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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
53/56

病室で楽しく談話

文字数5100くらい


 各々話に花を咲かせている光景をぼんやり眺めてながら、瞬は不意に思い出した。


(そういえば。ここに入院したって親に知らせるの。心臓に痛かったなぁ)



 丁度昼過ぎに病院へ到着し、手当からの即入院。

 三人の入院手続きはアルが行った。

 連絡先を聞いてそれぞれの家族に経緯を説明。怪我の程度と費用負担の旨を伝える。

 芙美とトミヤの家族は日が沈んだ後にこちらに来たが、瞬の母親は連絡を受けて夕暮れ前にやってきた。

 元気そうな瞬を見てほっとしたのもつかの間、すぐにお説教。くどくどくど、やや音程を低くして周囲に迷惑にならないように言葉を選んでいた。瞬はそれを粛々と沈痛な面持ちで聞き流していた。

 アルは瞬の母親に深謝した。

「申し訳ありません。こちらの落ち度です。包囲網を突破できないと悟った首謀者が泉都市に逃げ込み、たまたま歩いていた瞬や友達を人質にすべく追い回していました。瞬は友人のために身を張って立ち向かったようで……」

 いつものように、半分は嘘で固められていた。

 アルが説明したほうが信用度が高い。

 「そうだったのか」と今回もすんなり納得してくれた。



 他の家族にも同じ説明をして謝罪するアルの姿に瞬は罪悪感を覚え、苦虫を噛み潰したように渋い表情を作る。

「どうしたの? 傷が痛い?」

 芙美が心配するように覗き込むので我に返った。

 何故このタイミングで思い出すのか分からない。

「ううん、なんでもないよ」

 瞬がふるふる首を左右に振る。

「そう?」

 芙美は覗き込むのをやめた。でも気になると目で訴えている。

 本当に大丈夫と微笑すると、芙美は納得して引き下がった。

「切ったからどうぞ」

 アルは一口サイズに切り分けられたメロンを皆に差し出した。つま楊枝が刺さって取れやすくされている。

「やったー」

「いただきまーす」

「ありがとう」

 三つの手がつま楊枝を取って各々口へ運んだ。甘くて美味しいと顔が綻ぶ。

「これはどうする?」

 アルがオレンジを見せたところで、ギオが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。芙美とトミヤは目を丸くして彼に注目する。ギオは嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

「まだ切るな! 出ていく!」

 ギオは一目散に病室から出ていった。アルと瞬は苦笑いを浮かべて見送る。

 ドン。と音を立ててスライドドアが閉まってから、瞬はニヤッと笑ってオレンジを示す。

「それ、芙美からの差し入れだよね」

「そうだけど……。嫌いだったのかな?」

「いや。あいつ柑橘系アレルギーあるんだ」

 アルが割り込んで答えると、芙美はしまったというように口に手を添えた。そして、しょんぼりと肩を落とす。

「そうだったんだ。悪いことしちゃった」

「ちょっと痒くなる程度だから大丈夫。好きで食べ過ぎて発病したのがトラウマになって、今は見るのも嫌いみたいなんだ。」

 アルは、気にしなくていいよと微笑む。

 瞬がオレンジを切って四等分に分けた。ふわっと甘酸っぱい香りがする。

「大変だよね。ミズナビトの食物アレルギー。種類多いし、重篤になるヒトも多いから」

 そうだね。と腕組みしながらアルは頷き。昔に習った知識を引っ張り出す。

「リクビトの食べ物を口にし始めて五百年くらいだっけ? リクビト寄りにガラッと食生活が変わったけど、まだ体が慣れてないって聞いた。でも大昔よりは大分減ったから数百年後には減っているかもしれないね」

 口に中にオレンジをツッコミながら「今の私達には関係ない話だね」と瞬が付け加える。トミヤはうんうんと頷きながらオレンジを食べる。うまいと声を上げて美味しい口になった。

「シフォンさんは大丈夫なんですか?」

 芙美が心配そうにジッと見るので、アルは苦笑した。

「今のところは何もないよ」

 芙美は「よかった」と安堵して、瞬からオレンジを受け取った。甘くて美味しいと評判が良かったのでドキドキしながら口に含む。美味しいと口を綻ばせる。

 アルもほんとだ、と咀嚼しながら「それで」と瞬に呼びかける。二個目を切ろうとしていた瞬は手を止めた。

「よくゲマインさんが重度の果汁アレルギーだって知っていたな」

 アルはもとより、他のヒトも殆ど知らなかった情報だった。アレルギー発症したと聞いてみな驚いていた。

 瞬は軽く肩をすくめる。

「匠が調べてくれた情報を見ただけ」

「なるほど、やっぱり情報源はあの人か……」

 アルは納得した。『伊東匠』を知っている者にとっては当然の反応だ。

「たくみ、さん? って誰?」

 彼を知らない芙美とトミヤは「?」を浮かべている。

(どう説明しようかな?)

