個から組織へ
城に住むようになって、まず領地の現状を把握しようとした時、問題は起こった。
それは、誰に聞いても領地経営に関する情報がわからないということだった。
人口、産業、生産高、あげくの果てには地理すらも把握していないというような悲惨な状況に俺は頭を抱える。
そもそも、それを何とかするための文官がまず足りない。
魔界では、魔術の応用性が高いことや国を率いる立場につくものが実力的にも強いということもあって社会的なシステムが整えられることが無いらしい。
建物等は魔術を応用すれば、高度な物でも作れるし、食料が不足すれば魔物を狩るか、他の領地から奪う。
弱肉強食で全てが完結してしまうような社会構造なのだ。
だがそれは、俺の目指すものとは違う。ルールを作り、一つの集合体として動ける国にしなければみんなを豊かになるなんて夢のまた夢だ。
俺は、順番にできることに取り組むことを決めた。
まず、身近なところで倉庫の棚卸から始まり、今後測量を行うための統一的単位の設定、そして、各政務を司る組織の機構案の作成等寝る間を惜しんで着手していく。
だが、処理する業務量に対して対応できる人員が少な過ぎる。
アルルカが手伝ってくれるおかげでかなりの速度で処理を進めているが、それでもまだ足りない。
それに、募集もかけているが、なかなか適した人材は見つからなかった。
俺は、政務をしながらため息を吐くと、ペンを置き、凝り固まった肩をほぐす。
そして、コートを羽織ると最早日課となった領地の測量を行うために部屋を出る。
皆は既に眠りについている時間だ。無音の廊下を歩き外へ向かう。自分の足音だけが響く中、後ろから声をかけられた。
「ユウト様、無理をしすぎでは?」
そこには、アルルカが立っていた。白い髪が月明かりの中で淡く光って一種の幻想的な雰囲気を醸し出している。
「大丈夫だよ。回復魔術は常時使ってるし、一週間休息も取らずに戦ってたほどだ。少しくらい寝なくても問題ないさ」
「体は大丈夫かもしれません。ですが、こんな無茶を続けていては心が擦り切れてしまいます」
「心配してくれてありがとう。でも、無茶をしなくちゃ届かないものもある。普通に歩いてるだけじゃ何も変わらないんだ」
「それはわかります。ですが、このままではユウト様が倒れてしまいます」
彼女は、泣きそうな表情でこちらを見ている。
でも、ダメだ。今立ち止まったら全てが崩れ落ちるという確信がある。
「ごめんな。でも、今立ち止まるわけにはいかないんだ。新しい王への期待感が残る今が変化を生む最大のチャンスだと思うから」
そう言って俺が再び外に向かって歩き出すと、彼女はすぐ後ろを追いかけて来た。
「私も行きます」
「これは散歩みたいなもんだし、気にしなくていいんだぞ?」
「ダメでしょうか?」
「…………わかった。一緒に行こう」
恐らく、俺がダメだと言ったら彼女はそれを素直に聞くだろう。
彼女は昔からの慣れなのか、強い意見を言うことは無い。そして、誰かが言ったことに従うことがほとんどだ。
だから俺は、彼女が自分の意思を伝えて来た時はそれを最大限尊重するようにしている。
自分の想いというものを育てていって欲しいと思うから。
◆◆◆◆◆
外に出ると、アルルカはマントを忘れたことに気づいたのか、落ち着かない様子だった。
彼女は、城の中では姿を隠さないようになった。だが、まだ外に行くときはマントを付けている。
俺は、自分のコートを彼女に着せると、頭にフードを被せた。
そして、横抱きにするとフードが落ちてしまうので、おんぶをするために身を屈ませる。
「悪いが、背中に乗ってくれ」
「……はい」
彼女は戸惑うようなそぶりをしていたが、あまり無駄な時間を過ごすのも行けないと思ったのかゆっくりと背中に乗ってくる。
身体強化をかけているのでほとんど重さは感じない。
「いくぞ?」
「はい」
魔力を球体上にし、幕のように張りながらそれを浮かせるようにして空を飛ぶ。
そして、眼の力を行使。最大限まで視野を拡大したうえで地形を分析・測量、更には視界に映った光景をまるで写真のように残していく。
当初、地図の作成と検地のようなものをするつもりだった。
だが、そんな時間のかかることに貴重な人員を割く余裕が無いことが分かってからは、一番効率的な方法としてこれを始めた。
際限ない魔力を使った飛行魔術の速度と遥か彼方までを一瞬で見ることのできる眼のおかげで既にほとんどのエリアが終わり、後は人のいない山岳地帯等を残すのみだ。
また他にも、この日課の過程で発見した治安の悪いエリアには、新たに組織したガイオスを筆頭とする領軍を派遣し、賊の駆逐、他領地からの防衛等に取り組ませている。
ガイオスは軍事、俺とアルルカで内政全般という極めて大雑把な割り振りではあるものの少しずつ組織が形になってきていることに微かな充実感を感じる。
まあ、その分アルルカの負担もすごいことになっているのだが。
「慣れないことも多いだろう。最近何か困ったことは無いか?」
「そうですね。まだ分からないことだらけではありますが、ユウト様が話してくれた前の世界のことは大変参考になりました。また聞かせて貰えると助かります」
「なら、今は眼で見てるだけでいいし、前途中だった教育と福祉制度でも話をするか」
アルルカは、努力家な上に、頭の回転と記憶力がずば抜けていることもあって俺の伝えたことを瞬く間に吸収していく。
最初は政治方針から、次に大まかな政策、今では各分野における具体的な手法についての討論を行えるほどまでになりつつある。
俺は、義理の両親の恩に報いるためかなりの努力を重ね、成果も出して来たという自負があるが、魔界にも前の世界と同じような教育体制があったならば恐らく彼女に勝てることは無かっただろう。そう思わせるほどには彼女の素質は飛びぬけていた。
今はほとんどの人が彼女の凄さや良さに気づいていない。だけどいつか、それが多くの人に伝わっていくといいなと思いつつ、知っていることをどんどん教えていく。
城で姿を隠さなかったことから始まり、変えたい、変わりたいと努力する彼女の背中を最大限押してあげたいから。




