紅の悪魔 ―シャルロット―
部族のものが集まった宴。
先ほどまで目の前で山のように積まれていたお米は、全てない。
「シャルロット様、追加をお持ちしましょうか?」
お礼を伝えてくるといって席を離れたルシエルの代わりには、彼が育てたのであろう従者が二人立っている。
対応や振舞いは、完璧だ。こちらが何かを思う前に声をかけられ、何かが欲しいと伝えればそれがすぐに用意される。
「いらない。少し歩く」
「かしこまりました。では、我々も」
「それも、いらない」
「…………かしこまりました」
しかし、そこに気やすさは一切無く、畏怖と尊敬、そんな重たい感情をひしひしと感じられてしまい面倒くさくなった。
他の天主達がいなくなった今、当然部族の者達を率いて守っていくつもりはあるし、責任の重さに不安を感じているわけでもない。
ただ、それでも時々思ってしまうのだ。
父や母、そしてルシエル。彼らに笑われ、揶揄われ、褒められ、叱られ、そんな風に過ごしていた毎日のことを。
「……面倒くさい」
自分にはよくわからないことを毎日のように話し合い、王の責務を果たそうとするユウトのことを困らせたくはないから、我慢している。
でも、それがずっと続くのはやっぱり寂しいのだ。
そして、それは傅く者達には決して満たすことはできない。
「……全部、燃えてなくなっちゃえばいいのに」
つい、そんなことを口走ってしまうほどには、私の心は冷たくなりつつあるようだった。
「それは、困ります」
独り言のように呟いたそれに、静かな、それでいて力強い声が響いてそちらを見る。
「…………さすがに、やらない」
「なら、いいんですが」
そこには、安堵したようにほっと息をつく白い少女と、呆れたように笑うレオーネが立っている。
しかし、全く本気で言ったわけではないことにそんな反応をされるのは少しだけ気分が悪い。
彼女がこの国を大事にしているのはわかっていても、一言返さずにはいられなかった。
「疑われるのは心外。私は、決して手を出さない」
「…………もし、それのせいでユウト様が悲しめられている姿を見てもですか?もう立ち上がれないくらい、打ちのめされている姿を見てもですか?それでも、バルベリース様は手を出しませんか?」
「…………………………………………」
いつも気弱なその姿からは信じられないほど、鋭い声が投げかけられる。
少しだけ力を外に出せば、怯えてしまっているようなこの少女から。
「どうなんですか?」
「……………………わからない」
苦悩している姿は既に見ている。そして、それを見る度に思うのだ。
ユウトは一人でも生きていけるのだから、そんなもの捨ててしまえばいいと。
当然、それを言ったら余計に悲しむから言わない。
しかし、もし彼が泣いていたら、立ち上がれないほどに悲しんでいたら、私はどうするのだろう。
それが、今は分からなかった。
「……………………私も、そうです」
糾弾されると思っていた、責めるような言葉を投げつけられるのだと。
でも、彼女は静かにそう言うと、ただただ自嘲的な笑みを浮かべていた。
「この国は好きです。私がやっと手に入れた帰ってこられる場所ですから」
少女が苦労してきたのはなんとなくわかる。
その見慣れぬ色を、最初は部族の者も気にしていたほどだ。
きっと、閉鎖的な私達がそうであるならば、他の者達はそれ以上に意識しているのだろう。
私には意味の分からない、本当に無駄な、そんなことに。
それに、この少女からは欠片も魔力が感じられないのだ。
正直、その辺の石ころでも僅かな魔力くらいは帯びているはずなのに、本当の本当に一切感じることができない。
「でも、やっぱり……私にとって大事なのは、ユウト様なんです」
その色々な何かが渦巻いたような複雑な声は、偽らざる本音なのだろう。
それは、私の中にもあるものだからかもしれないが、何故かはっきりとわかった。
「…………私もそう」
「わかっています」
「なら、いい」
お互いに見せた心の内のおかげか、先ほどまで漂っていた危うげな空気はもう感じない。
