広がる世界
翌日、ガイオスと話すために、彼の居場所を聞き、向かう。
住まいはこの街の真ん中に立つ大きな城らしい。
まあ、本人にその気はなくとも、この街の主だし、そう言ったところに住むか。
あまり道を知っているわけでは無いので、屋根を伝いながら一直線にそちらへ近づくと、街に入る時に立っていたような頭に角を生やした大男達が警備についていた。
どうやら、彼らは俺のことを聞いているようで、恭しく頭を下げるとガイオスの元へ案内してくれる。
彼は、外にある大きな広場で部下たちと組手をしていた。
だが、一方的な戦いになっているようで正に死屍累々、そこら中に大男達が倒れている。
呆れるような気持になり、近づいていくと、彼はこちらに気づいたようだった。
「よう、頭。あんたもやるかい?」
「俺はいいよ。しかし、お前は本当に戦うのが好きなんだな」
「おうよ。まあ、俺は特にだが、部族のやつはだいたいみんなそうだ」
「そうか。それは、何と言っていいのか迷うところだな」
部族単位でこれとは恐れ入る。だが、放っておくとずっとこんなことをしてそうなので本題に入る。
「早速で悪いが、本題に入っていいか?」
「ああ。大丈夫だ」
「ありがとう。まず最初にだが、領内全てに俺が成り代わったことを周知したいと思っている。何か伝えていく必要はあるか?」
「それなら大丈夫だ。俺の部族は足も速い、それに鬼人族が伝えにいけば嘘では無いこともわかってすぐ伝わっていくだろうよ。あとは、この城に住むくらいか?目に見える形だとまた違うのか、俺も前の奴を倒してここに住むようになってから王として扱われ出したしな」
「なるほど。じゃあ、両方とも手配してくれるか?今の住まいに愛着もあるが、それが必要なら仕方ない」
「わかった。おい、お前ら起きろ!仕事だ」
ガイオスが寝ている者達を乱暴に起こし、指示を出し始めた。
俺もアルルカへの説明と引っ越しをする必要があるので来て早々だが自宅へ戻る。
家に帰ると、アルルカが俺の顔を見て不思議そうな顔をした。
それもそうだろう。出て行ったと思ったらすぐに帰って来たのだから。
「何か忘れものですか?」
「いや、違う。今ちょっといいか?少し話があるんだが」
「はい、大丈夫です」
俺は、彼女に説明をした。王の交代を伝えること、そして、それを目に見えるような形で示すために城へ住居を移すこと。
彼女はそれを聞くと少し寂しそうな顔で笑う。
「短いながらも愛着を持ち始めてたんですが、仕方が無いですよね」
「俺も同じ気持ちだ。この家で過ごし時間は短い。でも、初めて道具を揃えて、色々なことを覚えた。慌ただしかった分、濃い時間を過ごしたし、愛着があるのもすごくわかる。だから、もし、アルルカがここに残りたいっていうならそれを尊重するが、どうする?」
本当はついてきて欲しい。だが、彼女が初めて得た本当の意味での住まいだ。ここにいたいのなら無理に連れて行く気は無い。
「いえ、私も行きます。二人で過ごした思い出があるからこそ、ここが好きなんです。一人でここに残っても意味がありませんから」
彼女はそう言うと荷物をまとめ始めた。
俺は申し訳ないながらも、彼女が来てくれることにほっとする。
お互い、何も持ってないところからでも二人なら何とかできた。彼女が来てくれるならもう何も心配することは無いと心が軽くなるように感じた。
◆◆◆◆◆
荷物を魔術で運びつつ、城に到着するとガイオスが客間らしき場所で出迎えてくれた。
「すまんな、頭。連れがいるとは知らなかったもんで、今すぐに部屋を片付けさせているところだ」
「いや、これは伝えていなかった俺が悪いから気にするな」
「わかった。ところで、そのマント姿のちっこいのは頭の仲間か?」
「ああ、ここまでずっと助けて貰っていたアルルカだ。何かあったら助けてやってくれ」
「それはいいんだが。なぜ全身マント姿なんだ?それとも、そういう部族なのか?」
ガイオスは悪意無くただ疑問に思ってこちらに尋ねてくる。俺が逆の立場ならもう少し遠回しに踏み込むと思うが、それが彼の性格なのだろう。
