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孤独な紅 ―シャルロット―

 城に侵入すると、どうやら太陽の光すらも外壁によって遮られているようで真っ暗な空間が広がっていた。

 ただ、自分の体が放つ燐光りんこうだけが周囲を淡く照らす中、眼を頼りに進むと、開けた場所を見つける。



「深淵ね。何とも悲しい世界だな」 



 何もない空間に自分の声だけが響く。 

 精霊達のように、声が世界に届かなくなるのではとも思っていたが、恐らく純粋な彼らの体とは違うのだろう。


 

「ハリボテみたいだ」



 巨大な城はどうやら外側だけがそう作られていただけらしい。

 暗い何もない空間に、今いるたった一部屋だけが用意されている。

 

 それに、目の前には棺が三つ置かれているのみで、それ以外には何もない。



「二つは、空っぽ。真ん中がご当主様とやらだろうな」


 

 透視すると、真ん中に置かれた小さな棺の左右には、寄り添うように大きな二つの空っぽな棺が置かれていた。

 恐らく、それは失われた家族の形をなぞったものなんだろう。



「本当に、悲しい世界だ」



 そして、その棺に近づき、蓋をゆっくりと開けると、中には小さな少女が目を瞑ったまま横になっていた。



「眠っているのか?」



 起こそうとして、手を伸ばした瞬間、真っ黒い炎が俺の全身を包み込む。

 だが、熱さも、痛さも何も感じない。本当に不思議な存在になってしまったものだと、ため息をつきたくなる。


 

「………………貴方は、誰?」



 だが、燃え盛る体に俺が何とも言えない気持ちになっていた時、ふと棺の中から声がした。



「起きたのか」


「………………貴方は、誰?」



 炎が火柱をあげるほどに強まるも、それでもなお消えない俺を不思議そうな目で彼女は見てくる。



「俺は、アマギ ユウト。君と話がしたくてここに来た」


「………………何故?」



 人形のような無機質な目が俺を射抜く。

 周囲を淡い銀色の光が照らすだけの薄暗い空間の中、家紋のような紋章の入ったその瞳だけがまるで夕日のようにあかく輝いている。


 彼女は会話すら億劫だとでもいうような様子だが、恐らく俺がそうしなければ帰らないことを理解したのだろう。


 無表情な顔で、問いかけてきた。



「…………俺は、『優しく、人が手を取り合えるような世界』を魔界に作りたい。だから、それに協力してくれないかと思ってね」


 

 俺は端的に、ただそれだけを伝えた。

 同情の気持ちは当然ある。だけど、何も知らない者にそんなものを向けられても怒りしか湧いてこないと思ったから。



「………………何故?」


 

 先ほどまでの焼き直しのように同じ問いが投げかけられる。

 俺の言葉は届かない、そんな風にも思わされる様な光景だった。



「君とこれからの道を一緒に歩いてみたいと思ったから、かな。まぁ、こんなこと突然言われても気持ち悪いかもしれないが」


「………………何故?」


「なんとなくね。仲良くなれる気がしたんだ」


「………………何故?」


「ははっ、どうしてかな。でも、話してみなきゃわからないだろ?だから、話をしに来たんだ」

 


 そして、俺は語り続けた、彼女が壊れたように何故という言葉しか発しなくても。

 話したくないと言われたわけでは無かったから。


 






◆◆◆◆◆





  

 そのまま、体感的には数日が過ぎるも、彼女はやはり何故としか言わなかった。

 だけど、まだ俺に諦めの気持ちは無い。

 


「俺の時は四年ぐらいかかったっけか」



 十歳の頃に引き取られ、高校に上がるくらいまではずっと自分の殻に閉じこもっていた気がする。

 尊敬すべき両親ですらそれほどかかったのだ、だったら、俺はもっと時間をかけなければ無理だろうと思っている。



「とりあえず、時間がかかることだけ伝えに行って貰えないかルシエルに頼んでみるか」



 体が変化したからか、不思議と空腹や、渇きは感じない。

 ならば、心配すべきは留守を守ってくれている者達のことだろう。



「また、すぐ来るよ」


「………………何故?」


「君ともっと話したいんだ。じゃあ、また」

 


 そして、束の間の別れの言葉を伝えた後、俺は真っ暗な世界を再び通り、外の世界へと出た。


 

「おや?すぐ戻ってくるとは、何か忘れものかな」


「ははっ、悪魔族にとってはすぐかもしれないけど、数日は経っただろ」


「ん?いや、ほんの数秒だろう?」


「え?そんなはずは無い。数日は経っているはずだ」


「いや、本当に数秒しか経っていない。バルベリース家に誓って」



 噛み合わない会話に戸惑う。

 だが、その理由にだんだんと予測がついてきた。



「…………中で、少女に会った。黒い肌に不思議な紋様の刻まれたあかい瞳をもった少女だ」


「少女?それは、おかしな話だね。あかい瞳はアークデーモンの証、もはや主しかそれを持たない。正確な年数は不明だが、どれだけ短く見積もっても主の外見は成年期のそれになっているはずだ」


「だが、黒い炎を確かに使っていた」


「…………………………まさか、中では時が止まっているとでも言うのかい?」


 

 二人の予測が、同じところにたどり着く。

 だが、数秒というルシエルの感覚と俺のものは明らかに食い違っている。

 それが指し示す答えなんて一つしかない。

 


「正直、それしか考えられない。太陽の光すら届いていなかったほどの代物だ」


「それは、正に、異端の力だね。すると、灰にすると言う表現すら烏滸おこがましかったようだ。全てを無にする力といった方がいいのかもしれない」


「とてつもないな」


「そうだね。ここまでとはさすがの私も思ってもみなかったよ。明らかに世界のことわりを外れている」



 恐らく、精霊の力が無ければ、何もできずに終了していただろう。

 むしろ、物質をぶつけた時にわずかに長く残っていたのは、その蓄えた時間が純粋な魔力よりも長かっただけということなのかもしれない。

 


「だけど、それならこっちにとっても都合がいい。どれだけ時間をかけようが問題ないってことだからな」


「あっはっはっは。やはり君はいいね。ある意味狂人の考え方だ」


「優しい世界を作るために魔界を統一しようとするくらいだからな。それくらいじゃなきゃ身が持たないさ」


「ははっ、確かにそうだ。いやはや、恐れ入ったよ。それに、そんな君ならできるかもしれないとも思ってしまった」


 

 長い年月を生きてきたであろうルシエルは愉快そうな様子でそう言った後、今までにないほどの真剣な顔になった。

 


「主を、頼む。恐らく、君にできなければもう誰にもできないだろうからね」



 時間という世界を支配する力すら凌駕するスキル。

 それを理解したからだろう。彼は全てを託すとでもいうようにこちらの目をじっと見つめてきた。



「ああ、期待して待っていてくれ。必ず、彼女の時を進めて見せる」


「そうだね。心待ちにしているよ」


「じゃあ、行ってくる」


「よろしく、頼む」



 ある意味、最大の障害は無くなった。

 後は、根気だけ。とても単純でいい。



「見本は近くで見てきた。なら、それを真似るだけだ」



 閉ざされた心を開くのがとても難しいというのは痛いくらいわかっている。

 でも、どれだけ時間をかけてもいいというなら、なんとなく俺にもできるような気がした。

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