適材適所
宴から一月ほどが経った。バロンに呼ばれた俺は、少し早いとは思いつつも会議室へと向かう途中、アルルカとレオーネが食堂から出てくるのに気づき話しかける。
「おはよう、二人とも」
「おはよう」
「お、おはようございます……」
薄く微笑みながら、以前よりも柔らかい雰囲気で挨拶してくるレオーネ。だが、何故かアルルカはその後ろに隠れ、顔だけを出していた。
「どうした?アルルカ」
こちらを見ると笑顔で近づいてくるアルルカの、いつもとは違う様子が気になり近づくと、彼女はひどく焦ったような顔をした。
「なんだ?俺、なんか悪いことしたか?」
「ふふっ。この子、今腕一杯にお菓子抱えてるのよ」
「レオーネさん!?言わないでください!」
まるで姉妹のような雰囲気の二人。もしかしたら、これまで、首脳陣や部族長は男性ばかりだったのでアルルカは肩身が狭かったのかもしれない。
「ユウト様、これはですね、私が子供っぽいとかでは無くですね、あの、その」
アルルカは動揺しているのか、いつものように頭が回っていないようだ。
俺は、その様子が微笑ましかった。
それに、基本は落ち着いた雰囲気のアルルカが周りの見本になろうと少しだけ背伸びしているのはなんとなく知っているので、親しい仲間内だけでも気が抜けるのはいいことだ。
「お菓子って美味しいよな。俺も好きなんだ。おすすめがあれば教えてくれ」
「ほんとですか!?なら、会議の後でみんなで食べましょう」
「それは楽しみだな」
「はい!」
嬉しそうに、自分の部屋にそれを置きに行ったアルルカの背中を眺めていると、レオーネが上品に笑いながらこちらに話しかけてきた。
「女性の扱いが上手いのね」
「そうでもないさ、ただそれなりに人生経験があるってだけで。けど、二人は仲が良さそうだな」
「私もそれなりに人生経験があるから。特に女性関連のことを色々と教えてあげてたら仲良くなれたわ。まぁ、夜の知識はまだ教えていないけれど、教えたほうがよかったかしら?」
揶揄うようにして、距離を詰めながら下から見上げてくる彼女は、さすがというべきか大人の色気をこれ以上無いほどに放っていた。
「降参だ。そう言った分野は不得手なんだ」
「ふふっ。貴方、本当に面白いわ。意外なところがあり過ぎて」
「それはどうも。ほら、アルルカも来たし会議室に向かおう」
ずっとこちらの様子を窺うように警戒していたレオーネの態度は、あの宴の日以来だいぶ軟化した。弱みを見せたことが良かったのか、ただ慣れただけなのか具体的な理由は不明だが。
「お待たせしました」
「よし、じゃあ、行くか」
俺の前を歩きながら、楽し気に話をする二人の背中をなんとなく見つめる
レオーネの心の内はまだはっきりとはわからない。
だけど、その近くで聞こえる足音と、無防備に向けている背中が、俺達の今の距離を表してくれているように、俺には思えた。
◆◆◆◆◆
部屋に入ると、既にガイオスとバロンが集まっていた。
「すまない。待たせた」
「おっ!さすがは頭。両手に花とは羨ましい限りだな」
「打ち解けてきたようで何よりだ。では、集まったことだし今後の方針について話し合おうか」
そう言うとバロンが円卓に広がった地図を見ながら話を始める。
「まず、リザードマン達との融和は順調だ。あちらに送っている分身体から得られる情報を見ても大きな混乱は起きていない。やはり、初手で意識を変えられたことが大きかったようだ。それと、こちらの発展具合を見せることで国力の差を伝えることもできた」
バロンはこれまで点線で囲んでいた領域を実線に修正し、国家としての領土を拡大した。
「今後は、軍事面でリザードマン、技術面でドワーフの秀でた部分を活かして行けばよいだろう。ガイオスの方で何か報告はあるか?」
「おう。リザードマンについては、既に軍の方に組み込んで演習を開始済みだ。鬼人族とドワーフが肩を並べる日が来るとは思ってもみなかったが、案外やってみるとなんとかなるもんだな」
「よろしい。では、次に今後の戦略に移ろう。現在、我が国は魔界の約五分の一程度を掌握した。そして、以前レオーネ嬢が提供してくれた情報によれば、残る大きな勢力としては竜人族、海人族、悪魔族の三つだ」
地図を見ると、どの勢力もこちらと同程度の大きさに見えるが、海人族は海を、竜人族は山を、それぞれ多く含む分、勢力としては見かけほど大きくないように思える。
「実質的な勢力としては、悪魔族が抜きんでていると見ていいのか?」
