王の帰還
悪魔族の領域の外周、広い砂漠の切れ目を越えると自国の勢力圏が遠めに見えてきた。
長閑な風景の中、それでも真剣に国境の警備をする兵士
得意なことで協力しながら作業をする大人達
中央から順次派遣されている教師の指導の下、我先にと手を挙げて目を輝かせている子供達
こういった何気ない様子が見られるようになったことが本当に嬉しい。
「……なんで笑ってるの?」
「みんなが笑顔だからかな」
「よく、わからない」
「ははっ、だよな。でもいつか、分かる時もくるさ」
「……なら、いい」
無表情ながらも不思議そうな様子で聞いてくるシャルロットには悪いが、こればかりは変わる姿を実際に見ていかないことには伝わらないものだと思う。
以前はこんな光景はどこでも見れなかった。それこそ、領地の視察をすればするほど、悲しくなった。
ただでさえ、取れない農作物を搾取され、残ったものを奪い合うギラついた目の大人たち。
そして、一番弱い子供は笑う気力はおろか、泣く気力さえない様子だったから。
「お帰りは、ちゃんと伝えなくちゃいけないよな」
「なにか、するの?」
「ああ、ちょっとな」
どんなものでも変化させてしまう精霊の力、だけど、過ぎたるものは逆に人を不幸にする。
だから、俺は力の使い方をずっと考え続けなくてはいけない。
「時間は昼時、ならちょうどいいくらいだよな」
国境警備の兵士を警戒させてもいけないので、出来る限り俺の力だと分かるようにする必要がある。
「ただいま。それに、いつもお疲れ様」
溜めていた力を解き放つと、頭の中に全て記憶してある都市、村落、そして主要な街道に向かうように銀色の鳥達が、若干の癒しの力を持つ雫を振りまきながら羽ばたいていく。
「……すごく、綺麗」
「ん?この色に、あんまり違和感は無いのか?」
白に近い銀色は、魔界ではあまり馴染みの無い色らしい。
俺の支配下の場所になってこそ、銀色は護国の色として親しまれるようになっているが、最初はどちらかと言うと抵抗感を持つものも多かったと報告が上がっていた。
「どうして?」
「……いや、無いならいいんだ」
悪魔族という種族の特徴なのか、シャルロット個人の性格なのかはわからないが、どうやら彼女はこの色に一切忌避感を持っていないらしい。
「とりあえず、城に行くか」
「ん」
時間があれば一度、ルシエルに聞いてみるのもいいかもしれない。
きっと、彼は嬉しそうにお嬢様のことを話すのだろうし。
◆◆◆◆◆
先触れの目的も含めて放った鳥達はしっかりとここまで届いていたのだろう。
城下から大勢の人の出迎える歓声が聞こえ、手を振りながら対応していく。
そして、城に近づくと、バルコニーにはバロン、ガイオス、アルルカ、レオーネの四人が既に俺を待つようにして立っていた。
「みんな、ただいま。待たせてすまない」
「がっはっはっは。さすがは、頭だ。あっという間に終わっちまったみたいだな」
その力強い声と、力に俺が懐かしさすら感じていると、ガイオスにとってはそうでもないことに気づかされる。
確かに、時の止まった世界の中での数年は俺とシャルロットだけの感覚なので当然と言えば当然だろう。
「これでも、色々大変だったんだぞ?」
「でも、頭は勝った。それでいいじゃねぇか」
相変わらずの竹を割ったような真っ直ぐさに清々しさを感じる。
細かい所に拘らないこの性格は見習うべきだろう。
「確かに、そうだな」
「だろ?とりあえず、今日はお祝いだ。そこのちっこいのも一緒に」
「…………ちっこいのじゃない。私は、バルベリース」
「おっと、そりゃ悪かったな。俺はガイオス。よろしくな、バルベリースの嬢ちゃん」
「………………………………ユウトに免じて許す」
嬢ちゃんという言葉に明らかにムッとしたような顔をしたシャルロットは、しばらくの沈黙の後、その呼び名で許すことにしたらしい。
輝きを放ち始めた瞳の色が少しずつ薄まっていき、気持ちを落ち着かせているのが見てとれる。
「想定よりずいぶん早いな。だが、これは、貴種……か?そこにいるだけで圧力を感じさせる」
「ただいま、バロン。こっちは、バルベリース家のシャルロット。例の悪魔族だが詳細は後でまた報告するよ」
「……家名で呼んで欲しい」
「わかった。では、バルベリース殿とお呼びしてもいいかな?私は王に使える身でね、例えそれが無礼だとしても、貴方を上に立てるわけにはいかんのだ」