そして、それは第三者からみてもそうだったようで、まるで影のように黙って佇んでいたレオーネがこちらに近寄ってくるのが見えた。
「ごめんなさいね。この子――アルルカは、貴方に劣等感を……嫉妬を感じているのよ」
「レオーネさんっ!」
「本当のことでしょう?違う?」
「………………違いません」
嫉妬といわれ、少し悩む。
確かに、私は強い。
でも、彼女もまた、私とは違った強さがあるはずだ。
「なぜ?」
「…………バルベリース様は、私が持っていないものをたくさん持っていますから」
「よくわからない」
「……………………きっと、強い方にはわからないんでしょうね」
そこには、暗い笑みが浮かんでいる。
もしかしたら、その感情は普段は笑顔の内に沈められているものなのかもしれない。
あまり見たことがない、珍しい表情だった。
「違う。嫉妬するのは、私」
「え?」
何をそんな不思議そうにしているのか。
いや、それとも、何かの意図があってのことなのだろうか。
この少女は、私では到底追いつけないほど、頭が良いようだから。
「いつも、わからない。ユウトの言っていることが」
「…………それは、どういう」
「でも、貴方は理解できる。助けられる。私は、戦いしかできないけど」
「………………………………それで、嫉妬ですか?」
「そう。だって、私はユウトにとっての一番でありたい。貴方は、違うの?」
「…………違いません」
「なら、わかるはず。他でもない、頭のいい、貴方なら」
そこに、悪意がもしあればすぐさま排除したいと思う程度には、彼女はユウトにとって大事な存在だ。
加えて、一番始めに彼に出会った人でもある。
一番長い時を一緒に過ごし、一番最初に救われた。
それに嫉妬しなくて、何を嫉妬するというのだろうか。
「………………………………いろいろと、お互い話すべきことがあるみたいですね」
「そうかもしれない。ずっと気になっていた。どうして、そんな気弱そうにしているのかって」
「…………バルベリース様は、自信がありすぎるんですよ」
「貴方は、自信がなさすぎる」
お互いの瞳がぶつかり合い、またもや危うげな空気が漂い始める。
そして、何かを言おうとお互いが口を開きかけた時、それを止めるようにして手が数度慣らされる音が響いた。
「はいはい、そこまで。アルルカもシャルロットも、本当に面倒くさい子よね」
「…………私は別に」
「この子ほどじゃない」
「ほら、喧嘩はやめなさい。お互い……いいえ。みんな、抱えた想いは同じなんだから」
みんな、同じ。
その言葉に、浮かんでくるのはたった一つ。
『ユウトを、守る』
能力も、種族も、考え方も、何もかもが違う私達を結び付けたものは、それだ。
そして、目の前の少女も同じ結論に至ったのか、その顔には理解の色が灯っている。
「でも、共有できるのがそれだけってのはちょっと問題よね。二人は、そうは思わない?」
「…………思います」
「よくわからない」
「ふふっ。ほら、たったこれだけのことでも全然私達は違うもの。だから、まずは名前から。そして、同じ感情を少しずつ探していきましょう」
そう言ったレオーネが、不意にある場所を指差す。
甘い香りのする何かがうず高く積まれた、女性たちが大勢集まっている場所を。
「……………………これからは、アルルカと呼んで貰えますか?」
「私も、シャルロットでいい」
同じくらいの背格好に、正反対なほどに違う色と性質。
ある意味、どうしても意識せざるを得ないような、そんな少女。
礼儀として繋がれた手はぎこちなく、相手との距離感をはっきりと感じさせている。
でも、なぜだろう。
不思議と嫌いではないのだ。羨ましさに嫉妬をしても、生意気な態度に腹を立てても、全く。
なら、それでいい。
どうやら、今の彼女も…………アルルカも同じようなことを思っているとなんとなくわかったから。
シャルロットはユウトへの愛情が最初から振り切れてるので特殊構成です。
それと、やりたいことはだいたいやったので、もうすぐ物語も終わりでしょう。
読む側からするとちょっと不完全燃焼な位置になるかと思いますが、自分がこの作品でやりたかったテーマの終了ですので、ご容赦ください。