 天井を見ながら「うーん?」と瞬は悩む。話せば色々胡散臭いのだ。

 探偵、自宅に研究施設あり、アホみたいに強い、何をやってるかわからないので謎が多い。

(簡単でいいか)

 上っ面の性格だけ話すことにした。

「私の友達、で」

「カッコイイお兄さんだよ」

 瞬の台詞に被さって、力強い男性の声が続いた。

「!?」

 瞬とアルはビックリして慌てて声がした方を振り向く。

 匠は既に仕切りカーテンの中に入ってトミヤの後ろに立っている。果物籠を持ってニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべていた。

「匠!」

「匠さん!?」

叫ぶ二人の視線によって、トミヤは背後を振り返る。

 知らない男性が立っていた。カーテンを開ける音は勿論、カーテンが動いたことすら気づかなかった。

「え? あれ?」

 動揺を隠せず、トミヤは眼をパチパチさせて不思議な物を見るような視線を向けた。

 目が合うと、匠はウィンクを返した。

 トミヤは鳥肌を立てながら即座に視線をそらす。

 ヤバいヤツだと勘が囁く。

「あの人が匠さん?」

 芙美は声が聞こえてから匠を見たため、ごく普通の年上男性だなという印象だった。

 ぐるっとベッド周辺を見渡し、三者三様の様子を堪能してから、匠はにへらっと笑う。

「怪我の具合はどうだ? 親不孝娘さん」

「一声かけてよ。心臓に悪いから」

 瞬が眉を潜め苦情を述べると、匠はするっとアルが座っている椅子の横に立つ。

「驚かすのが楽しいんじゃないか。ほら、お見舞い」

 匠は瞬に果物籠を渡す。

 綺麗に飾られている籠の中には、メロン、林檎、葡萄、バナナ、オレンジの五種類の果物が入っていた。

「わ! ありがと!」

 好物ばかりだと、瞬は上機嫌で受け取る。

 集まるのが果物ばかりと気づいて、トミヤが苦笑いを浮かべた。

「お見舞い、みんな果物だな……」

「私が果物好きだから。お見舞いはなんか果物なんだよね」

「本で良かったか?」

 彼だけが小説の差し入れだった。これも十二分に有難いお見舞いの品だ。

「トミヤのくれた小説面白いよ。良い時間つぶしになってる!」

「そっか」

 果物を買い直すか考えていたので、トミヤはホッとした。

 あれ? と、瞬はドアの様子を伺う。

「匠。あき子さんは一緒じゃないの?」

「あき子は………ま。すぐに来るさ」

「置いてきたの!?」

「まさか。所用を済ませてるだけ」

 瞬は「そうなんだ」とそれ以上話を続けず、芙美とトミヤに匠を紹介する。

「見た目だけは人当たり良さそうだけど、実質は怪しい探偵お兄さん」

「怪しくないぞう」

 子供じみたブーイングが来たが無視。

「まぁ。私の師匠でもあるけどね」

 そう一声付け加えると、あー。と声を出しながら、なんとなく察した二人。

「なるほど類友」

「似てるよなぁ雰囲気」

「ちょっと二人とも。同類にされると地味に傷つくんだけど」

 瞬がムムッと唇をとがらせると、芙美達は笑った。ごめんごめん、と両手を合わせて謝る。二人の仕草とても良く似ていた。

「よろしい。許してさしあげよう」

 両腕を組みながら偉そうに背中を仰け反る。

「ははー、ありがたき幸せ」

「寛大なお心です」

 演劇の台詞のようにわざとらしくキザったい声色対応するトミヤと芙美。三人は顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出すと、肩を震わせて笑った。教室ならば大爆笑だろう。

「そういえば、トミヤはどこの学校なの?」

 芙美の言葉を皮切りに、今度は学校の話題になった。トミヤは違う学校なので情報交換が始まる。

「あー! わかるー!」

「それこっちも流行ってるよー!」

「どっから来たんだろう?」

 キャッキャと楽しい声が響き始めた。同年代達は大人達を放置して話に花を咲かせる。


 手持ち無沙汰になった匠は、アルに意味深な視線を向ける。瞬だけを眺めていたアルがそれに気づいてふり向いた。

「アルよ。お前もまだまだだなぁ」

 匠は肩をすくめながら意地悪く笑う。

「えっと?」

 何のことか分からずアルは首を傾げると、匠は笑いを堪えながら忠告した。

「白金の兵士が背後を取られたらヤバイだろ? 気配くらい察してほしかったなぁお兄さんは」

 どうやら、部屋に入ったことに気づかなかった事をからかっている様だ。

「それは……」

 貴方相手だと到底無理な話です。と反論しようとして、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえて口を噤む。

