まずは名前を
あれから、どれほど過ぎたのだろう。
俺は、真っ暗な闇の中でただただ、彼女と話し続けた。
もしかしたら、最初は話と呼べるような代物では無かったのかもしれない。
だけど、最初は、ただ何故と繰り返されるだけだった反応は徐々に形を変えていき、同じような言葉ながらも確かにその歩みを感じさせていた。
「………………それは、何?」
「これは、扇風機だな。暑い時に風を起こすためのものなんだ」
「………………………………」
「あははっ。あっちの世界じゃ、魔法は無いからさ、こういうものが必要なんだ」
精霊達と同じように変換する力を使えることがわかってからは、そこら中にある黒い炎をイメージしたものに変化させて彼女に見せていった。
もちろん、感情の乗っていない淡々とした声、無表情な顔は変わらない。
でも、なんとなく、その中にも違いが見えるような気がして俺は嬉しかった。
「こっちは団扇で、こっちは扇子だ。どちらもこうやって扇いで使うものなんだけど」
「………………何故?」
「どうしてだろうな。最初は、技術的に扇子しか作れなかっただけだとは思う。だけど、どちらも作れるようになっても共存してる。たぶん、それぞれ違った良さがあるんだよ」
「…………………………」
「わからないか?まぁ、今はそれでいいさ。でも、いつか、そういったことに気づいて欲しい。こんな暗い世界の中でじゃなくて、外の世界で」
「………………何故?」
物の差異について、特に彼女は強い反応を示す。
そこに、何か強い思いがあるとでもいうように。
そして、それとともに俺の身を焼く炎も強さを増す。
恐らく、それは、俺を苦しめたいわけじゃないんだろう。
根拠はない、だけど、彼女はまるで炎を抑え込むことに普段は意識を割いているように俺には思えた。強い意識が喚起されればされるほど、外に出る炎の量が明らかに増えていたから。
「ここは、やっぱり、悲しい世界だと思うんだ。当然、外にも悲しいことはあるし、嫌なこともあるだろうけど、それでも、ここよりは輝きに溢れてる」
「…………………………」
いろいろなことを話した。俺の生い立ちから始まり、前の世界のこと、今の世界のこと、仲間達のこと、美味しいもののこと、ほんとに、たくさんのことを。
「ははっ。いいさ、時間は、たくさんあるんだ。いつか、教えてくれればいい。行きたいか、行きたくないか。何故でも、どうしてでもなく、ちゃんと、自分の想いを」
「……………………………………………………」
いつもと同じような沈黙、それでも俺にはそこに違いあるように思えた。
◆◆◆◆◆
体感的には数年だろうか、太陽や月が見えないからよくわからないが、長い時が流れたような気がする。
だけど、遊び回る精霊達や、次第に変化を見せ始める彼女がいるから退屈や辛さはほとんど感じてはいなかった。
そして、俺は今日も話をし続ける。いつものように。
「笑っちゃうだろ?どっちの誕生日プレゼントが嬉しかったかで喧嘩するんだぜ?そんなの、どっちも嬉しいに決まってるのにな」
「……………………」
極稀にではあるものの、彼女は本当にそう思ったことに対して微かに頷くようになっていた。
最初、それを見た時は本当に嬉しかった。だんだんと、心を開いてくれているのがわかったから。
「俺は、義理の両親のことが今でも好きだ。会ったのはずっと前で、記憶もどんどん消えていってしまうけど、どれだけ時間が経ってもそれだけは変わらない」
「……………………」
彼女は、本当に両親のことが好きなんだろう。その話題の時は気持ちが溢れ出すように火柱が立ち昇る。複雑な感情を表すように揺らめきながら。
それに、もしかしたらこの城も時を進めないために作ったのかもしれない。
少しも忘れないように、薄れてすらしまわないように。
「だから、忘れたくない気持ちはわかるよ。痛いくらい。それこそ、俺も自分の体の一部を失うような喪失感すら最初はあったくらいだ」
「…………………………………………」
激しい感情のうねりからか、嵐のように炎が渦巻く。
それは、まるで激しい痛みにのたうち回るかのように思えるほどだ。
「だけど、やっぱり、君は前に進むべきだ。成長して、大人になって、それで、両親に心の中で伝えるべきだ。ありがとうって」
「………………………………………………何故?」
今までは、透明で無色な感情しかその紅い瞳には宿っていなかった。
それでも今は、明確な拒絶の感情がそこに映っている。
「それこそが、もういない両親に返せる一番大事な恩返しからだ。少なくとも、俺はそう思っている」