「いい」
「ありがとう。私はバロン。とにかく、我が国への来訪、歓迎しよう」
「ん」
長く生きてきた経験故だろう。バロンは卒なくシャルロットへの挨拶をした後、こちらの方を向いた。
「とにかく、無事でよかった。たくさん話したいことはあるが、今日はゆっくりしてくれ」
「助かる。明日、また話そう」
「ああ、そうしよう」
明瞭で簡潔な話にバロンらしさを感じつつ、周囲を見渡すといつもは真っ先に近づいてくるはずのアルルカがいないことに気づいた。
「あれ?」
「……どうしたの?」
「ん、いや。ちょっとな」
死角となっている後ろ側も含めて視界を広める。
すると、アルルカは少し離れた目立たない場所で、そっと佇んでいた。
「なにかあったのか?」
様子がおかしいことに心配はある。だが、体調が悪そうな風では無いので、とりあえずそちらに近づいていく。
「アルルカ、ただいま」
「………………おかえりなさい。ご無事で安心しました」
「あ、ああ。ありがとう」
やはり様子がおかしい。無事を喜んでくれているのは伝わってくるも、どこかぎこちなさがある。
「そうだ。こっちはバルベリース家のシャルロット。俺達の味方になってくれたんだ」
「……バルベリース。よろしく」
「……はじめましてバルベリース様。私は、アルルカと申します」
「ん」
「…………それにしても、すごい存在感ですね。魔力の無い私でも強さが伝わってきます」
その言葉とともに、普通なら気づけないほどの一瞬、アルルカが自嘲するような笑みを浮かべたことに気づく。
だが、割って入るにはタイミングが悪いこともあり、ただ二人の空気感を把握することに意識を集中する。
「バルベリース家は最強」
「…………家名に誇りがあるのですね」
「当然」
「そう、ですよね。変なことを聞いてすいません」
「許す」
「ありがとうございます。では、ユウト様。私は宴の準備の方が残っているので、これで」
「…………ああ」
シャルロットに悪気は一切無い。だが、アルルカとの間にある差異が不協和音を奏で始めている。
最終的には、なんとなく、二人は似ているところがあるし仲良くできると思う。
だけど、それにはやはりフォローが必要なようだ。
「ふふっ。なかなか、厄介なことになってるわね」
「レオーネか……なんか、そうみたいだ」
「まぁ、とりあえず、おかえりなさい。気前のいい家主がいなくならなくてよかったわ」
「おいおい。もっと言い方があるだろ?」
「ごめんなさいね。つい、本音が出てしまうのよ」
俺がアルルカのことに悩んでいるのがわかったからだろう。
いつも以上に冗談めかした会話に緊張をほぐそうとしてくれているのが何となくわかる。
相変わらず、損な物言いには苦笑してしまうが。
「それと、初めまして、バルベリース様。私はレオーネ、ここに居候させて貰っているものです」
「ん」
「それにしても、悪魔族というのは聞きしに勝る別格の存在なのですね。王様も強いですが、私には同じくらい強いように見えますわ」
「私は強い。でも、ユウトのが強い」
「ふふっ。そうなのですか」
彼女の慎重な性格上そうではないかと思ってはいたが、こちらが紹介するまでも無くバルベリースの単語が出てくる辺り、やはりずっと様子を伺っていたのだろう。
それに、さり気なく戦力比を掴もうとしていることも、実に彼女らしい。
「レオーネ。シャルロットは大丈夫だ。ちゃんと味方だから」
「ん。私は、ユウトを裏切らない」
「………なるほど。わかりました」
「ははっ。まぁ、いいさ。また後で話そう」
「……そうね」
俺の能天気さにイラついたような顔をしたレオーネに悪いとは思いつつも笑顔がこみ上げてきてしまう。
なぜなら、それはレオーネが、彼女なりにこの国を守ろうとしている証だと思うから。
「とりあえず、今日は宴だ。シャルロットも楽しんでくれると嬉しい」
「……お米が食べたい」
「ははははっ。わかった、ちゃんと伝えとくよ」
「ん」
人が増えれば増えるほど、その関係は複雑になっていくし、仲良くはなれないこともある。
掲げた理想はあれど、俺だって当然、分かり合えないことがあることも経験上わかっている。
だけど、それでも、俺は願ってしまうのだ。
仲の良い人たちが、笑顔で、笑い合えればいいと。




