出立
悪魔族の勢力圏への出立の日。俺は皆に見送られていた。
「じゃあバロン。不在の間は全て任せた」
「わかった。どうか気を付けてくれ。まだこの国は若く、脆い。貴方を失えば維持するのも難しくなるだろう」
確かに、様々な種族を急速に併合してきたこの国には、確固たる支柱が必要だろう。
本来であれば足場をしっかりさせてからの方がいいのかもしれない。
だが、正直俺は逆に今を逃せば統一が難しくなるように感じている。
既にこの国は大国だ。そして、その国民に愛国心が芽生えるようこれまでの個人主義ではない集団主義的な統治政策を基本的に執っている。
もし、一度国の形を固めてしまえば、後から入ってくる者達は地球における移民のように扱われかねない。
だから、今この時、境目が曖昧な今この時だけが俺の、俺達の目指す優しい魔界統一の唯一の機会なのだと思った。
「ああ、危なくなったら逃げてくるさ」
「そうしてくれ。本体を失った影など何の意味も無いのだからな」
「ははっ。確かにな。影を寂しがらせないように頑張るとするか」
留守を守る達はちゃんといる。だから、ただ俺は目の前のことに集中すればいい。
「ガイオスも、皆を頼んだぞ」
「ああ、任せとけ!領地も、人の命も、欠片も失わないことを誓う」
「そりゃ頼もしい。お前の大きい手にしたら、まだまだこの国は小さいみたいだな」
「がはははっ。さすがは頭だ!その通り。俺の手の平にはまだまだこの国は小さすぎる」
豪快な笑い声が響き、その自信が周囲の者達を勇気づけてくれる。
皆の精神的な支柱として、これ以上無いほどに彼は頼もしい存在だった。
「アルルカ、行ってくるよ」
「………………はい。無事のお帰りを心待ちにしていますから」
「ああ、任せてくれ。俺は必ず無事にここへ帰ってくる」
「約束、してくれますか?」
「約束する。君と最初にあったあの日のように」
「っ!はい!!お気をつけて」
たくさんの約束をし、たくさんのそれを果たしてきた。
だが、まだ最大の約束は果たせていない。『世界を変える』、俺はそう彼女に誓ったから。
そのためにも、俺はここへ無事に帰ってこなければならないのだ。
「レオーネも留守を頼むよ」
「わかってる。せめて、養ってもらってる分はちゃんと働くつもりよ」
「そうか。君らしいな」
「ふふっ。でしょ?…………まっ、貴方も頑張りなさい。死んだらお墓くらい作ってあげるから」
本当に、素直じゃないなと苦笑してしまう。斜めに構えて、優しさを誤魔化す必要なんてないのに。
「ちゃんと泣いてくれよ?」
「それは別報酬を貰わなきゃね」
「おいおい、その条件じゃまだ死ねないな」
「なら、ちゃんと帰ってくるのね」
「ああ、そうするよ」
そして、俺は皆に後を任せて旅立った。未知の領域へと、たった一人で。
◆◆◆◆◆
地図は事前に眼で見て記憶してある。
俺は、ただその方向を目指し、一直線に飛び続けた。
間に休憩や睡眠を入れつつ、最大速度で移動していると、視界の先に、強力な魔力の壁があるのを眼で認識した。
「あれか。とりあえず、今後のために色々と調査をしておこう」
壁のギリギリまで接近した後、念のため最大限の身体強化を施して魔力の壁の内側に侵入する。
「これは、確かにかなりの圧力だ」
身体強化を最大限した状態ではそれほど苦では無いが、体感的に大きな負荷がかかっているのがわかる。
負荷の度合いを測るため、徐々に強化量を減らし均衡する地点を探っていく。
「なるほど。だいたいわかってきたかな」
これでは、大抵の種族がこれを突破できないだろう。
視界に映る壁はかなり分厚く、移動の早い種族でも通り抜けることはできないように思える。
「だが、死にスキル化してた順応者のスキルは有効だな」
調査をしながら、しばらくその空間にとどまっていると、環境の変化に体が順応していく。
必要な身体強化量がぐっと減り、いればいるほどそれに最適化されていくのがわかる。
「ガイオスと戦った時も助けられたし、たまに役に立つんだよな」
今回は一人旅ということもあって、独り言が増えているようだ。一応妖精もいるので、一人旅というには微妙なところだが。
取り留めも無いことを呟きつつ、ここで調べたいことは終わったので、魔力の壁を突破することにした。
「ここが、悪魔族の勢力圏か」
目の前では、荒れた大地が一面に広がっている。
見える範囲に人の姿は無く、遠くに佇む黒い城だけが存在感を放っていた。
「とりあえず、あそこを目指すか」
侵入したにも関わらず反応は無い。あの壁には探知的な機能は付与されていないのだろうか。
まぁ、今はいいか。どうせ、情報が少なすぎて、現状で判断なんてできないのだから。
「じゃあ、お仕事といきますか」
奇襲に備えて何重にも魔力の膜を張りながら再び飛行魔法で空を飛び続ける。
「俺が魔力練れなくなったら、お前達頼りだから頼んだぞ?」
≪いいよー≫
なんとも気の抜けた返事に少し緊張がほぐれる。
「ほんと、いい性格してるわ」
≪やったー。褒められたー≫
褒めと呆れが混ざってはいるのだが、彼らには恐らくそんな人間の感情の機微は伝わらないのだろう。
無邪気に周りを飛び回る姿を見てそう思わされる。
「さて、何がでてくるかな」
多少の不安はある。だが、そんなことで立ちすくんでいる暇なんて一切ない。
無事に帰りを待つ人たちがいる。急ぐにはそれで十分だった。