「………………………………………………」
「色々な人がいる。家族のいない人、家族を憎んでいる人、そして、君のように家族に愛され、愛している人」
アルルカは、ほとんど家族の記憶が無い。
レオーネは、家族という言葉自体をこれ以上無いほどに嫌っている。
ガイオスの部族は、個としての生き方を重視して強いか、弱いかしかない。
バロンの部族は闇から自然と産まれ、そもそも親なんていない。
俺は、実の両親をクズだと嫌いながらも、義理の両親をこれ以上無いほどに愛している。
本当に、家族にはいろいろな形がある。だからこそ、愛せる家族がいるだけで、幸せなことだと俺は思うのだ。
「………………………………………………」
「俺達には、愛すべき家族がいた。今はいなくても、もう会えなくても、それだけは変わらない」
「………………………………………………」
「だったら、俺達は前に進まなくちゃいけないはずだ。子供の成長が、親にとっての最大の喜びだと思うから」
薄れていく記憶に、声に、温もりに身を切るような痛みを感じるほどに愛していたのだ。
今はいないからといって、立ち止まっていい理由にはならない。
いや、むしろ、だからこそ前に進まなければいけない。一人でも歩けるということを胸を張って言えるくらいにしなくちゃいけない。
「………………お父様は、炎に包まれながら、私の頭を撫でた」
ゆっくりとした声が、響く。初めて聞く意志を持った声が。
「………………お母様は、炎に包まれながら、私を抱きしめた」
何も感情が宿っていなかった紅い瞳の紋章が淡い光を放ちながら涙が頬を伝って零れ落ちていく。
「…………本当に、好きだった、愛していた人達。だけどそれは、消えた。他でもない私のせいで」
睨みつけるような強い視線が俺に突き刺さり、竜のような形をした黒い炎が俺を締め付けようとするかの如く絡みつく。
「だったらもう、この世に価値のあるものなんか無い。私の前では、全てが無に帰す、ただそれだけ」
今までの淡々とした声ではない、はっきりとした声が彼女の口から放たれる。
濃厚な魔力と、圧力を伴ったそれは、こちらを拒む壁のようにすら感じられた。
「…………価値のあるものはあるさ」
「無い、そんなものどこにも。それに、もしあったとしても私の炎に触れれば、それは無に帰す」
自分の力が嫌いなのだろう。憎悪するような感情が炎という言葉の部分にかけられていることが何となくわかる。
「ある」
「ない」
それは、とても気づきずらいものなのだ。
灯台下暗し、一番近くにあるからこそ、自分では見えない。
「あるんだよ。だって、まだ、君がいる。君の両親の、一番大切で、世界でたった一つの、宝物が残っている」
「………………私は、その両親を殺した」
「だとしても、君の両親は最後の時まで君を愛し続けたんだろう?」
「………………それは、でも」
先ほどまでと違い、狼狽えたように瞳が揺れる。
それはそうだろう。
だって、それを否定するわけにはいかないから。もし否定してしまえば、両親すらも否定することになるから。
「前に進むのは辛いよ。当然、その中で掛け替えのない記憶も薄まっていく。だけど、大事だからこそ俺達はそうしなきゃいけないだろ?それが、何よりも、彼らの願いだから」
俺の両親は俺自身よりも成長を喜んでいた。
反対に衰えていく体に寂しさを見せつつも、それでも、ずっとそれを願っていた。
きっと彼女の両親も同じはずだ。会ったことは無くても、それだけはわかる。
「悲しんだままでいい、泣いていていい。だから、一緒に外へ行こう。君の力は俺が何とかするから」
彼女の黒い炎は精霊の力で変換できることは、今まで試してきたから確実に分かった。
だったら、もう、縛るものは無い。
「それに、君をまだ待ってくれている人もいるんだ」
ルシエルはずっと待っていた。悠久の時をたった一人で。
「ははっ。そうだった、まず名前を教えてくれ。それすら教えて貰ってないだろ?」
「…………………………………………シャルロット」
長い沈黙の後、彼女は、シャルロットは名前をようやく教えてくれた。
最初は、それでいい。
始めの一歩を進めることが、何よりも大事だと俺は思うから。
ようやく蒼、黒、紫、赤と四色が出揃いました。まだ二色は回収できていませんけど(笑)
もともとの始まりは、『魔王物』、『色の悪魔』、『四天王』だったので少し達成感はありますね。ちなみに、白は例外です。
遅筆ではございますが、ご容赦ください。




