被るべき者
帰還から約二ヶ月後、ルシエルを先頭にした少数の一団が合流した。
「……遅い」
「はっはっは。申し訳ありません、お嬢様」
無表情ながらそう文句を言うアルルカに慣れているのか、ルシエルは笑ったままそれに応えている。
むしろ、その顔はどこか幸せな過去を懐かしむかのような雰囲気もあって、とても上機嫌そうだ。
「アマギ殿もすまないね。遅くなった」
「いや、気にしないでくれ。それに、こちらに気遣って速度を落としてくれたんだろう?」
「はっはっは、さすがというべきかな。こちらも、怖がらせるつもりはなかったのだが」
黒い肌に、青い瞳。
その天空を駆ける黒き集団は、濃密な魔力を放っていることが遠目にもわかるほどだったそうで、事前に知らせてはいたものの民衆に大きな混乱を招いていた。
特に、国境近くの防衛線の前で彼らが立ち止まってくれなければ、守備隊と多少の騒動になっていてもおかしくなかっただろう。
「仕方ないさ。見慣れぬ種族に膨大な魔力、どうしても混乱は起きる」
「そう言って貰えると助かるよ。これ以上は、さすがに抑えようがないのでね」
ざっと視界に映る二百人ほどの集団は、それでも圧倒的な存在感を放っている。
そして、その中でもルシエルともう一人の内包した魔力は突出しており、代表格であることがわかった。
「それで、悪魔族は俺達の国に参加してくれるということでいいのか?」
「既に合流することは決定事項だよ。でも、少々問題があってね」
「問題?」
「ああ」
苦笑したようなルシエルが横に立つ女性に目を向けると、シャルロットの方に深く一礼をした後、彼女がこちらをじっと見つめてくる。
「貴様が、王を名乗る者か?」
短く切りそろえられた髪に、切れ長の意志の強そうな瞳。
力量を推し量ろうとしているのを隠そうとしないその様子に、思わず俺もルシエルと同じように苦笑してしまった。
「…………生意気」
しかし、それまでつまらなそうに話を聞いていたシャルロットが、不機嫌そうな声を放つと同時に、その彼女が跪くように地面に片膝を立て始める。
「っ!ぐぅ」
魔力で構成された重しが眼に映り、それが、まるで押しつぶすかのように上に積み上げられていく。
「いいんだ。俺は、気にしてないから」
「ん」
「……………………さすがは、七大天主のお方ですね。素晴らしい」
先ほどまでの苦悶の表情とは違って、何故か嬉しそうな顔。
ルシエルの方に目を向けると、彼は肩を竦めるばかりで今は何も言うつもりは無いようだった。
「私は、リリス。バルベリース家ご当主、シャルロット様。どうぞ私にお仕えすることをお許しください」
「ユウト、どうする?」
「お待ちくださいっ!私は、あくまでシャルロット様にお仕えしようと――――」
「………………一つ言っておく。私は、ユウトに炎を捧げると既に決めている」
その言葉に対して、リリスが目を見開くほど驚いているのが見える。
しかし、同時に俺も大きな衝撃を受けていた。
なぜなら、いつもと変わらないその淡々とした言葉には、今まで見たことも無いほどに真剣な、シャルロットの気持ちが込められているのがわかったから。
「っ!?栄えある七大天主の方が、そんな。どうか、お考え直し下さい!」
「もう、決めた」
「………………まさか。だって、貴方の炎は……深淵の炎は、歴代でも最強で、種族の象徴で……」
キッとこちらを睨みつけるリリスの目が力を失っていくと、やがて彼女は力無く俯いてしまった。
「アマギ殿」
そして、不意に口を開いたルシエル。
恐らく、彼には何かしらの考えがあるのだろう。それがなんとなくわかる。
「なんだ?」
「悪魔族にとっての炎とはね。とても、重要なもので、そう容易く他人に預けるものではないんだよ」
その力に憎悪すら抱きながらも、彼女は無くすという選択肢は選ばなかった。
父と母、その二人に貰った大事なものだと言って。
「特に、お嬢様のものが種族の象徴として考えている者も多い。種族を統べる貴き炎。その最後の一柱だからね」
「……………………俺達は、どうすれば一緒に歩いていける?」
小さな火をくべ大きくしてきた国という篝火は、彼らの炎を加えることで更に強固に、燃え上がっていくだろう。
だけど、今目の前にあるその炎は大きすぎて、どちらが宿り先になってもおかしくないほどの勢いを持っている。
「国の豊かさ、人々の明るい笑顔はちゃんと、見せてきたよ。道中、じれったいほどの速度で飛びながらね」
集団の中、数人のものが微かに頷くのが視える。
どうやら、プライドの高い彼らの宿り先として、合格点は貰うことができたらしい。
「あとは、力か?」
「そうだね。やはり、シャルロット様が一番上にいないことに納得できていない者も多いんだ。君はあまり好きな考え方ではないかもしれないけど」
種族の頂点、その彼女が従うに足ることを示せということだろう。
魔界らしいと言えば、らしい考え方だとは思うが。
「…………仕方ないさ。入口は、力。それはどうしようもないほどに思い知らされてきた」
ガイオスも、リザードマンも、ドワーフも、それ以外も、戦いに自信のある種族とはほとんど戦をしてきた。
一騎打ち、小競り合い、大規模な戦、いろいろと種類はあったけれど。
力が無ければどれだけ素晴らしい夢でも意味がない。
人は理想だけでは生きていけないと、実力がなければ守ることすらできないと、それも理解できているから。
「こちらは、リリス。相手は、君でいいかい?」
「…………いや、俺も部下に任せるよ」
「なら、同条件だ。リリスも、それでいいかい?」
「…………………………いいだろう。しかし、そいつを倒した後は、貴様だ」
挑発と取られてしまったのか、ある種怒りの感情を滲ませながら彼女はこちらを睨みつけてくる。
「わかった。でも、その機会は来ないと思うよ」
そして、先ほどの二の舞にならないようシャルロットを宥めつつ、後ろに立っているガイオスの方に視線を送ると、自信満々な顔をした彼が任せておけとでもいうように胸を叩くのが見えた。
「俺の剣は最強だ。負けることなんて、絶対にない」
優しく、強い、護国の剣。
俺は、その輝きを自慢するかのように、はっきりとそう言い放った。




