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語り合う拳

 魔力の回復を待った翌日、ガイオスとリリスの二人が荒野に立っているのが遠目に視える。

 

 腕を組み目を瞑ったままのガイオスと、不機嫌そうに顔を顰めているリリス。 

 お互いは何も発してはいないものの、力の高まりの余波で地面に亀裂が入り始めているほどだった。



「ガイオスの大将は勝てるんだよな」


「ああ、絶対勝つさ。俺達が入ってから戦で負けたことなんて、一度もねえじゃねえか」



 周辺の領域に立ち入り禁止の規制をかけたこともあり、情報が拡散したのだろう。

 俺達のいる物見櫓の下では、その戦いを見ようと多くの魔族が詰めかけ、特に軍部の者を中心に大きな関心が集まっているのが窺がえた。



「…………もし負ければ、大きな混乱や不安を生むわよ?」


 

 不意に屋根の上の方から響いた、レオーネの声。

 どうやら、彼女も気になって見にきたらしい。



「アイツは、負けないさ」


 

 あえてそう印象付けてきたというのもあるが、ガイオスは既にこの国の守りの要として兵や民達に印象付けられているから、敗北が大きな不安を生むのは容易に想像できる。


 

「…………あの顔を見るに、簡単な相手ではないんでしょう?」

 


 ガイオスの顔に緊張はない。

 しかし、そこにいつも浮かべているような笑顔はなく、静かに、ただ目を瞑っているだけだった。



「ああ。正直なところ、魔力量にはかなりの開きがある」 

 


 元々、鬼人族は魔力量に秀でているわけではない。

 恵まれた肉体に、身体強化を組み合わせて戦う近接に特化した種族だ。

 

 以前、総合力では負けるとガイオス自身も言っていたし、応用力という観点では明らかに不利だろう。



「それでも、負けないと?」


「そうだ。アイツは、負けない」



 でも、ガイオスが負けないと俺は信じている。

 もう誰にも負けないと、夢の邪魔は誰にもさせないと約束してくれたから。

 

 

「…………そうね。私も、そう思うわ」


 

 そして、戦いは始まる。

 お互いの譲れないもののために。



 








◆◆◆◆◆







 


 戦いの始まりの合図と同時に飛行魔法を行使、上空へと距離を取る。


 鬼人族と近接でやり合うのはさすがに、分が悪い。 

 しかし、距離さえとってしまえばあとは一方的な戦いにしかならないのは、かつて鬼人族と戦った経験からわかっている。



「愚かな主に仕えたことを、後悔するんだな」



 応用力に欠ける脳筋種族、そんな者を私に当ててくることに怒りすら覚える。

 もしかしたら、こちらの手の内を探りたいというだけの浅はかな考えなのかもしれないが、それならば尚更、私の上に立つ資格はない。

 悪魔族を導くだけの、圧倒的な力。それこそが、私の求めるものなのだから。



「ふん、動かんか。ならば、これで終わりだ」



 腕を組み動かぬままの相手に、魔力で形作った風の刃を全方位から押しつぶすように放つ。

 圧倒的な密度の不可視の壁、並大抵の魔族であれば細切れになってもおかしくないそれは、しかし、相手に当たった瞬間硬質な何かに弾かれるかのようにかき消えていった。



「なにっ!?」


 

 死なない程度に力は抜いたが、それなりに痛めつけるつもりで魔力を込めた。

 異常ともいえる頑強さに一瞬虚を突かれる。



「………………次は、俺の番だな」 



 そして、静かに開かれる瞳。

 同時に、相手の姿が掻き消え、気づくと強い痛みと共に地面に叩きつけられていた。

 


「ぐっ!」



 遅れて聞こえる轟音、混乱する頭を強引に戻しつつ、回復。


(何をされた!?いや、相手はどこにいるっ!?)


 多重に防御壁を展開し、体勢を立て直すまでの時間を稼ぐ。

 


「…………うちのかしらなら、これくらいは欠伸しながら避けちまうぜ?」


「っ!」



 不意に後ろから聞こえた声に反応するも、防壁が砕ける音が聞こえ再び吹き飛ばされる。


(この速さはなんだっ!?全く捉えられない)


 微かに視界に映る、足跡の刻まれた陥没した地面が、相手の動きが特殊な魔術などではなく、単純な移動の速度によってもたらされていることを伝えていた。


 しかし、この動きは数百年前に戦った鬼人族の者とはまるで別物だ。

 あの時の戦いは一方的で、それこそ片手間に倒せたはずなのに。



「…………くそっ!なめるなっ」



 魔力の消費を考えず、全方位に魔力を放出。

 周囲の大地が抉れ地形を変えていく。



「はぁ、はぁ。やったか?」


 