「あの足音は……ついに来たか」

 匠は笑いを堪えるように呟く。

「来た? ………ああ。彼女が来たのか」

 アルは神妙な面持ちになると、椅子からスッと立ち上がり静かに息を吐いて気合を入れる。一悶着に対して気合を入れた。


 バタバタバタバタと全力疾走している派手な足音が大きくなってきた。

「え? なんか足音がすごい!?」

 芙美は通路側を振り返り

「こっちに近づいてる?」

 トミヤは小さく騒めく。

「まさか!?」

 瞬は足音の主に思い当たり、一気に顔色を変える。そのタイミングで。

 スッパアアアアン! 

 スライドドアがと勢いよく音を立てて開いた。風圧が仕切りカーテンを揺らす。

 シーンと静まり返る病室の中を、ツカツカとヒール音を立て歩いてくる主は真っ直ぐこちらにやってくる。

 この病室内は一組しか使われていない。

 明らかに瞬の見舞客だろうが、彼女からは緊張した気配しかなかった。ゴクっと生唾を飲むと、カーテンがむんずと掴まれた。

 ジャっと勢いよく開かれると、一人の女性が威風堂々と立っていた。

 背の高さは170センチと少し高め、ふくよかだがスッキリした体格で、ピッチリとしたミルク色のスーツを着ている。

 顔はくりっとした大きな茶色い目が少しだけ垂れていて、それをアイラインで鋭くみせていた。

 栗色の柔らかいウエーブのかかった腰まで伸びた髪が、走ってきた事により少し乱れている。

「やっぱり姉さん!」

 予想通りだ。

 来ると思っていたが、誰もいない時に来てほしかったと胃が痛む。

 瞬が恐怖に慄いた声をあげると、芙美とトミヤが「姉さん!?」と復唱し、もう一度ガッツリと風貌を確認する。


 彼女は古林睦月。20歳で大学二年生。

 3つ違いの瞬の姉だ。目と鼻の形と顎のラインよく似ていた。

 几帳面で温厚な性格だが、興奮するとすぐヒステリーを起こし手や足が出る。

 妹思いで、一人暮らしをしていてもトラブルに巻き込まれてないか頻繁に電話をかけてくる。


 瞬は姉の事が大好きで尊敬している。

 だけど、怒っている姉が苦手だ。

 親よりも怖い。


 睦月は瞬と視線が合うなり一目散に駆け寄った。


「瞬! あんたまた!」


 そのどさくさでアルと匠の足を盛大に蹴り上げた。瞬間、二人の眉間に皺が寄るが、彼らは穏やかな表情を取り繕った。

 毎度の事なので怒る気力も沸かない。

「わ、わわわわ」

 睦月が近付くと瞬の表情が強張り、咄嗟に逃げようとベッドから降りようとした。

「この馬鹿! 何やってるの!」

 睦月が慌てて瞬の肩を掴み、ベッドに押し戻した。

「ぁぁ……うっかりだ、いえ、なんでもない」

 恐怖で脱兎しそうになったとは、辛うじて口にしなかった。

「動いたら駄目でしょう! 足を怪我しているのよ! 縫うくらいの怪我なんだから安静にしておくの。だいたい、またこんな怪我をして! 少しは大人しくするって約束したでしょ? ちょっと私が家を開けると、すぐこれなんだから! 分かってる!? 心配してるの分かってる!?」

 鬼の形相になった睦月からお説教をあびつつ、肩を激しく揺らされる。荒波に揉まれたようにぐねぐねしながら、瞬は条件反射のようにひたすら謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい」

「反省してる?」

 心配を通り越して怒りが芽生えている睦月に

「反省しています」

 瞬はしょんぼりしながら謝った。

 悪夢でうなされるほど、怒る姉は昔から怖い。

 しかし睦月の怒る原因は瞬の行動が原因だ。大怪我やトラブルに見舞われた時だけ激昂する。

 それ以外は厳しくもあるが優しい姉だ。

 全ては大怪我をした自分が悪いと瞬は己を恨む。そして次は気をつけようと反省した。

「分かったわ。なら、大人しく寝てなさい」

 見当違いな反省だったが、睦月は心を読むことできない。瞬が『危険な事に関わった自覚を持ち、それについて反省した』と判断し、落ち着きを取り戻す。

「うん、分かった」

 しょんぼりのまま瞬は大人しく布団に潜り鼻先まで隠す。



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