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最後が笑顔ならば

 下に降りると、俺に気づいたガイオスが肩を組んできた。彼が倍近く大きいので手を置いたという方が正しいかもしれないが。


 その周りには領兵達も笑いながら集まってきておりかなり飲んでいる様子が窺える。



「ほら、頭も一杯やろうぜ」


 

 樽を片手にこちらにそう言ってくる彼に苦笑してしまう。



「おいおい、体の大きさを考えてくれ。こんなに飲めるわけないだろ」


「いいや。頭はでっかい男だ。魔界を統一するなんて言うくらいだからな」



 気分が盛り上がってきたのか、周りで口々に領兵達が合いの手を入れてくる。

 


「せめて大ジョッキにしてくれ。俺も皆と飲みたいから」


「さすが頭だ!おい、早く酒持ってこい。乾杯だ!!」



 そして、自分の前に大きなジョッキが置かれると、それを掲げ、乾杯をする。



「皆の頑張りに、そして、これからの明るい未来に。乾杯!!」


『「乾杯!!!」』



 アルコールというものを知識で理解している俺であれば最悪魔術を使って分解できるので思いっきり飲んでいく。以前よりも、美味しくなっていることがわかり、嗜好品にもついに手が伸び始めたことが嬉しい。


 中には踊り出している者もいて、その楽しそうな様子に俺もその中に飛び込む。


 踊れる踊りなんかない。でもそれでいいのだ。ドジョウ掬いのような、タップダンスのような出鱈目なそれを皆が笑いながら見ている。それが一番いいのだから。



 しばらくして、少し喉が渇いたころ、俺はバロンの方へ向かった。









「楽しんでるか?」


「ああ。良い物だな、こういうのは」


 

 彼は種族として飲食をすることができないが、雰囲気だけでも味わおうとワインの入ったグラスを手で揺らしていた。



「俺もそう思う」



 視界の先では、今回の戦でリザードマンの動きを読むのに一番貢献した鱗の無いリザードマンがまるで英雄のように称えられている光景が繰り広げられていた。


 鬼人族にゴブリンに、はぐれ魔族達、外見も考え方も、境遇も全てが違う彼らが肩を組んで一緒に飲み比べをしている。


 セイレーンを口説くオークに、酒で火照った体を冷やすためにアイスマンに抱き着き嫌がられているキャットマン、つまみとなる果実をさらに乗せていくドライアド達。

 



 浪費は良くない。しかし、目に見える形での生活の向上は活力に繋がる。


 バランスは大事だが、国が安定するまではこういった催しを続けるのは効果的だろう。


 理想の光景。だが、この場に立つことができなかった者達が浮かんできて少し悲しく思う。





「死んだ戦士達のことはあまり気負うなよ」


「……バロンには全てお見通しか」


「わかるさ。私も、貧しい生活の中で死んでいった者達をたくさん見てきたからな」


「辛くないのか?」


「辛いさ。自分の無力を実感するからな。貴方は、全て出来るがゆえにそのやるせなさも私以上に大きいだろう」


「そうだな。いつも思うよ。俺が全てやれば、犠牲も無く上手くいくじゃないかって」



 今回の戦も、力づくでねじ伏せることは正直容易だった。全てを滅ぼせば犠牲など出ずに全てが終わるのだから。



「だが、いつかそれは破綻する。自分の意思で、力で掴まない幸せなど、一瞬で崩れ去るだろう」


「……だよな。やっぱり、国としてまとめ上げるには個々の意志が不可欠だ」

 

「ああ。貴方は、なまじ頭が回るがゆえに辛かろう。だから、一人で抱え込むな。一応、これでもそれなりに歳を経た身だ。老人の知恵を当てにしてくれ」


「ははっ、老人か。全然年齢が分からないからそんな風に思っていなかったよ。ちなみに、何歳なんだ?」


「具体的な数字はわからん。だが、木が大樹となる程度には生きてきただろう」



 それは、とても気の遠くなるような話だ。その間、優しい彼は俺のように悩み続けてきたのだろう。


 正直、それに比べれば、俺の悩みなんてちっぽけなものに感じてしまった。



「人生の大先輩だな」


「そうだ。だから、頼れ。影は常に足元にあるのだから」


「…………ありがとう」


「うむ。まぁ、今は老人と話すのも寂しかろう。アルルカ嬢やレオーネ嬢とでも話してきたらどうだ?」


「そうするよ。バロンも楽しんで」


「ああ」









 そう言ってグラスを掲げる彼のもとを後にし、アルルカ達の元へ向かう。


 彼女たちはお酒を飲まないようで、他の女性や子供達と一緒にお菓子を食べているようだったが、俺の姿に気づくとこちらに駆けよってきた。

 


「ユウト様!空に浮かんだ輪はとても綺麗で、感動しました!!子供達も大興奮でしたし」


 

 少し、興奮したように言うアルルカはいつもよりも幼く見えた。



「それなら、俺もやった甲斐があったよ。そう言えば、お菓子は美味いか?」


「はい!とても!!こんな美味しいものが世界にはあったんですね」



 前世の知識を捻り出しながら、試行錯誤し今回はケーキもどきを用意した。


 いまだ、サトウキビのようなものが発見できていないので魔術頼りではあるが、それでも、似たようなものを発見したという報告も上がってきているのでいずれ作れるようになるかもしれない。



