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バルベリース家に誓って

 シャルロットは自分の名を躊躇いがちながらも口にした。

 それに、これまでとは違い、確かな意志というものをその目に宿していることがはっきりとわかる。


 ならば、俺は彼女を外に連れ出そう。こんな寂しい所にずっといさせるわけにはいかないから。



「お前達、頼んでもいいか。彼女の炎を何とかしたいんだ」


≪任せて!≫



 これまで、散々それを俺が試してきたからだろう。

 精霊が一人彼女の肩に座るや否や漏れ出続けていた炎がピタリと止まり、全てが霧散した。

 

 眼を活用し、魔力の流れを見るに、どうやら完全に魔力の精製を止めたわけでは無く体の外に出るものを無害化しているだけらしい。



≪どう?体も変える?≫



 恐らくそれは、通常の魔族のように、体を作り変えるということだろう。

 魔力の異常が発生しない体。普通に考えればそれが一番理想的なようにも思える。



「シャルロット、一つ聞かせてくれ」


「………………………………なに?」



 これまで何度も炎を変化させるところは見せていたが、常に身に纏っていた炎が完全に消失したことにさすがに驚きがあったのだろう。

 戸惑ったような雰囲気で自分の体を見回していたシャルロットは、こちらの問いかけに対して不思議そうな視線を投げかけてきた。



「今の状態は、ただ体の外に出る分だけを変化させているに過ぎない。だけど、もし望むなら、体自体を変化させ異常の発生しないものにすることもできる。どちらを選ぶか、君の気持ちを教えてくれ」


「………………………………私の?」


「そうだ。最終的に生じる結果は結局同じなのかもしれない。だけど、俺は可能な限り君の意志を尊重したいんだ」



 炎が消え、無害化する。それだけを見れば結果は同じだろう。

 しかし、それは彼女の意志を聞かないことにはならない。いや、むしろ、今まで人形のように生きてきた彼女だからこそ改めてそれを聞かなければならない。

 

 自分の気持ちを、意志を、大事にして欲しいから。



「………………………………」


「ゆっくり考えればいいさ。別に外でも考えられることだからな」



 魔力の供給が無くなったことにより、周囲の魔力が急速に薄まっていくのが眼の力でわかる。

 城の中央部に位置するはずのこの部屋にも徐々に罅が入り、日の光が射しこみ始めているのがその証拠だろう。



「焦らなくていい。これまでと同じように俺はちゃんと待つつもりだから。君が話してくれるその時を」



 そう言って自分の手を差し出し、取るように促すと、ためらいがちながらも小さな手がそれに合わせられた。



「よし、なら行こうか」


「…………待って」



 太陽の光が一際強く降り注ぎ、俺達の体を照らすと同時に、シャルロットはその紅い目を輝かせながらこちらをジッと見つめてくる。

 そこに宿っている感情は複雑で、一つに特定することは難しい。だけど、そこには確かに彼女の気持ちが乗っかっていて、それがなんであれ俺には嬉しかった。



「どうした?」


「………………………………私は」


「ああ」


「……………………私は、変えたくない」



 たどたどしい声、しかしそれは、不思議なほどに明瞭に聞こえた。

 


「…………私は、変えたくない。お父様とお母様に貰ったこの体を変えたくない」


「そっか。なら、そうしよう」


「…………ん」



 本当に、心の底から両親のことが好きなのが改めて分かる。

 それに、自分も似たようなものなのでこちらまで嬉しくなってしまった。



「正直、個人的には、すごく好きな考え方だよ」


「…………ありがとう」


「どういたしまして。また、いつか君の両親の話を聞かせてくれ」


「……わかった」


「だけど代わりに、俺の方の自慢話も聞いてくれよな。すごく長くなるかもしれないけど」


「ん」



 冗談交じりに伝えた言葉に、シャルロットの顔に仄かに笑顔が浮かぶ。

 初めて見るその柔らかい笑顔はとても可愛らしいもので、良家のお嬢さまの気品というものを感じさせるようなものだった。



「おっと、だけどその前にルシエルの話を聞いてやってくれ。ほら、こっちに気づいたみたいだしな」


「…………ルシエルは、話が長い」


「あははっ。そっか」


「……ん」



 そんなことを話しているうちに、号泣しながら凄まじい速度で近づいてきたルシエルがシャルロットを強く抱きしめた。


 