 粉々になった大地が塵となり、宙に舞っている。

 同族でさえ耐えられないだろう出力に、かなりの魔力を持っていかれたことが感覚でわかった。

 








「…………あんたには、悪いが。俺はかしら以外に負けることはない」



 しかし、静寂な空間を切り裂く地を這うような声が響き、先ほどの倍近くまで大きくなった巨体が姿を見せる。

 


「…………………………どうやら、私は鬼人族を甘く見ていたようだな」



 一部結晶化も見られるほどの大地に対し、相手は多少煤けた程度のダメージ。

 額から生えた漆黒の角を中心に、空間を歪めるほどの力場が形成されているのがわかった。



「認めよう。お前は強い」


「知ってるさ。俺は、強い」


「く、あは、あははははっ。そうか……いや、そうだろうな」


「ああ」



 その得意げな顔は、どこか憎めないもので戦いの最中にも関わらず笑えてきてしまう。

 それに、搦手など一切無く、ただ純粋に力と速度、それを極めてきたことがわかって、好意を抱いた。



「お前のようなやつは、嫌いじゃない」


「そりゃいい。俺もあんたとは美味い酒が飲めると思うぜ」


「ふっ、ふふふ。ならば、早く決着をつけるとしようか。私の勝利を乾杯させてやろう」


「残念。それじゃ、一生飲める機会はこなさそうだ」



 魔力を練り上げ、身体強化を極限まで行うとともに、相手の動きを知覚できるよう空気の糸を張り巡らせていく。

 

(動きは、追いきれん。ならば、待ち構えるのみ)


 魔力防御を無視する蒼炎のスキルを込めた全力の一撃、それが最も可能性が高い。

 普通であれば構える相手など遠距離魔術の的でしかないが、目の前の相手は絶対にその選択肢を取らないだろう。

 


「そろそろ、行くぜ?」


「ふっ。来い」



 掛け声すらかけるほど親切な突撃。

 空気の糸は、相手が真っ直ぐ突っ込んでくることを教えてくれていた。












◆◆◆◆◆













「………………生きているのが、不思議なくらいだな」



 後のことなど考えず、全身全霊をかけて放った一撃は、一瞬の均衡の後に容易く破られ吹き飛ばされた。


 当然、体は、既に満身創痍。

 指一本すらも動かせないようなありさまだった。



「がっはっはっは。死んだら、酒が飲めないだろうが」


「………………まだ、余力があるということか」


「まぁな。あの手この手でかしらに手を伸ばしてきた。あの人は魔力が無尽蔵な上、眼が良すぎる。並大抵の頑張りじゃ届かなかったのさ」



 これまでの道のりを思い出しているのだろうか。

 相手は目を瞑りながら、感慨深げにそう呟いていた。



「…………既にお前の方が強いのではないか?」


「確かに、普通に戦えば勝てるかもしれない。でも、本気になったかしらには無理だ。世界の法則すらひっくり返せる。そんな人なんだよ、あの人は」


「………………………………なるほど。それは、化け物だな」


 

 魔界を統一しようなどという覇王がどんな顔をしているかと思い来てみれば、そいつは優しそうな笑みを浮かべるだけだった。

 内包した魔力は確かに濃密で、シャルロット様に匹敵するだろう。


 しかし、私達にも誇りがある。 

 ずっと、他者と関わらず、それでも最強であり続けた悪魔族としての誇りが。

 

 だからこそ、同族以外に首を垂れることを並大抵のことで認めることなどできない。


 そう思っていた。



「…………一つだけ教えてくれ。あれは、お前が仕えるに相応しい王か?」


「ああ、そうだ。俺は、あの人以外に仕える気はない」


「…………そうか。ならば、認めるしかないのだろうな」


「おう!それがいい。あんたとは楽しい酒が飲みたいしな」


「はははっ。お前は、そればっかりだな」



 禍々しい姿の鬼。 

 だがそれは、どうやら思った以上に面白いやつらしい。

 


「悪いか?」


「いや、悪くない…………そういえば、お前。名は何という?」


「ん?ガイオスだが」


「ガイオスか。私は、リリス。これからよろしく頼む」


「おうよ。難しいことはわからねぇが、美味い飯屋ならいくらでも聞いてくれ」


「く、はははっ。わかった、頼りにしているよ」



 王の器はまだ分からない。

 しかし、それでも、わかったこともある。

 

 この国は、強い。恐らく、悪魔族がかつての繁栄を取り戻せるほどに。

 

 ならば、それでいい。

 少なくとも、コイツに……ガイオスに勝てるまでは、それで。





 

けっこう戦闘シーンは書いてて楽しいですね(笑)

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