 うっとりとした顔でそういうアルルカの顔が見れるなら、後で報告書に目を通してみるかと思った。



「まだ食卓に並ぶには程遠いからな、たくさん食べておくといい」


「はい!!」



 そう言って子供達と一緒にどれが美味しいかと話し合っている彼女を見つつ、何故か女性陣に取り囲まれているレオーネの方へ向かった。


 だが、邪魔をしてはいけないと思い、それを遠巻きに眺めていると、俺に気づいた彼女は断りを入れながらこちらに飛んできた。


 どうやら、魔術無しでもその黒い羽で飛行ができるらしい。







「どうした?別にあっちにいていいんだぞ?」


「もう、無理。さすがに疲れたわ」



 その色気のある外見とは逆に、とても疲れた表情で彼女は言う。



「何を話してたんだ?」

 

「髪とか肌のケアとかいろいろとね。ただ武器として必要だから整えていただけなのに」


「はははっ。確かに、それは女性なら気になる話題だな」


「こっちが死にもの狂いでやっていた気持ちも知らずにお気楽なものよね」


「生活にゆとりが出てきた証だろう。彼女達も以前はそんなこと気にしてる余裕はなかったはずだ」


「……なるほどね。確かにそれはそうかもしれない」


「だろ?それに、それを差し置いてもレオーネは綺麗だ。褒めたくなる気持ちも分かる」



 俺がそれを言うと、何故か彼女はこちらの眼をじっと見つめてきた。



「どうした?」


「それは、私に何かを求めていると、そういった意味かしら」


「ん?何を?」


「…………いえ、私の勘違いだったみたいね。忘れて」


「そうか?まぁ、そういうなら」

 

 

 いまいち言いたいことが伝わらなかったが、相手がそういうなら何も言うまい。



「でも、本当に勝ったのね。あの弱小部族の混成部隊が勝つなんて正直期待して無かった」


「あの場でも言ったろ?心から勝利できると信じているって」


「挑発の意味しかないと思ってたわ」


「なら、今度からは君も信じてくれ。俺達の国の頼もしい剣を」


「……貴方は、本当に。優しく、人が手を取り合えるような世界を作るつもりなの?」


「作る。何があっても」



 俺がそう言い切ると彼女は眩しそうに目を伏せた。



「強いわね。貴方は」


「別に強くないさ。誰かが死ぬ度に泣きたいくらいに悲しいし、誰かに裏切られれば簡単に傷つく」



 先ほどまでと違う弱音めいた俺の発言に、彼女は驚いたような表情をした。



「それでよくやってこれたわね」


「ああ、皆が助けてくれたからな。当然、意見がぶつかることもあったし、すれ違うこともあった。何度も、泣きそうになって、何度も躓いて、だけど、それでもみんなが力になってくれたから今がある」


「…………貴方はもっと綺麗に生きてきたと思ってたわ」


「違うよ。俺の歩いてきた道は全然綺麗じゃない。でも、それでいいんだ。醜い感情があっても、いつも笑顔じゃなくても。最後が笑顔ならそれでいい」


「やっぱりあなたは強いわ。私とは違う」



 彼女は、何度も絶望し、折れてしまった者特有の乾いた笑顔で笑い、そう言った。


 以前、彼女は言っていた。ついででいいから、愛して欲しいと。

 

 その発言はたぶん、愛された記憶が無いからこその言葉なのだと確信があった。

 

 

 何故なら俺も、前世でそう思っていたことがあるから。


 だからだろうか、そんな顔をする彼女になにか伝えなければと思った。





「実は俺は、異世界からの転生者なんだ。そして、前の世界での最初の両親は、最高の屑だった」 




 そして、俺は、自分の両親が屑だったこと。愛を信じられなかったこと、それでも実は愛を求めていたこと。

 

 それらを淡々と話し続けた。



 突然そんなことを口走り出した俺に、最初彼女は何かを言おうとしたが、結局最後まで何も発することは無く、黙ってそれを聞き続けた。






「自分が不幸だったからどうだというつもりは無い。でも、俺は、何かのきっかけでそれが変わることを知っている。だから、できることならレオーネにも見せてあげたい。その不幸の先の景色を。俺がそれを見せて貰ったように」


 

 少し、偉ぶった言い方だったかもしれない。でも、それが正真正銘俺の本音だ。だから、真っ直ぐと言った。飾った言葉ではそこに届かないと思ったから。



「…………そう。じゃあ、少しだけ。ほんの少しだけ期待しておこうかしら」

 

「頑張るよ。だけど、それには君の意志が必要だ。俺だけでも、君だけでもダメなんだ。それだけは覚えておいてくれ」


「わかった」


「ありがとう。なら、今は楽しもう。俺の故郷の料理もたくさん作ったんだ。絶品だぞ?」



 そのまま、米の素晴らしさを語り出した俺の姿は、彼女には面白く映ったらしい。

 少しだけ声を出して笑うと、穏やかな笑みを浮かべた。



「ふふっ。じゃあ、まずはそれを食べてみましょうか」


「それがいい!だが、美味すぎるから覚悟もしておいてくれ」


「期待してるわ」



 最初は小さな幸せからでいいんだ。


 俺は、レオーネの手を取ると、アルルカがやっていたように彼女を人の輪の中に連れ戻した。


 何度でも挑戦すればいい。一度で成功することなんてほとんど無い。


 だから、俺達はそれをし続ける、諦めなければきっと何かを掴めるはずだと信じて。

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