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小さくも偉大な悪魔

 そのはやる気持ちを表すかのように弾丸のように空を飛んでいったルシエルを見送った後、俺とシャルロットも出発することにした。



「よし、行くか」


「ん」



 城から連れ出したときのように手を貸そうとすると、そうするまでもなくシャルロットは既に空に浮かび始めていた。

 どうやら、彼女は既に精霊を介した魔術の使い方を習得し始めているようだ。



「魔術、ちゃんと使えるんだな」


「…………昔は、得意だったから」



 昔、それは、あの黒い炎が顕在化する前のことを言っているのだろう。

 ルシエルの魔力操作も無駄が無い綺麗なものだと思っていたが、シャルロットはそれに匹敵するか、それ以上に魔力の操作に精通しているらしい。



「綺麗な魔力の流れだ。悪魔族だとそれくらいが普通なのか?」


「私は、特別上手い。我が家ではお父様の次に上手かった」


「ははっ。ルシエルよりも上なのか」


「ルシエルも悪くないけど。私のが上手い」



 号泣するルシエルとかなり話し込んでいたようなので、それでだいぶ以前の感情表現が戻って来たのかもしれない。

 表情の動きは少ないものの自慢げな様子がはっきりと見てとれるようで面白かった。



「シャルロットはすごいな」



 小さな体で胸を張る姿に思わず手が伸び、一瞬体が跳ねたことで頭を撫でてしまっていたことに気づいた。

 


「ごめんな。ついやっちまった」


「………………もう一回」


「え?」


「……もう一回、撫でて」


「あ、ああ」



 言われた通り頭をもう一度撫でると、シャルロットの目が細まり、気持ちよさそうにするのがわかった。

 


「……………………なんか、懐かしい」



 両親を思い出しているのだろうか、寂しそうな笑顔に少し胸が締め付けられる。



「……そっか」


「ん」



 しばらくそうしていただろうか、やがて満足したような顔になった彼女は俺の手を掴んで頭からそれを降ろした。



「…………たまに、こうして欲しい」


「……ああ。いいぞ」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


  

 恥ずかしがっているのか、視線を明後日の方に向けるシャルロットはやはりまだ精神的に幼いのだろう。

 確かに生きてきた時は長い。だけど、それはあの時間の止まった中でのことで、何の積み重ねがあったわけでも無いのだから当然だ。



「とりあえず、後ろをついてきてくれるか?」


「ん」 



 徐々に速度を上げても難なくついてくるシャルロットの魔力操作には淀みが一切なく才能というものをこれ以上無いほどに感じさせる。


 愛のある両親、魔力の才能、何があっても味方でいてくれる人。

 容姿すらも真逆で、それこそ、アルルカの持っていなかったものを全て持っているような彼女。


 だけど何故だろう。俺には二人は不思議と似ているように思えた。

 







◆◆◆◆◆







 来た時と同じように数日をかけて悪魔族の領域の境界を越える。

 恐らく、休息を取る際に黒い炎で時間を停止させればもっと早かっただろう。


 しかし、正直言ってシャルロットにとってはトラウマに等しいスキルなので本人が使いたがらない限りは一生封印したままでもいいと思っている。



「疲れてないか?」


「……大丈夫」



 レオーネのように飛行特性を持つ種族は別として、そもそも膨大な魔力を際限なく費やしてしまう飛行用の魔術を使える者はほとんどいない。

 慣れないことで疲れが溜まっているかと思い、たまに聞いてはみるものの本当に平気そうな顔をしていることに苦笑してしまう。



「上級悪魔はだいたい飛行魔術が使えるのか?」


「…………ある程度の年齢を越えたハイデーモン以上だとだいたい使える」


「そりゃ、本当に規格外の種族だな」

 


 確かにそれなら最強の種族と言われるだけはある。

 あの負けん気の強いガイオスが総合力で劣っていることを認めるほどだし相当なものだとは思っていたが。



「…………ユウトのが規格外」


「あー、まぁ俺はちょっと生い立ちが特殊だしな」



 旅を続けるうちに、シャルロットは俺のことをユウトと呼ぶようになっていた。

 最初の頃に比べれば言葉数もだいぶ増え、確かに距離が縮まっていることに達成感を感じる。



「そろそろ日も暮れてきたし、休憩にするか」


「……お米が食べたい」


「お!いいな。今日は米作ってみるか」


「ん」


 

 あの時の止まった空間にいる間、たくさんのことを話してきたが、後半の方の記憶はちゃんとシャルロットにも残っていたらしい。

 旅の合間の休憩時には何かしらの日本食をリクエストされるので魔力で生み出しては、二人で楽しんでいた。

 


「ははっ。シャルロットはよく食べるしたくさん作らないとな」


「…………悪魔族はみんなそう」



 その叩いた軽口に対し、彼女がムッとした顔で睨んでくるので、手をあげて降参の意をすぐさま示す。



「ごめんごめん。でも、それは本当なのか?」

 

「…………体の維持が大変」


「なるほどな」


 

 そう言われると、確かに鬼人族を始め強い種族はだいたいよく食べる。

 農作物の大量生産化に取り組む前に食料事情がかなり切迫していたのも、もしかしたら魔族のそういった部分が大きく関係していたのかもしれない。


 弱者は死に絶え、強者が残る。食料の供給は少なくなっていくが、需要は増加していく。

 まるで負のスパイラルのようだ。



「みんながお腹いっぱい食べれるといいんだけどなぁ」


「それは、大丈夫」


「なんで?」

 

 

 いつもより強い口調で断言したのが気になってシャルロットの方を向くと、彼女の目はその感情のうねりを表すかのように赤い光を仄かに放っていた。


 

「ユウトが、いる」


「俺が?」


「私を連れ出して、いろんなことを教えて…………救ってくれた」



 初めて会った時とはまるで別人のような、信頼を寄せる眼差しがこちらに優しく向けられている。



「だから…………大丈夫。ユウトなら、きっとできるから」



 積み重ねた関係、芽生えた信頼、それらを確かに感じて温かい気持ちが溢れる。

 俺は、涙ぐみそうになるのを男の意地で隠しながら、何とか声を絞り出した。



「そっか……そうだよな」


「ん」



 彼女は、あまり表情に感情が現れない。

 だけど、自信家で、甘えたがりで、食べるのが好きで、意外に思っていることもわかりやすい。


 

「……俺は、本当に仲間に恵まれてる」


「誇っていい」


「はいはい。ちゃんと感謝してるさ」


「撫でてもいい」


「あははっ。ありがとう」


 

 頼りないほどの小さい体。

 しかし、その身に宿った力と、芯の強さ、それらに不思議な安心感を感じた。

 

とりあえず、サボっていた分の巻き返しを若干図っています(笑)

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