「さすがだな。実際のところ、戦力的にはこちらの半分にも満たないらしい。詳細は、提供者のレオーネ嬢から説明してくれ」
「わかった。正直、竜人族と魚人族の戦力はこの国の状況を見るとそれほど警戒しなくていい。地形を活かした専守防衛が厄介なだけだと思うわ。一方、悪魔族は違う。数としては多くないけれど、個々の総合的な戦闘力は魔界最強。生まれた時から肉体面、魔力面に優れ、さらには長寿な種族のため技術力も高いものが多いの」
魔界最強。その裏を返せば、そこさえ取り込めれば統一が現実化することを示しているようにも聞こえた。
「なるほど」
「それと、蒼炎のスキルを持っていて、長時間の使用はできないものの魔力を掻き消すことができるみたい。まぁ直接戦ったわけじゃないからあくまで諜報で得られた範囲の情報だけどね」
「……魔力を掻き消すスキル。以前似たような攻撃を受けたが、それは厄介だな」
恐らく、正面からぶつかればかなりの被害が出る。最悪、負ける可能性すらもあるだろう。
「ええ。高次元でバランスの取れた種族な上にスキルも厄介。だからこそ、魔界最強と呼ばれているのよ」
「俺達鬼人族も単純な肉弾戦なら勝てるがな。総合的には奴さんのが強いのは事実だ」
いつも自信気なガイオスが珍しく渋い顔でそう言うことに、俺はなおさらその事実を実感した。
「出来ることならぶつかりたく無いな。一度、対話をしてみたいができそうか?」
「正直、わからないわ。昔から孤高の部族で、他と交流することが一切無いから」
「そうか。じゃあ、試してみよう」
「待ってください!また、ご自分で行かれるつもりですか?」
丁度、そう提案しようとしたとき、今まで黙って話を聞いていたアルルカが初めて口を開いた。
「ああ。他の者が相応しいのであれば全て任せる。だけど、今回は俺が行くのが一番そうだ。最悪戦闘になっても逃げるだけならできるだろうし。俺が自分以外の魔力を自由に使えることはアルルカも知っているだろ?」
「ですが……もう少し情報を得てからでもいいのでは?」
「レオーネの諜報精度はバロンですら舌を巻くほどだった。だとすれば、これ以上の情報は集められなかったんだろ?集めなかったんじゃなくて」
以前のレオーネは積極的にスキルを使いながら詳細な周辺情報の把握に努めていたようだ。
俺が作ったものくらいしか無いと思っていた地図も彼女は同レベルで丁寧に作成しており、その臆病ともいえるほどの慎重な性格が如実に表れていた。
「……そうよ。悪魔族の領内は彼らが張った強力な結界が広がっていて、一定以上の負荷に耐えれる者でなければペチャンコになってしまう。空と地中も試したけどそれもダメ。それが維持できるのであれば、境界線としてはこれ以上無いほど合理的よね」
「それなら、なおさら俺が行こう。その条件に合致する部族は、どちらかというと交渉事が得意ではないものがほとんどだからな」
「そんな……。悪魔族の領域は、書物でもほぼ記載がないほど未知の場所です。もしかしたら、本当に危険かもしれません」
「毎回心配をかけて悪いとは思っている。だけど、誰が行くとしても危険なら、最も確実な手段を選ぶのが王としての俺の責任だ」
そう言い切ると、アルルカは俯き何も発しなくなった。
正直、その姿を見るのは心苦しい。以前、リザードマン達の国に行くときもひどく心配してくれていたのは知っているから。
なかなか世の中上手くは周らないなとつくづく思う。
「仕方あるまい。それが最も確実性が高いのは事実だしな。では、その間に他の二つの部族は我らで対応することにしよう」
前世的な感性では未開の地に王が直接出張ることに違和感もあるし、バロンに小言を言われるかなとも思った。
だけど、よく考えると魔界の常識では王が最も強い者なので今回の条件では特に意見は無いようだった。
そして、そのまま会議が終わり、俺とアルルカ、レオーネの三人で約束通りお茶会を開いた。
目の前ではアルルカが甘いお菓子を食べながら、笑っている。
沈黙などなく、楽し気な会話が響く明るいお茶会。
だけど、俺には彼女が無理をしているのが痛いくらいに伝わってきて少し精神的に辛い。
彼女のおすすめを一つ手に取って口に含む。甘いはずのそのお菓子は、俺には苦く感じられた。
※下記は作品とは関係ありませんので、該当の方のみお読みください。
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