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重なる手のひら

 あれから、毎日コロッセオに通い、ついに今日の戦いで最上位のランクになったことを伝えられた。これまで、多くの敵と戦ってきたが、一度も敗北は無い。


 それに、金もかなり溜まり、アルルカが気兼ねなく生活できるスペースを増やすために、中心地から少し離れた場所に立つ空き家も借りたので拠点も確保している。

 

 この上ないほどに物事は順調に進んでいる。だが、明日からは上位三者と戦うことになるらしいから、まだ気は抜けないところだな。


 

 そして、後で聞いた話だが、コロッセオの王者となるとガイオスへの挑戦権を得られるらしい。

 

 今の目標はとりあえずそこだ。

  




 この世界に来てもう一ヶ月ほど経つだろうか。周りを取り巻く環境は大きく変わったと思う。

 

 俺は、今ではこの街で名を知らないものはいないというほどに有名になった。


 それに、アルルカとの関係も変わった。

 

 最初は、強さを示して安心させる意味も込めて観戦してもらっていたが、彼女はそれだけしかしないことを良しとはしなかったらしい。


 普段はどちらかと言えば弱気な彼女が、強い口調で何か手伝いたいと伝えて来たことは今も記憶に深く残っている。




 だから、今は彼女のできることで協力してもらっている。


 その主な内容は、家の管理と情報収集で、特に彼女の料理の上達ぶりは凄まじいものがある。


 というよりも、恐らく頭の回転と記憶力がずば抜けているようにも感じる。



 恐らく、彼女は地頭が良い。これまで劣悪な環境でも生き抜いてこられたのはこれが原因なのかもしれないと最近は感じ始めたところだ。


 まあ、それと同時に、そんな真面目で優秀な彼女がこれまで光を浴びて来れなかったことに憤りも感じているのだが。 


 

 

 そんなことを考えながら歩いていると、見慣れて来た我が家に到着した。


 窓からは光が漏れ、煙突からは煙が立ち上っている。



 育ての親が死んでからは一人で過ごして来たので、出迎えるのはいつも暗い部屋だった。


 だから、この光景を見る度に元気になれる。




「ただいま」


「おかえりなさい、ユウト様」



 最初に比べた時と比較すると別人なほどに柔らかい表情をしたエプロン姿のアルルカが出迎えてくれた。


 ここで生活して少し経つと、彼女は外蓑を着なくなった。そして、そのうち俺の呼び方も変わり、今では下の名前で呼ばれるようになっていた。



「いつも通り旨そうな匂いがするな。腹が減って死にそうだよ」



 俺がそう言うと、彼女は笑いを堪えるような顔をした。



「ユウト様はいつもそうじゃないですか。では、準備はできていますので食べましょうか」


 

 彼女が料理をテーブルに並べていくのを見て、俺は声をかける。



「いつもありがとうな」



「いえ、私にできることはこれくらいなので」



「いや、俺はもうこれが生きがいと言ってもいいほどだからさ。前の世界では外食ばかりで手料理なんて食べる機会無かったし。本当に、助かってるんだ。だから、ありがとう」


 

 いつも思っていることだが、改めて伝える。言葉にしなきゃ伝わらないことも多いと思うから。

 

 そして、それを伝えた意味はあったのだろう。彼女は、いつになく嬉しそうな顔でこちらに笑いかける。



「それならよかったです。私は、ユウト様の力になれることが本当に嬉しいので」



「…………そうか。よし、冷めちまうし食べさせてもらうとするか」



 照れを隠すようにそう伝えて席に着くと二人で『頂きます』と言って食べ始める。厳密には、精霊も言っているので二人では無いのだが。


 

 彼女は前の世界のことを聞きたがっているようなので、機会がある度にそれを話している。

  

 『頂きます』もその一つだ。そして、その時々で話題は多岐に渡り、社会の仕組みや政治といった話もたまにしているほどだった。


  

 食事時にそうした話をすることも多いが、今日は違う話題があるのでそれを話していくか。




「そういえば、今日で最上位のランクに上がったよ。それと同時に、運営からは明日から上位三者と当たるとも言われた」 



「それはおめでとうございます!これだけ短期で上がるのは最速なんじゃないですか?」



「ああ。ガイオスが強者と戦いたくてコロッセオを作って以来、最速らしい」


  

 最上位ランクに上がるや否や、職員総出で胴上げしようとしてきたのは流石に焦ったが。



「ようやく、ここまできましたね。その三人に勝てば、ガイオスとの戦いの権利が得られます。そして、彼を倒せばこの街と周辺のエリアはユウト様が支配することになるでしょう」



「支配と言われると現実感は無いが、必要ならばしなくちゃな。魔界の流儀が力に従うってんならまず従えてからじゃなきゃ話にならない」



「はい。矛盾した行いかもしれませんが、目標にはそれが最も近道でしょう」



 あれから、俺は目指すべき場所を改めて考えた。そして、それは彼女にも話してある。



 俺は、決めた。


 強者が弱者をただひたすらに虐げられる今の世界を変える。そして、人が人に優しくできる世界を作る。



 これを聞けば、綺麗ごとだと笑う者も多いだろう。だが、ここで生活するようになって改めて思う。


 この魔界は周りと協力するという価値観がほとんど無い。ただ蹴落とし、自分を上にすることだけを考える。


 

 アルルカ曰く、この魔界は今まで一度も統一されたことが無いらしい。


 各地の王や有力者はずっと戦乱を続け、どんどん土地は荒廃、人は貧しくなっていく。


 それは当然だ。戦争という底なしの獣に全ての資源を食わせているのだから。



 この街を含め、各地の王の直轄地はまだ余裕があるようだが、他の地域はひどい物らしい。




 だから、決めたのだ。優しく、人が手を取り合えるような世界を作る。そのために、俺は魔界を統一し、豊かにする。

 

 

 

 先にある道が長く険しいのは分かっている。だが、もう決めたのだ。それをすると。


 俺は、その目標に向けて歩み続ける。彼女の笑える世界もその先にあると思うから。




「成し遂げる。絶対に」



「はい。私は、ユウト様なら必ずできると信じています。だから、これからもよろしくお願いしますね?」


 

 彼女は初めて会った日、俺がしたように手を差し出してくる。



「ああ。こちらこそよろしくな」



 俺はそれを見て、彼女の手を握り、強く頷いた。


 

 あの日は俺が差し出す形で、拳を合わせていた。

 


 だが、今は、彼女から差し出し、手のひらを合わせるように重ねている。



 差し出す人間と、合わさる形、ただそれが変わっただけなのに、俺はそれが大きな意味を持っているように感じた。

 

 世界は変わる、その芽吹きは既にここで始まっているのだと。

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