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プロローグ

 玄関を開けて、家に帰る。



「ただいま」



 誰もいない家に声が響く。俺は、靴を脱ぎ、仏壇の前へ行くと手を合わせた。


 そこには、老齢の男女の写真が立てかけてある。


 十歳の頃に両親は失踪。天涯孤独の厄介者な俺を、この優しい二人は引き取ってくれ、ここまで育ててくれた。


 実の親にはいい思い出が無い。そして、彼らを見て育ってきた俺は荒れており、手が付けられないほどの問題児だっただろう。

 

 だが、彼らは俺を見放すことは決してなく、人の優しさを教え、無償の愛を注いでくれた。


 だからこそ、今の俺は立派な大人として社会に出ることができている。そして、できる限り人に優しくして生きている。

 

 

 もちろん、それが損だという者もいる。自分の利益を考えるだけの者の方が得をすることも多いことも知っている。


 

 しかし、俺はそれをし続ける。なぜならそれが俺が決めた生き方だから。


 俺を育てて来た彼らの口癖は『人に優しく』。そして、彼らはそれを生涯やり切り、多くの人に愛されてきた。だから俺もそうする。尊敬する二人のように。


 



◆◆◆◆◆




 

 朝、起きて朝食を食べると早い時間へ会社へ向かう。今週末は後輩の結婚式のスピーチを頼まれているので出来る限り仕事を終わらせなくてはいけない。


 途中でバイクで立ちごけした学生を手伝ったり、ごみ捨てに行こうとするフラフラのお婆さんを助けたりしながら駅に着いた。


「ちょうど間に合ったな」


 ホームに着くと電車がこちらに向かってくるのが見える。


 息を整えつつ列に並ぼうとした時、スマホを歩きながら歩いてきた学生が隣の列の最後尾にぶつかり、ドミノ倒しに倒れていくのが見えた。


 その光景がやけにゆっくりなように感じる中、一番前にいた小学生が大人に押される形でホームに落ちようとしている。


 気づいたら俺は、駆けだしていた。電車がブレーキをかける音がするが、減速が間に合わないことはなんとなくわかる。


 手が届いたのは恐らく奇跡だっただろう。俺は、その小学生のランドセルを掴み、後ろに放り投げると、代わりに線路の方に身を漂わせる。


 そして、強い衝撃を最後に俺の意識は途絶えた。






◆◆◆◆◆





 

 次に目を覚ました時、俺の前には女の人がいた。状況の把握に努めようと頭を動かしていると、声がかけられる。



「目が覚めましたか?」



 その声はこれまで聞いたどんな声よりも美しく感じた。



「はい。ところで貴方はどちら様でしょうか?」



 黙っているわけにもいかないので問いかけた。



「私の名は、クリステア。この世界の管理を任せられている者です。貴方は、この世界での生を終えました。しかも、何故かはわかりませんが、本来の運命とは異なる形で」



 それを聞いて、最後の光景を思い出す。そうか、俺は死んだのか。


 俺を育ててくれた二人も幸せに生きて欲しいと言っていたので、できる限り長生きしようとは思っていたが、死んでしまっては仕方が無い。



「そうですか。子供を助けて代わりに死んだからですかね」



「いえ。そんなことでは運命は変わらないのです。それに、貴方の魂をこの世界で回そうとしてもエラーで弾かれてしまうのです。長い間、ここを管理してきましたがこんなことは一度もありませんでした。何か貴方に心当たりはありませんか?」


 

 相手は困った顔をして聞いてくるが、俺だってそんなこと言われても困る。ただ、何気なく生きてきただけなのに。



「何も心当たりは無いんですが」


「そうですか。ですが、貴方はここにはいられない。なので、消えてしまわないうちに貴方の魂は外の世界に送られることになります。そして、そこで新しく生まれ変わるか、空いた器に入ることになるかと思いますが、正直、私もこんなことは初めてで教えられることはほとんどないのです」



 外の世界ってのを聞きたかったが、この人も何もわからないようで若干困惑しているような雰囲気がある。今言ったことが教えられることの全てなのだろう。

 


「あー。まあ、わからないなら仕方が無いですね。けど、外の世界とか、なんとなく不安ですね」 



「そうですよね。私も、特別なことはできませんが、可能なだけの力を分け与えましょう。貴方は善行を積んできました。そんな人なら助けてもいいと思いますから」



 そう言って彼女が何かを祈ると、よくは分からないが、何か力が湧いてきたように感じる。



「本当に大したものは渡せませんが、私が与えられる言語翻訳と順応者の能力を授けます。では、その扉を開けて外に出て頂けますか?貴方の無事を祈っています」


 

 彼女は慈愛に満ちた表情でそう言う。神様とやらにはこれまで祈ったことは無かったが、この光景を見ると、今後は祈ろうかなという気持ちになる。

 そして、言われて気づいたが、俺の後ろに扉があった。気は進まないが、しょうがない。何事もとりあえずやってみるのが大事だ。



「ありがとうございます。では、行ってきます」


 

 扉を開けて一歩踏み出すと、再び意識が遠のく。そして、俺はこの世界での生を終えた。


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