二人で作り上げたもの
悔しさに手を強く握りかけた時、ずっとアルルカと手を繋いでいたことを思い出した。
そして、彼女に顔を向けると、その目はずっとこちらを見つめていたようだ。
俺は、その透き通った薄い水色の瞳に、全てを見透かされているような気持ちになり、やるせなさから来る自分への怒りを誤解されたくなくて目を逸らした。
その瞬間、彼女が俺の手を強く握ってくるのが分かる。そして、そのまま俺を庇うように前に踏み出すとずっと被っていたフードを取る。
そして、少なからず動揺する騎士に顔を向けるとゆっくりと強い口調で話し始める。
だが、その様子とは対照的に、繋いだ手からは小刻みに振動が伝わってきており、彼女が勇気を振り絞っているのだと俺にはわかった。
「この人は、貴方の言う、弱者の気持ちをちゃんと理解している人です。それに、手を差し伸べるだけじゃなくて、寄り添い、共に歩いてくれる、そんな優しい人なんです」
彼女は、伝えた後、一度言葉を切る。そして、こちらの様子を伺っている者達へも目を向けた後、再び話始めた。
「私は、今貴方達の目に映っているように、忌み嫌われる姿で生まれてきました。それに、魔族なら誰もが持つ魔力すらも一切ありません。当然、私を助ける人なんてどこにもいない。だから、全てに絶望して、一人ぼっちで、無気力に生きていました」
「でも、この人に、ユウト様に会ってからは全てが変わったんです。もちろん、最初は疑いました。でも今は違います。彼の言葉は、上辺だけのものじゃ無かった。それこそ、自分の身を削ってでも、私に笑顔をくれた」
「貴方達がユウト様の言葉を信じられない気持ちはわかります。私も同じ道を辿ってきましたから。でも、今ここに、この忌み嫌われる姿を晒してでも立つ私がいる。それを信じてはもらえないでしょうか?」
彼女がその問いを投げかけた後、ざわめきが起きる。頑なに拒むような様子は失われ、戸惑いが広がっているようだった。
しばらく、その様子が続いた後、一番近くに立つ黒い騎士が言葉を発する。
「…………その強大な力があれば一部を救うことはできるだろう。だが、『優しく、人が手を取り合えるような世界』を為すには力だけでは限界がくる。個人的には、試してみるのもいいかと思う。だが、これでも、この者達を率いる立場だ。中途半端に期待するには、私は多くの者を背負い過ぎているのだよ」
騎士は、これまで構え続けていた剣を鞘に納めるとそう言う。
これまで聞いていた限り、魔界で長の立場に立つものは個人主義の塊だ。搾取するのみで何かを与えようということはしないようだった。
だが、彼が言ったその言葉からは、明確にそれとは違うようなことが垣間見える。
そして、それを聞いてから周りを見渡すと、共同で使われるような大きな蔵や、井戸、集会所らしき場所など組織としての体を成しているようなものが見受けられた。
「信念があり、力もある。そうした者がいることを知れただけでも収穫だった。だが、貴方にどれだけ力があろうとも、その両手だけでは抱えきれないものもあることを肝に銘じておいてくれ。まあ、長としての先輩からの言葉だと思ってくれればよい」
彼は、そう言って話を終わらせるような雰囲気を出す。最初に比べれば格段に穏やかな対応だろう。だが、それだけだ。別に生きていくという覚悟がそこには見える。
引き止めたいが、言葉が浮かばない。ここまで、力に頼り過ぎていた弊害だろう。遠ざかっていく背中を止めるすべが浮かばなかった。
「待ってください!!」
俺の頭が焦りで真っ白になっていると、アルルカが叫んだ。
再びこちらを向いた騎士に、彼女は以前から二人で話し合ってきた政策などを凄い勢いで話していく。
そして、騎士がそれに対して反論や疑問を投げかけると、更にそれに対する回答がすぐに返される。
出来る限りのことは彼女に教えてきた。だが、それは彼女の中で更に昇華されていたようだ。
目の前でまるで激しい剣戟のように繰り広げられる舌戦に俺が入れる余地はまるで無く、ただ見守ることしかできなかった。
そして、それがしばらく続き、アルルカの声が掠れ始めた頃、その戦いは終わったらしい。
「私達は、世界そのものを変えるつもりです。当然、力は必要でしょう、でも、それだけじゃ無い。最終的には、この集落のように集団で支え合えるようにしたいんです。だから、どうか貴方達の力を貸してもらえませんか?その力が必要なんです」
「…………答えは、明日まで待ってくれないか。今日の夜に合議の上で決める」
「はい!よろしくお願いします」
俺が何をすることも無く話がまとまり始めている。
だが、置いてけぼりになりつつある俺に向けて、騎士はこちらに顔を向けた。
「貴方から何か言うことはあるか?」
その言葉はあまりに広く、何を応えればいいかはとても曖昧だった。
だが、俺達を取り囲んでいる全ての者がその言葉を黙って待っている。答えはわからない。でも、お願いしたいことがあるなら言うことは決まっている。
「俺は君たちに約束する。どんな苦難があっても、たとえ、どれだけ苦しくても歩み続けることを。俺は、一人じゃ何もできないし、今日も何もできなかった。でも、守ることならできる。それこそ、自分が死ぬことになっても君達を守る。だから、どうか助けて欲しい」
そう言って俺は頭を下げる。
「わかった。その言葉はここにいないものにも伝えておこう」
「ありがとう。どんな答えが出るにせよ、俺は君たちの意見を尊重するよ」
「……そうか。まだ、答えは分からん。だが、叶うといいな、その夢が」
「ああ、絶対に叶えるよ。隣で歩いてくれる彼女のためにも」
そう言ってアルルカを見る。彼女は夢中で語っていたことが恥ずかしくなってきたようで、先ほどからこちらを見ようとしない。
「じゃあ、俺達は一度帰るよ。また、明日の朝にでもここへ来る」
「わかった。それまでには答えを出しておこう」
「ありがとう」
そう言うと、俺達は再び来た道を戻り、朝日が昇る中、飛行魔術で城に向かった。
最初は背負って来た。だが、先ほどは俺の前に立ち、今は手を繋いだまま、隣り合って進んでいる。
これまで、彼女は我を通すところなんて無かった。でも、今日は、声が枯れるほどにその想いをぶつけてくれた。それが俺には無性に嬉しい。
「アルルカ、今日はありがとう。勇気を出して立ち向かってくれて。凄く嬉しかったし、助けられたよ」
俺がそう言うと、彼女は背けたままだった顔をこちらに向けた。
彼女は、まだ、少し恥ずかしそうにしているが、だいぶ治まったようだ。
「気にしないでください。私は、ユウト様に与えられたものを返しているだけですから」
「君がそう思っていても、俺はお礼を言いたいんだ。本当にありがとう」
「お力になれたならよかったです」
彼女はそう言って花が咲いたような笑顔をする。彼女の髪は、朝日に照らされ、白く輝いている。それは、まるで一枚の絵のように俺には見えた。
「やっぱり、白は不吉な色なんかじゃない。だって、俺はこの上無いほど幸せなんだから。幸せの白、美しい白、誰が何と言おうと俺はそう言い続けるよ」
幻想的なその光景に、つい、そんなことを口走ってしまう。
それを聞いた彼女は、再び顔を赤くさせ、顔を背けると、城までの道中、二度とこちらを向くことは無かった。
お互い無言で空を飛ぶ、でも、それは心の距離が遠いからではない。
俺達の心は確かに繋がっている。その繋いだ手と同じように。
明日、明後日はもしかしたら更新できない可能性があります。




