行った方がよさそうだな」
このまま無視し続ければ、もっと直接的な行動に出るかもしれない。
面倒な火種は、小さなうちに摘むのがベストだ。
こうして俺と白雪は、コンピューター研究部のもとへ向かうのだった。
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コンピュータールームへ足を運んだ俺と白雪は、三年A組柚木凛と対峙する。
(彼女がコンピ研の部長か……)
柚木凛。
黒髪のショートカット、身長は155センチほど。
自信に満ちた瞳と勝ち誇った表情が特徴の美少女だ。
「これはこれは……。生徒会長と副会長が揃っておでましとは、いったいどうなされたのですか?」
柚木先輩は腕組みをしながら、こちらの用件を問うてきた。
「コンピ研より要望のあった補正予算について、お話したいことがあります」
白雪はそう言って、持参したクリアファイルの中から、一枚のプリント用紙を取り出した。
「三年前に生徒会へ提出された、コンピューター研究部の設立申請書によりますと――当該団体の主な活動目的は、『パソコンを用いたインターネットリテラシーの向上、プログラミング技術の養成、最新のロボティクス工学の研究』となっております。げーむという遊戯目的で、ぐらふぃっくぼーどなる高価なパーツの購入は認めることができません。申請いただいた補正予算は不承認といたします」
理路整然とした説明。
それを受けた柚木先輩は、大袈裟に肩を竦めた。
「ふぅー……そちらの言い分はわかりました。頭のお堅い生徒会のこと、どうせそう言ってくると思い――用意していました。折衷案・・・・!」
「折衷案?」
「はい、まずはこちらをご覧ください」
指し示されたのは、パソコンの液晶画面。
そこにはゲームのタイトルロゴといくつもの銃火器が映っていた。
「これは巷で大人気の一人称シューティング・バトルロイヤルゲーム――『All Players Eliminate』、その頭文字を取って『アペ』と呼ばれるものです」
「この銃のげーむが、どうかしましたか……?」
「まだわかりませんか? 今から私と白雪さんはこのゲームで、1VS1の撃ち合いをするのです! あなたが勝てば、大人しく黙って引き下がります。もう二度と申請書で遊んだりしません。しかしその代わり、私が勝った暁には、ZTX4090の予算を認めてもらいます! Winner-Take-All、米国式の勝者総取りでいきましょう!」
柚木先輩はそう言って、控えめな胸を張った。
おい、これのどこが折衷案だ。
日本語のわかる奴を連れて来い。
すると――当然白雪は、小さく首を横へ振る。
「申し訳ありませんが、お断りいたします。こんな勝負をするまでもなく、コンピ研の申請は補正予算要綱に適していませ――」
「――おやおやぁ? 天下の白雪財閥の娘が、尻尾を巻いて逃げ出すんですか?」
「……なんですって……?」
この流れ……マズいな。
「落ち着け、白雪。熱くなるな」
すぐさま止めに入ったのだが……時すでに遅し。
「白雪家の辞書に『逃走』の二文字はありません。その勝負、受けて立ちましょう」
「……はぁ……」
俺は思わず、がっくりと肩を落とす。
まさに『売り言葉に買い言葉』。負けず嫌いな性質は、小学生の頃から全く変わっていないらしい。