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幸せの在処

 彼女の黒い瞳が紫色の魔力を帯びながら輝く。



「それじゃあ、この瞳を見なさい。少しすれば、夢の世界に旅立てるわ」



 俺は、その瞳ただ見つめる。そして、徐々に意識が遠のいていくのが分かる。



「おやすみなさい、いい夢を」



 ほほ笑む彼女の顔を最後に、俺の意識は途絶えた。





◆◆◆◆◆





 遠くで目覚ましの音が鳴り続ける。


 そして、俺の意識は徐々に覚醒し、目を開けるとベッドにいた。


 前の世界の自分の部屋。アイロンされた制服が壁にかかっているのが見える。


 

「これは、高校時代の……」


 

 記憶を呼び起こしていると、下から俺を呼ぶ声がした。



「優仁!ご飯よー」



 久しく聞いていなかった義母の声に懐かしさと嬉しさがこみ上げる。



「わかった!」



 階段を降り、俺が下に降りると、義父が新聞を読んでお茶を啜っていた。



「「おはよう」」



 席に座り、義母が朝食を机に置くと三人で手を合わせ、食事の挨拶をする。



「「「いただきます」」」



 以前は、毎日繰り広げられていた光景が最近絵は見られることは無くなった。


 一人きりの家、一人きりの食事。当然誰かと外で食べることはある。だが、二人が亡くなってからはこの家で俺以外の声がすることは無かった。



「そういえば、三丁目の山田さんが昨日来て、優仁君にってメロンくれたわよ。あんた、自転車のパンクを直してあげたらしいじゃない。さすが、私達の子ね」



「あーそうだったかな?というより、頭を撫でないでくれ。もう、大人なんだから」



 同じようなことがあり過ぎて、そんな細かいことは正直覚えていなかった。



「いいじゃないの。ねえ、お父さん」



「ああ。お前は、本当に自慢の息子だよ」


 

 二人は記憶通りの嬉しそうな顔でほほ笑んでいる。


 俺は、懐かしく、優しいその笑顔を見ているのが辛くて、朝食を掻きこむふりをして涙を隠す。



「悪い、用があるの忘れてた。もう行くよ」



 俺は、そう言うと急いで家を飛び出す。両親が苦笑しているのが視界の端に映った。



「「いってらっしゃい」」




 ある程度走った後、学校までの道のりを歩く。


 今は無くなってしまった、公園や、店、それらを見ているうちに気づくと昇降口に立っていた。


  

「優仁君。おはよう」



 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには、高校時代の彼女が立っていた。



「ああ、おはよう」



 俺には勿体ないくらいに綺麗で、明るく、そして優しい彼女。


 子供だった俺が傷つけ、泣かせてしまった彼女。恐らく、今の俺なら泣かせることは無いのだろう。



「何かあった?なんか、難しい顔してるけど」



「……いや、何でもないさ。ちょっと眠いだけだよ」


 

 二人で連れ立って校舎を歩いていると、揶揄うように周りが声をかけてくる。


 そうだ、あの時はこれが気恥ずかしくて、少しだけ距離を置くようになったんだ。そして、悲しませた、彼女を。


 視界の端で彼女がその友達を恨めしそうに睨んだ後、諦めたような悲しそうな顔で俺を見ているのが映った。



 あの時は、気づかなかった。人を傷つけたくないと願いながらも、無意識に人を傷つけていた。

 


「あのね、優仁君……ううん。なんでもない」



 何も言えず、もどかしそうな顔をする彼女が見ていられなくて、つい、彼女の手を握って締まった。


 驚く彼女。だが、やってしまったからには仕方が無い。諦めてそのまま歩く。



「行こう。俺は、気にしないから」



「うん!!」


 

 嬉しそうな彼女の顔に俺の顔が自然と綻ぶのがわかった。



 以前は退屈に感じていた授業も、不思議と楽しかった。恐らく、何故学ぶかが理解できるからだろう。


 それに、大学時代の遺産なのか、内容が面白いくらいに分かった。



 


 そして、昼休み。友達とバカな話をしながら昼食を取る。



「コイツ、沖縄のちんすこうのこと、ずっと下ネタだと思ってたんだって」


「マジかよ?めちゃ馬鹿じゃん」


 

 下らないことで笑い合う。





 その光景を見ながら、かつて過ごした何気ない毎日が、どれほど楽しく、どれほど貴重だったかを実感させられる。

 


 そして、下校時。彼女と、茜色に染まった帰り道を歩く。

 


「なんか、今日の優仁君、大人っぽいよね」



「変か?」



「ううん。凄く、良いと思う」



 はにかむように笑う彼女はとても上機嫌そうだ。目の前で夕日を浴びながらクルクルと回っていた。


 彼女の記憶は悲しそうな泣き顔で終わっている。だけど、今なら守れるそんな気がした。



 



 

 家に帰ると、義母が夕食を作っていた。高そうな肉を珍しそうに俺が見ていたからだろう、彼女がこちらに話しかけてきた。



「お隣さんに、貰っちゃったわ。気にしないでって言ったのに」



 母はよく、共働きのお隣さんの子供を預かって面倒を見ていた気がする。多分そのお礼だろう。



「まあ、貰ったものはいいじゃないか」



「それもそうなんだけどね。あっ、お父さんが帰って来た。あんたも着替えてきなさい」



 そして、扉が開きちょうど父が帰ってきた音がする。


 俺が、着替えて降りると、父は既に座っており、三人で朝のように食事の挨拶をした。



「「「いただきます」」」



 今日はすき焼き、美味しそうに食べる父を母が見つめて、お酒やら卵やらの世話を焼いている。



 

 幸せな生活と、成長した自分。過去とは違うところもあるが、恐らくそれは都合の良いように書き換えられているのだろう。


 

 ずっと、ここにいたい。そして、幸せに生きていきたい。辛い現実など全て捨て去って。



 ぼーっとする俺に気づいたのか、義母がこちらを心配そうに見ていた。




「大丈夫?何か辛いことでもあったの?」



「そうなのか、優仁?何か嫌なことがあるなら、頑張りすぎなくていいんだぞ?」




 優しい言葉は、決意を鈍らせ、上げた足を前に出すのを躊躇させる。


 だが、それでも俺は、歯を食いしばってでも前に進まなきゃならない。


 始めたことをしっかり貫く。それこそが、彼らに恥じない生き方だから。




「そろそろ行くよ。幸せな夢を、ありがとう」



 俺がそう言うと、景色に罅が入り、徐々にそれが崩れ落ちていくのが分かった。


 

「「…………頑張りなさい」」



 そして、彼らは寂しそうに笑った後、そう声をかけてくれた。


 もし、この夢が俺の願いだというのなら、俺はきっとそうしたいのだろう。



 

 

 幸せなだけではいられない。それは分かってる。


 でも、過去の記憶の中、その素晴らしさに後で気づいた。


 きっとそれは、俺が辛いことを経験してきたからだろう。




 幸せが周りに溢れていてもそれが幸せなのかには気づけない。辛いことや、悲しいこと、それらを経験するからこそ、幸せが輝くのだ。


 だから、俺は歩み続ける。その先にこそ幸せがあると信じているから。

すいません。ちょっとプライベートをさぼり過ぎて相棒に怒られましたので最悪の場合年末近くまで更新できないかもです。

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