表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/57

剣と影

 翌朝、気分を切り替えて政務に取り掛かろうとした時、扉が強く開かれる。


 そこには、ガイオスがいつになく真剣な顔で立っていた。もしかしたら、何かあったのかもしれない。



「どうした?」



「少しだけでいい。時間をくれないか?」




 彼は、こちらの返答も聞かずに城の外に向かっていき、俺はそれを追いかける。


 やがて、彼が歩みを止めると、初めて彼と戦った場所にたどり着いていた。




「頭は強いし、俺と違って頭も良い。やろうと思えば何でもできるだろう。でも、だからといって身一つでやる必要は無い。使えるものなら使えばいいんだ」




 以前あった丘は既に無く、大きな穴が広がっている。そして、そこには雨が降る度に水が溜まり、湖を形作ろうとしていた。 


 


「俺は、剣だ。難しいことは考えられない。でも、頭の道を切り拓いて、大事なものを守るくらいならできる」



 時間の移ろいゆく中で全ての者は姿を変えていく。それは、彼も同じようだった。


 守る、その言葉が彼から出てくるくらいには、その在り方は変化していた。



「もし、頭の体が、心が傷つくくらいなら迷わず使ってくれ。俺は、もう誰にも負けないから」



 彼の体がスキルによって変化していく。今の彼は、その想いの強さを示すように以前とは比べものにならないほど大きく、力強かった。


 そして、彼が天に向かって全力の正拳付きを放つと、大地が揺れ、嵐のような風が吹き、雲が割れた。



「だから、安心してくれ。あんたの夢は誰にも邪魔させないから」



 その蒼い鬼は、この世界において強さの象徴だった。誰もが恐れる力の体現者。



 でも、俺にとっては違う。蒼い鬼は優しさの象徴、俺の好きな童話の中で昔からそう決まっているのだから。







◆◆◆◆◆






 その後、照れたのを隠すように、豪快に笑って去っていく彼の背中をしばらく見つめた後、城に戻る。


 

 そして、自室の扉を開くと、バロンが立っているのが視界に入る。


 俺は、朝から満員御礼だなと思いながら、彼に声をかけた。



「何かあったのか?」



「大したことではない。それに、どうでもいいことだが、聞いて欲しいことがあってな。今、少しいいか?」



「ああ、問題ない」




 雰囲気的に何か問題が発生したわけではなさそうだ。だが、どちらかというと、無駄な話を嫌い、要件から切り出す彼らしくない歯切れの悪い物言いだなと思った。




「ありがとう。下らない自分語りとなるが、聞いてくれ」



 彼が、ゆっくりと話し始める。



「私は、生まれた時から弱者がただ虐げられる光景に疑問を覚えていた。そして、できることならば救いたいとさえ思っていた。だが、その考えは種族の中ではもちろん、この魔界のどこにおいても理解されることは無かった。多くの場所に行き、多くの者に会ってもそれは変わらず、私はいつしか諦めていたのだ。出来るはずが無い、叶うはずが無いと」



 いつものように穏やかで、静かな口調。だが、その声からは彼の悲しみを感じた。



「それは、はぐれ魔族達を率いても変わらなかった。もちろん、多少の貧しさを和らげることはできる。しかし、それは、根本的な解決にはならず、未来など無いと私には分かっていた。それこそ、慕ってくれる彼らの笑顔が私には逆に辛かったのだ」



 誰かを背負った彼は、弱さを見せられず、ずっと生きてきたのだろう。


 その明晰な頭脳は未来を否定しながらも、その口では未来を語る。彼は人に囲まれながらも孤独を感じていたのかもしれない。




「だが、今は違う。貴方は、確かな未来を示してくれた。受け入れられるはずの無かった我らは、いつの間にか輪に入り、今では共に笑い合うことすらできる。私が諦めた夢は、確かに叶うのだと貴方が教えてくれたのだ」



 それは幸運だ。出来るだけの力を与えられ、、支えてくれる人達を見つけられた。どれか一つでも欠けていれば一歩も進まずに俺の夢は土に塗れていただろう。




「貴方は強い。しかし、それは、力の方で、貴方の心根は、決して強くない。その上、人に心配をかけぬよう無理をする。だからこそ、私は貴方が背負ったものを共に背負おう。上に立つものの苦しみを少しは理解できるだろうから」



 彼は、これまで深くは踏み込んで来なかった。自分のことを多くは語らず、淡々と必要なことをする。


 だが、彼は、こちらに歩み寄った、これ以上無いほど明確に。




「私は、影だ。傍に寄り添い、同じ方向に歩き続ける。だから、安心して前を向いていてくれ。貴方は、一人になることは無い。足元には常に私がいるのだから」



 光を目指して、ずっと暗闇を走って来た。何も見えない中、必死に。


 それが前なのかもわからない。だからこそ、後ろを誰かがついてきてくれるか、ずっと不安だった。



 でも、もうそんなことは気にしなくていいらしい。たとえ見えなかったとしても、影が離れることは決してない。


 常に、自分の傍にあり続けるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