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世界を変える力


「して、そうは言ったものの君はどうするつもりなんだい?全てに終わりをもたらす深淵の炎を攻略する手法があるとでも言うのかね」


「どうだろうな。でも、色々試して見るさ」


「ははっ。そうかい、若いというのは向こう見ずでいいね」



 まずは、魔力で作った火、風、氷、土などをぶつけるが、触れた瞬間に全てがかき消される。



「まっ、そうなるよな」



 次に、実際の土や空気中の水を圧縮して作った物質をぶつけるが、魔力の物よりはわずかに長く残りはしたもののそれも瞬時にかき消された。

 


「魔力で構築されていない純粋な物質もダメなのか。じゃあ、これはどうだ」



 眼のスキルでしばらく相手の魔力を掻き消し続けたが、次々に魔力が供給されているようで効果はあまり見られない。



「なるほど、正に鉄壁だな。ちなみに、魔力量はどれくらいなんだ?」


「ただでさえ魔力量の多い悪魔族の中でも歴代最高だよ。通常の蒼炎のスキルでもこれほど長く、広範囲に維持できるものではない。もししようとすれば私でも数秒が関の山かな」


  

 相当燃費の悪いスキルらしい。俺の眼も精霊達からの魔力供給が無ければ数分も持たないがそれ以上のようだ。



「魔力を使い続ければ精神も消耗するはずだ。なぜ、彼女はそれほど長い間魔力を放出し続けられる?何かからくりがあるのか?」



 ガイオスの戦いのときには、魔力の連続利用で疲弊し立ち上がるのすらもままならなかった。

 それこそ、俺が身体強化を継続せず、その都度使用する理由もそこにあるからだ。



「………………それが自然な状態だからだよ。魔力の放出には精神を集中するが、主は違う。いや、むしろ、自分で魔力の放出を止められないんだ」


「そんなことがあるのか?」


「ほんとにごく稀にだがそういった魔族がいる。総じて、魔力の回復量が異常であり、そこを上回る分を体外に放出し続けるようだ」


「なるほど、知らなかった。それは後天的になるものなのか?」


「まぁ、とても珍しいことだから知らずとも不思議ではないがね。私が知る限り、そういった者は皆生まれた後しばらくして発現している」



 そこがいまいち理解できないところだった。

 魔力量というものは生まれた時にほぼ決まっていて、成長や努力によって増えるものではないと以前聞いたことがある。実際、明らかに長寿なバロンも魔力自体は多くは無いようだし。



「はははっ、不思議そうな顔だね。まぁ、それもわかる。魔力量が変わらないのであれば、先天的なのでは?といったところかな」


「さすがだな。その通りだ」


「私も同じことを疑問に思ったからね。確かに魔力量は変わらない。でも、魔力をどれだけ消費するかというもの、いわゆる魔力効率だね。それは成長や努力で変化していく」


  

 言われて、気づく。俺は元から成人した者の体に憑依したからあまり馴染みが無いが、それでも魔力を扱う技術は使えば使うほどに洗練されていった。

 最初は全体強化しか使えなかったが、回復のみ、一部のみといった風に細分化できるようになったところが主なことだろう。

 そして、技術が洗練化するにつれ、魔力の消費量も劇的に減っていった。



「通常、魔族は生きているだけで魔力を使用し続ける。幼い頃、まぁ種族にもよるが、だいたい三年目くらいまでには消費と回復が均衡。その後は緩やかに魔力効率があがっていき、魔術を使えるようになるんだよ」



 確かに、以前アルルカが似たようなことを話してくれた。

 成長しても、魔術が使えず両親に見限られたと。



「主の場合は、その魔力保有量が膨大だった。そして、悪魔族自体も生きているだけで多くの魔力を消費する。見えないところで徐々に魔力の器は満ちていき、やがて彼女が十二歳となった時に飽和し、暴走した」


「…………その時に、大事な人達が巻き込まれたということか?」


「その通り。一般的な暴発であれば前ご当主様達で容易に対処できただろう。だが、主の力は強大過ぎた。偉大な大悪魔達も一瞬で灰になり、彼女は泣きながら全てを無にした。自分の意志とは関係なくね」


「それは…………辛いな。やるせなくなる」


「私は最初の余波で吹き飛ばされて気を失っていたし、主も何も語らなくなったからあくまで憶測の部分もあるが。本当に惨劇と呼ぶにふさわしい出来事だろうよ」


 

 そう言ってルシエルは天を仰いだ。まるで、涙が流れないようにするかのように。

 