アルルカを横目で見ると、彼女は少し悩んだようだったが、意を決したように頷くとフードを脱ぎ顔を晒す。
そして、そのまま相手の反応を待つように下を向いた。
「こりゃ珍しい。だが、頭の仲間らしいっちゃらしいか。知ってるとは思うが、俺はガイオス、よろしくな」
ガイオスは先ほどまでと何ら変わらない様子のまま、その巨大な腕で握手を求める。
アルルカは、その態度に目を大きく見開いていたが、おずおずと手を出し、その指を握るような形で握手した。
「…………この外見に何か思うところはないのですか?」
「ん?ああ、色のことか?それなら、俺には関係ねえな。不吉だのなんだのは力でねじ伏せればいい。むしろ、手強い不幸ってのなら戦って見るのも悪くない」
悪ガキのような笑顔を浮かべるガイオスを彼女は唖然とした顔で見た後、俺の方を向く。
「こうゆうやつなんだよ。だから、気にするだけ無駄だと思うぞ」
「……なるほど。領主としての場にはほぼ出ていらっしゃらなかったので初めて知りました」
彼女が、ガイオスを見ながらそう呟くように言うと彼は笑い出した。
「はっはっは。そういったことに興味なかったからな。それと、その外見は頭のおかげで前ほど気にされねえと思うぞ?」
「ユウト様の?」
「ああ。お前、頭が魔力を放出してるところ見たことあるか?」
「何度かありますが…………なるほど」
「わかったか?」
「はい。外で一緒に行動してたのが最初だけだったので気づきませんでした」
アルルカは分かったようだが、俺はいまいち理解できておらず、置いてけぼりになっていた。
「どういうことだ?」
「あー、つまりな。頭は強いし、戦い方に華があるから街の住民で知らないものがいないほどに大人気だ。そして、その魔力が放出される時の色は白に似た銀色。だから、今、白色への忌避感はこの街にはほとんど無いだろうってことだよ」
確かに、自分のことだからあまり意識していなかったが、言われて見たらそんな色だったような気がする。
それこそ、最初に彼女と会った日に魔力を大量に放った時は、空から雪のような白い粒子が舞い降りてきて美しく思ったのを覚えている。
「そう言えばそうだな。そうか、何が影響するかわからないもんだな。けど、それが、少しでもアルルカのためになったのなら良かったよ」
「…………ありがとうございます」
そう伝えると、彼女は、その白い肌を仄かに赤く染める。俺は、そのわかりやすい様子に思わず笑顔になった。
「仲が良さそうで何よりだ。まあ、姿を見せるかどうかはあんたの好きにすればいい。少なくとも鬼人族のやつで強者の近親者を悪く言うやつはいねえからそこは安心してくれ」
「ありがとうございます」
「いいさ。それに、こんな変わり者の王の下に付くんだ。細かいこと気にしてたら何もできないぜ」
「ふふっ。そうですね」
彼に変わり者と言われるのに釈然としない気持ちもあるが、二人が仲良くできているところに割って入るのもどうかと思うので黙っておく。
「じゃあ、俺は体でも動かしに行ってくる。部屋が準備出来たら呼びに来るはずだからゆっくりしていくれ」
ガイオスは、部屋でじっとしているのは性に合わないようで、そう言うや否や外に出て行った。
そして、残された俺達は、出された飲み物を飲みながら、ほっと一息つく。
「タイプが全く違うことを心配してたけど、仲良くできそうで安心したよ」
「はい、私も安心しました。それに、少しだけ勇気を出してみようと思います」
彼女は、マントを脱ぎ、それをじっと見つめた後、折り畳んで鞄に入れた。
どうやら、先ほどの言葉を受けて、姿を見せることを決めたらしい。
「そうか…………それはいいかもしれないな」
以前、祝いの席で酒を飲みながらもフードを深く頭に被った様子を見て、彼女が姿を隠さずに生きていけるような世界にすることを自分自身に誓った。
もちろん、その実現にはまだまだ程遠いだろう。
だが、彼女がそうして生きられる世界は確かに広がっているのだと、そう思った。




