得たものと、失ったもの
アルルカと話しながら進んでいくと、最後に最果ての地と呼ばれる山岳地帯に入る。
領地の西の果てにあるこの山は強力な魔獣が多数住みついている上、頻繁に気候が変わるのために、下層の民ですらも近づかないようなエリアと聞いた。
それと、この山を越えて攻めてくる者は当然いないため、西の領地との境界線の役割も担っているらしい。
特に農耕地に適した場所も無いし、見るべきものは無いなとマッピングを済ませていた時、違和感に気づいた。
山の麓の一部分、そこが不自然に感じられる。そして、近くには巧妙に消されているようだが、誰かが歩いた足跡もある。
恐らく、この眼でなければ気づかないだろうほどの些細な痕跡だろう。
だが、気づいてしまったからには調べる必要がある。
「アルルカ、あそこに何かあるようだ。降りるぞ」
「わかりました」
近くに降り立ち、透過の能力を使うと、通路のように空洞になっている部分がある。
それに、綺麗に切れ目が分からないようにされた扉があることが分かった。
俺は、中を透視しながら、魔術で鍵を開錠、扉を開いた。
「こんなところに扉があるなんて。全く気付きませんでした」
「痕跡はかなり慎重に消されていた。頭が回る者がいるのは確かだろう」
彼女一人を外に置いていくのも危険なので、彼女の手を引きつつ、暗視の能力を使いながら真っ暗な道を進む。
通路は下に伸びており、どうやら地下に向かっているようだった。
冷たい通路に、アルルカの手を温もりを感じながら進む。
途中、罠らしき不自然な箇所があったのでそれらを避けて歩く。
「だいぶ暗さに目が慣れてきました。やはり、ここには誰かがいるようですね。放置されていたには、あまりに綺麗すぎます」
「ああ。それも、一人じゃない。恐らくそれなりに数がいるだろう」
そして、人の気配のあるエリアのすぐ手前、開けた場所にたどり着いた時、周りから一斉に攻撃が放たれた。
俺は、アルルカを守るため、いつものように避けるのではなく濃厚な魔力の壁を形成してそれらを弾く。
その後、太陽の如き光を放つ球体を生み出すと、周りを照らしつつ襲撃者に問いかけた。
「これ以上仕掛けてくるなら全力でいくが、どうする?」
相手は、黒い甲冑姿の騎士だった。そして、同じシルエットをした黒い影が周りを囲んでいる。
「…………貴様は、何者だ?その魔力、尋常ではない」
武器を構えたまま、相手が問う。
「俺は、アマギ ユウト。最近、この周辺の領地を治めるものようになった者だ」
「……なるほど、貴様がガイオスを降したという化け物か。して、この国の王がこんな場所に何用だ?」
「別の目的でここに来た時偶然見つけてな。調査に来ただけだ」
「そう簡単に見つかるようなものではないはずなのだが。まあいい、では、ここを見つけたお前はどうする?」
相手は、こちらの真意を諮るかのようにじっと様子を伺っている。
「今は、特に何もする気は無い。だが、こんなところで何をしている?それ次第では対応を変える」
「……抵抗しても無駄か。見たほうが早い、ついて来い」
その騎士が歩き出すと、周りの影達が一斉に消えた。以前コロッセオで戦った相手のように分身系のスキルを持っているのだろう。
彼の後に続き、壁となった場所にある隠し扉を進んでいくと明るい場所に出た。
そして、自分達に視線が集中したのに気づき、周りを見渡すと、そこには、多種多様な者達がいた。
鱗の無いリザードマン、俺とほとんど変わらない体躯のミノタウロス、片方の羽が無くなっているハーピィなど。
程度の差はあれど、その姿は通常とは大きく異なっているようだった。
「理解したか?我々には、他に行き場が無い。最初は数人、次第にここまで数が増えた。だが、異質な者には、貧しい土地すらも得られず、何度も場所を変えながらようやくここまでたどり着いたのだ。当然、こんな危険な場所に好き好んで住んでいるわけでは無い、どうだ、納得したか?」
吐き捨てるようにその騎士は言う。
「答えたくないならいいが、お前も何か異質なのか?外見からは特にわからないが」