「お嬢様!ようやく外にお出になられたのですね……本当によかった。本当に、本当に、本当に、よかった」


「…………苦しい」



 声をあげながら号泣するルシエルに、その大きな体に包まれ苦しいとは言いつつもどこか優し気な眼差しを向けるシャルロット。

 それは、ちょっと締まらない姿ではあったが、俺にはとても尊く、美しいものに思えた。


 





◆◆◆◆◆





 

 どれだけそうしていただろうか。

 しばらくして落ち着きを取り戻したルシエルは魔力で外見を整えると咳払いをしてこちらの方に顔を向けてきた。



「アマギ殿、この度は本当に世話になった。ありがとう」


「いいさ。愚か者のよしみだろう?」


 

 優しく、人が手を取り合えるような世界を作ろうとする俺。

 仕える家など遥昔に無くなり、他の誰もが見限っても主を待ち続けた彼。

  

 恐らく、周りからみれば愚か者と思われるのかもしれない。



「あっはっは。そうだったな。だが、私はもう愚か者ではない。確かにその望みを叶えたのだからな」


「そっか。なら、俺も早くそちら側に行くとしようか」


「ああ、そうするといい。微力ながら、力を貸そう。お嬢様も君に力を貸すとおっしゃっているからな」


「それは、助かるよ。本当に心強い味方だ」


「はっはっは。期待してくれていい。このルシエル、並の魔族に後れは取らん」



 活力にあふれた楽しそうな声が周囲に響く。

 斜め後ろにいるシャルロットは呆れているのか、少し目を細めて見ているのが少し可笑しかった。



「シャルロットもありがとう」


「……別に、いい」


「それと、よかったら、俺達の城に来るか?ここに留まるというなら止めはしないが」



 その言葉を伝えると、一瞬戸惑ったような彼女はルシエルの方に視線を送る。

 だが、それに対して彼は全てを任せるとでもいうように、頷きを返すだけだった。



「……………………戦いは、あまり好きじゃない」


「ん?ああ、別に何もしなくてもいい。ただ、こんな寂しい所にシャルロットをいさせるのがなんとなく嫌だっただけだ」



 周りには黒焦げた何もない大地が広がっている。

 ルシエルの話では悪魔族の領域の中、ここからは遥か離れた場所にデーモンと、ハイデーモン達の都市があるらしいが別にそこに主を行かせたいわけでも無いらしい。

  

 

「っ………………なら、行く」


「わかった。じゃあ、一緒に行こう。みんなに紹介するよ」


 

 たぶん、アルルカは最初は人見知りするだろうが、緊張しながらも根気よく、それでいて優しく接してくれるだろう。

 それに、レオーネもなんだかんだ面倒見がいい。アルルカができないところを器用にフォローする姿が今からでも目に浮かぶようだった。

 


「お嬢様がそう言うのであれば、私は後処理だけ済ませておくとしようか」


「後処理?」


「ああ。悪魔族を勢力下に加えるということさ。なに、私が顔を見せ、主の言葉を伝えればそれだけで終わることだ」


「そんなに簡単に済むのか?」


「悪魔族にとってアークデーモンという旗印は絶対服従の存在だ。恐らく、意志を問うまでも無く、お嬢様がそちらに付いたと伝えるだけで終わるだろう」


「そんなもんなのか」


 

 悪魔族は最強の種族と聞いていたので、そう簡単になびくものなのか少し疑問に思ってしまう。

 だが、ルシエルがそういうのであればそうなのだろう。



「ははっ。意外に思えるかもしれんが我らは長寿で固体数も少ない。そして、お嬢様の力の強大さとバルベリーズ家という存在をそのほとんどがまだ覚えている。排他的ではあるが、上位者が明確であれば内部では容易に話が全て通ってしまうような種族なのだよ」

 

「わかった。じゃあ、任せていいか?」


「ああ、任された。バルベリース家に誓って必ず成し遂げよう」



 シャルロットに視線を向けながら放たれたその言葉に、これまで以上に力強い想いを感じる。

 恐らくそれは、確かな忠誠の意志を主に示すことができるようになったからだろう。


 ならば、俺は託すだけだ。

 夢を叶えた彼に、俺が叶えたい夢を。



「お嬢様。話の通り、私は後で合流いたします。後処理を済ませたらすぐにそちらに向かいますのでご容赦を」


「……ん」



 失ったものは大きい。だけど、まだ残っているものもある。

 目の前で嬉しそうに笑う従者と、その視線をくすぐったげに避ける主。


 俺は、その光景をとても素晴らしいものだと思った。


時間が空いており、大変申し訳ありませんでした。

仕事が落ち着いてきましたので、またボチボチ更新を行っていく予定です。

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