 灰にした側、灰にされた側、そのどちらもを知っている彼にとってはそれほど辛いことなのだろう。

 

 俺は、その姿に何も言うことができず、ただ沈黙を貫いた。







◆◆◆◆◆







 しばらくして、長く息を吐き、呼吸を整えたルシエルは穏やかな笑みを浮かべてこちらを見た。



「すまない、気を遣わせたね」


「いや、いいさ」


「ありがとう。だが、どうする。実のところ、天眼族のスキルというものに期待していたんだが、どうやらそれも難しいんだろう?」


「そうだな」



 無策に近づくのはさすがに危険だ。それに、これまでスキルや魔術を最大限使えばできないことはほとんど無かったので、正直なところ手詰まり感がある。


 物質も、魔力も、スキルも、どれも通用しない。


 だけど、事情を聞いた今は諦めるつもりも一切無くて頭を回して考える。



「あれ?お前らもしかして」



 そして、そうやって悩んでいた時にふと気づいた。全く影響を受けていなさそうな存在に。



「お前ら?もしかして、他に誰かいるのかね?」


「いや、すまない。実は、この眼は精霊とやらも見えてな。今も周りを飛び回っているから」


「ふむ。そう言われると、確かに、以前会った天眼族の者もそういったことを言っていたかもしれない。それで?」


「ああ。俺はそれに加えてそいつらと会話もできるんだよ」


「ほう!それは、大変興味深い。また後で、詳しく教えてくれると嬉しいね」



 何となく思っていたが、ルシエルは知的好奇心がとても旺盛らしい。目を輝かせながらそう言ってくる。



「あ、ああ。また後でな。だが、うん、なんとかなるのか?」



 精霊たちは初めて見るものにはしゃいでいるのか、その黒い城の斜面をまるで滑り台のようにして遊んでいる。本当に不思議な存在だと改めて思う。



「なあ、お前らってそれ触っても平気なのか?」


≪うん。楽しいよー≫



 そういうことを聞きたいわけでは無いのだが、話がかみ合わないのはいつものことなので会話を続ける。



「実は俺も触りたいんだが、ダメらしくてな。なんとかできる方法知らないか?」


≪なら、僕たちみたいになればいいよ!≫


「いや、無理だろ」


≪王様ならできるよ!なんでも、楽しいものに変えちゃうし≫



 どうやら、彼らにとっては俺はそんな存在らしい。

 摩訶不思議な評価ではあるが、たぶん褒められてるんだろう。



「ははっ、そうか。なら、いっちょやってみるか。どうすればいい?」


≪だから、体を変えればいいんだよ。僕たちみたいに≫



 そう言って、精霊達が俺に纏わりついてくると、体が分解されるように銀色の粒子に姿を変えていく。

 ある意味ではとても、恐ろしい光景ではあるのだが、何故か不思議な安心感があった。

 もしかしたら、順応者のスキルが反応しているからかもしれない。



「なんだ、これ。お前達、こんなこともできるんだな」


≪なんで?いつもと一緒だよ?≫


「いつもと?それは、魔力の供給のことを言ってるのか?」


≪よくわかんないけど、たぶんそれ≫


 

 いつも、それが示すのは恐らく魔力を俺に供給する時のことを言っているのだろう。

 これまで、俺は彼らの体が魔力由来の物だからそれが出来ると思っていた。だが、もしかしたら、そうではないのかもしれないと気づく。



「ちなみに、いつものやつってのはどこから持ってきてるんだ?」


≪空にいっぱいあるものを変えてるよー≫


「それは、つまり、今俺達の周りにあるこの見えない物のことだよな」


≪うん!≫


 

 なるほど、どうやら彼らの本質的な力の根源は魔力ではなく、何かを作り変えるというものらしい。

 たぶん、これまでは周囲の気体を魔力に変化させて俺に渡していたのだろう。


 

「お前ら、ほんとに変な生き物だな」


≪えー、王様のが変だよー≫


 

 ある意味では、世界の理すらも崩してしまうような存在だ。

 たぶん、使おうと思えばなんにでも使えるほどの力。


 だからこそ、その使い方は最小限に抑えなければ行けない。彼ら無しでは成り立たなくなる生活にしてしまえば、人は堕落する。それに、俺がいなくなればあっという間に日常すらも崩れ去ってしまうだろうから。



「大事なものは、自分の手で掴まなきゃいけないよな」



 そして、俺は、驚愕の顔でこちらを見るルシエルに手を振ると、半透明となった体で城の外壁に突っ込んだ。

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