「…………私の場合は、その内面だ。我が種族は気高い。そして、劣等な存在を見下し、目に映ることすらも許さず、淡々と排除する。故にそれらを殺すのを躊躇い、ましてや、彼らを哀れに思う私は異質だったのだ。誰にも理解されず、全てを変えるほどの力は無い。だから、私はそこを出た、その現実から逃げるようにして」
俺には、その在り方は素晴らしく思える。だが、彼にとっては違うのだろう。その声には、自嘲するような色が含まれていた。
「俺は、その在り方を素晴らしいと思う。それに、集団に流されず、自分の生き方を貫く。それは逃げたんじゃなくて、戦ったんだと俺は思うよ」
「甘い言葉をかけ、優しい王でも気取るつもりか?」
「そんなつもりは無い。でも、今俺も不条理な現実と戦っているから、それを否定したくなかったんだ。俺は、この世界を変えるつもりだ。『優しく、人が手を取り合えるような世界』に。もちろん、それが遥か先にあるのは分かっている。でも、そう決めたからには、俺は戦い続ける、歩み続ける」
「……口では何とでも言えるだろう。だがそれは、強者故の傲慢だ。ガイオスを降すほどの力を持つ貴様が、弱者の気持ちを理解できるはずがないのだから」
確かに、この世界では俺は強者だ。例え、前の世界でどれだけ絶望を見たと言ってもそれは変わらないだろう。強者の言葉は弱者には通らない。
俺はそれを理解できるが故に、どうしようもなくやるせなかった。
どんな綺麗な言葉も本当に苦しんでいる人には関係無い。絶望し、全てを疑う。そんな状態になってしまった人に言葉だけで想いが伝わることは無いのだから。
◆◆◆◆◆
俺の本当の両親は、正に屑と言っていい存在だったと思っている。
子供に盗みをさせ、暴力を振るう。
自分だけ良ければそれでよくて、人が辛い思いをしているのを見て笑う。
それに、そんな奴らの子供を近所の誰も助けてくれなかったし、行政も形だけの訪問だけだった。
毎日痛くて、毎日空腹で、毎日泣いていた。だから、両親が俺を置いて失踪したと聞いても、何も思うことは無かった。
その後、行政に保護されたが、何かがあってからしか動かない彼らを信用することは無かった。
それに、無意識に親の影響を受けていたのだろう。
自分の身を守るため、周囲を傷つけ、遠ざける。
天涯孤独な上に乱暴で、愛想の無い俺は当然のように一人きりになっていった。
だけど、そんな俺を義理の両親は引き取った。
物を壊し、人を傷つける厄介者の俺を見放さず、真正面から叱り、諭し続けてくれた。ちゃんと向き合ってくれた。
俺のために頭を下げたと思えば、親戚や友人がどれだけ説得しても首を縦に振らない。
今ならわかる。二人は決めたことを決して投げ出すことは無い。それが、どれだけ辛く、苦しいことだとしても貫き続ける。そういう人たちなのだ。
だから、俺は彼らを信じた。その言葉は、形だけ取り繕ったものではない、中身の詰まった温かいものだと感じたから。
そして、初めて義父さん、義母さんと呼んだ日、彼らは泣き、俺をいつも以上に強い力で抱きしめた。形式上は既に家族だった。でも、あの日が本当の家族になった日だと俺は思っている。
◆◆◆◆◆
言葉だけでは伝わらない。どんな綺麗な言葉も意味は無い。
誰が言うか、それが大事で、今の俺の言葉が彼らに届くことは決してないと経験則で分かる。
強者になって得られるものもある。だけど、それで失うものもあるようだ。
それが、俺にはこの上ないほどに悔しかった。
ブックマークして下さった方、本当にありがとうございます。すごく励みになっています。
今までのものもその気が多いですが、この作品は、単純爽快、気持ちよく読めるものでは無く、どちらかというとコッテリ、回りくどい物だと思っています。
ですので、少しでも気に入ってくださった方がいてとても嬉しいです。
飽き性の私ではありますが、変なところでエタることは無いと思いますので気長に読んでいただければ幸いです。
また、もしお暇な方がいれば感想等頂けるととても舞い上がりますのでよろしくお願いします。




