視えぬ山頂
シャルロットの時と同じように開かれた歓待の宴。
禍根が残ってしまった場合に備え、念のため様々な形式を考えていたものの通常通りに行うことになった。
交流を深めるのに適した立食形式から、種族単位に固定でき余計な諍いを避けやすい着座形式。
悪魔族の色に合わせた黒や青、そういったものを基調とした料理の組み合わせ。
さすがに、無駄になってしまったものは多少あるもののある意味では理想的な形となったことに安堵のため息をつきたくなるほどだった。
「すまないね。色々と気を遣わせてしまって」
苦笑気味のルシエルの声。
彼の視線の先では、酒樽を山と積んだガイオスとリリスが呑み比べをしており、たくさんの人だかりが野次にも似た声援を周りから飛ばしているのがわかる。
「いや、問題はないさ。言い分もわからないではないからな」
「はっはっは。君は度量が深いね」
これまでその門戸を閉じて過ごしてきた種族だ。
島国である日本で育った経験をもとに考えてみれば、単一種族、閉鎖主義的な彼らが外に馴染みづらい考えをしていることは容易に想像ができた。
「まぁ、これくらいじゃなきゃ、俺達の夢は果たせないからな」
「ふむ、違いない」
様々な考えを持つ者たちをあわせて、同じ方向を向かせようとしているのだ。
細かいところには目を瞑り、その骨子の部分だけがブレることのないようにするほかない。
至極当然のように頷いたルシエルは、その経験か、知識か、両方か、そのことがどれだけ大変かを明確に理解してくれているようだった。
「しかし、よくもここまで人材を集めたものだな。見た限り、戦士のみではなく優れた文官もいるのだろう?」
「そうだな。今では、俺がいなくても回る程度には人材が集まってきている」
「そうか。よくぞここまで作り上げたものだ。感心するよ」
そもそも、暴力というものが大きな価値を持つこの世界においては、組織として運用されている国などほぼ無かった。
よく言って種族の有力者の会議。
文官と呼ばれる立ち位置にいる者も最低限の計算ができる程度で、明日の食事が足りるか、本当にその程度ができるくらいだったのだ。
「俺だけの力じゃない。というか、ほとんど任せっきりだったしな」
「はっはっは。なるほど、それほどすごい文官がいたということかな?」
「ああ。ほら、あそこにいるのがその代表格の一人だ。よかったら話して来たらどうだ?」
ちょうど、見える位置にバロンがいたことでそちらの方を指し示す。
彼は、いつものようにというべきか、周りから少し離れた位置に座り、その様子をじっと眺めているようだった。
「ほう…………種族は、シャドウナイトか?これは、珍しい」
「そうなのか?」
「ああ。我々悪魔族も大概だが、彼らはそれ以上に排他的だ。飲食不要なこともあって、ほとんどその姿を見たものはいない」
「確かに、バロン以外はまだ見かけたことがないな」
「だろう?本当に、どこに住んでいるのやら。まぁ、その数自体が極めて少ないというのもあるだろうがね」
あまりバロンは自分のことを、特に種族については一切語ることをしない。
そして、俺も本人が話すつもりがないのならとそれを聞くことはしなかった。
頭のいい彼が、それを話さないということがどういった意味を持つのかなんとなくわかったから。
「全てを統一するのは、無理ってことか」
「そうだね。それは、無理だ。シャドウナイトのように、完全に他者と関わらずに生きていける部族はごく少数だが存在する」
「……そっか。勉強になったよ」
「はっはっは。それはよかった。しかし、話の長い私にだけ付き合わせても悪いな。そろそろ、相手を変えるとしよう」
そして、ルシエルはこちらに背を向けると空のグラスを一つだけ持ってバロンの方に向かって歩いていく。
「………………世界は、やっぱり広いな」
この魔力がモノを言う世界で俺に出来ることは多い。
それこそ、以前の世界では考えられないほどに。
しかし、気を抜きかける心に、それでも慢心だけはしてはいけないと仲間のおかげで気づけることがある。
「……これが終われば次だ」
宴が終われば、シャルロットが一族を率いて海人族の領域に向かうことになっている。
当然ながら、彼女一人でも勝つことは容易だろう。
だが、恐らくこれは転換点。
今後の統治において、大きな戦闘が起こることは少なくなる。
ならば、最後の引き締めとして派手な戦力を見せつけておくことは大きな抑止力となるはずだ。
(なんか、独裁者みたいな考えだとは思うけどな)
それでも、この魔界において力は正義なのだ。
犠牲を少なくするため、そして、入口に皆で立つためにはそれも仕方がない。
例えそれが、心情的には好ましくないとはしても。
「平和の象徴、ね」
シャルロットには、相手に直接ではなく威圧目的で派手なものを使って欲しいと伝えてある。
そして、その暴力がある意味では今後の平和の象徴となるのだろう。
俺は、世界は、どこに行っても不条理なのだなと。そう思った。




