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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
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暴走困ったね



 放心したガリウォントは正座をしたまま静止している。

 戸惑ったギオは剣の構えを緩めた。

「どうする?」

 頬をカリカリ掻きながら振り返る。瞬は首を傾げながら肩をすくめた。

「よっぽどショックだったんだろうね。今のうちに縛っとけば?」

「そーだな。そうしよう」

 ギオは腰の荷物入れから手錠とロープを取り出して、ゆっくりと近づいた。

 放心状態とはいえ、いつ元通りに戻るかわからない。そう警戒していたが。


「ははは…………」


 乾いた笑いがガリウォントの口からでてきた。

 ギオはピタリと立ち止まる。

「ははははははは、ははははは」

 哄笑が大きくなり空気に響く。壊れたよう笑う不気味な姿に圧倒されて、瞬とトミヤは立ち尽くした。

 ギオは近づくのをやめ、進んだ分だけ後退すると、剣を握り直し再び警戒する。

「それならば、それでもいいか…………」

 ガリウォントが立ち上がり、肩を回してから剣を強く握る。

「やることは変わらない」

 計画破綻のショックから吹っ切れたガリウォントは目的を思い出す。

 最終目的はアルを殺す事だ。

 しかしそれが叶わないならば、精神的苦痛を与えるのが最善だと経験上熟知している。

 だから弱点を探した。

 苦難や無理難題を与えても短期間で解決される。

 嫌味を言っても、嫌がらせの行動をしても、全く滅気ることがないメンタルの強さがあった。

 そのため、ガリウォントの方が挫けそうになる。 

 弱点なんてないのではと思いかけた時、たまたま公園でアルを見かけた。ちらっと一瞥しただけだったが、雰囲気がいつもと違うと感じ取った。好意を寄せていると見て取れるくらいに。

 こいつが弱点だと理解した。

 このまま志半ばで捕まるくらいなら、死にたくなるほどの絶望を与える。

 手の届く位置に『恋い焦がれる者』と『血を分けた兄弟』がいる。

 一度に二人を失えば流石に正気ではいられないだろう。それで復讐を達成したという形でいいじゃないか。

 ガリウォントは顔を上げて、瞬とギオを睨んだ。

「そっちのクソガキは元より、貴様も殺せば、多少なりとも俺の気が晴れるはずだ」

 地獄から響くような声に、三人の背中に悪寒が走った。

「どちらか死にたい? まずは貴様からか?」

「っっ!」

 ガリウォントと視線が交わった瞬間、殺意が含まれた威圧によってギオは本能的に恐怖を覚えた。ぶるっと体が震えて剣を持つ手が震える。戦闘訓練は常に行っているが実戦は初めてだ。しかも別部署の上官。段違いに強い。

 しかしすぐに強く剣を握りしめる。

 このくらいの威圧ならアルの方が数倍怖い、と気合を入れ直した。

 トミヤは、あぁぁ、と小さく呟く。顔から血の気が引いて体がガクガクと震えている。威圧に完全に飲まれてしまった。

 しかしパニックになっていない。

 恐怖で硬直するものの、助かるためにどうすればいいか必死で考える。

 瞬は敵の動きを凝視する。ゆっくりとした動作で剣を握り絞めたときに、壊れた兜から眼球だけがみえた。血走った目には狂気と恨みが満ちている。

 瞬は生唾をゴクっと飲んでから、不敵に猛々しい笑みを浮かべる。場数を踏んでいたことで、恐怖よりも闘志が滾る。

(上等! 私の方こそ、あんたにトドメ刺してやる!)

 瞬は首を切るジェスチャーを行い、ガリウォントを挑発する。

「クソガキ! 馬鹿にしやがって!」

 ガリウォントが吠えた。挑発にあっさり乗り、ターゲットを瞬に絞った。

(よし! 私にロックオンしたね! これでまずはトミヤの生存率高くなった。あとはタイミングを見計らって、今度こそ食わせる!)

 ぎゅっとおやつを握り絞める。なにがあってもこれだけは手放してはならない。

 もう少し煽っておこうと、腹に力を入れて高飛車な声をだして、ふてぶてしい態度をとる。

「きゃはははは! だってあんた馬鹿でしょ! だから私に出し抜かれてるぅ~っ! カッコ悪ぅ〜」

「うわ……」

 と、ギオが気持ち悪そうに肩をすぼませ。

「うわー……」

 と、トミヤがドン引きして瞬をみる。

 図らずしも二人の恐怖心和らいだようだ。

 挑発が終わると、凄まじい恨みの重圧が瞬に叩き込まれる。射貫くような視線をむけたまま、ガリウォントが突進してきた。

「貴様だけはなぶり殺しにしてやるっ!」

「この!」

 ギィン!

 お互いの剣が重なり金属音が響く。

 瞬へ駆け寄る前に、ギオがガリウォントの行く手を阻んだ。

「邪魔をするな! 貴様に用はない!」

 さっき殺すって言ってたよな。とギオは苦笑する。ガリウォントの攻撃を受け流していくが、経験と筋力の差でギオは防戦一方だ。

「ぐっ……重っ」

 致命傷を負わないように凌ぐだけで精一杯だ。

 死の恐怖がじわり、じわり、とギオの頭に浸透しはじめる。体力だけではなく精神力もすり減っていく。訓練と実戦はこんなにも違うのかと毒づいた。

 しかし兵士を選んだ以上、遅かれ早かれ、命を懸けて戦う場面がある。紛争や戦争が勃発すれば、相手の命を奪う場面も出てくるはずだ。

 予想以上にギオが噛みついてくるので、ガリウォントは更に苛立った。

「邪魔をするなぁぁぁ!」

「ぅわ!?」

 力を乗せた大振りなのに、剣の軌道の切り替えしが速い。その鋭さにギオは悲鳴を上げた。

 容赦なく鎧の隙間や手足を狙われる。剣の軌道を見極めなければ致命傷を負いかねない。ギオの精神に多大な負担がかかるが、これは時間稼ぎだから勝てなくていい。と思い直し、負けないために気力を振り絞る。


「トミヤ、トミヤ」

 二人の交戦をみていたトミヤは、瞬に呼びかけられて我に返った。いつの間にかすぐ傍に立っている。

「もう泳げるよね」

「あ? ああ……」

 反射的に返事をすると、瞬は笑ったままトミヤの肩を押した。

「……え?」

 気がついたときにはトミヤは水の中に落ちていた。水流にもまれながら急いで水面に顔を出す。怒り心頭で瞬を見ると、ごめんねと謝る動作が見えた。落とされた意図が分かる。今のうちに逃げろということだ。

 トミヤはすぅっと大きく息を吸うと

「一声かけろ! 殺す気かぁぁぁぁ!」

 大声で怒鳴った。

 瞬は爽やかに笑いながら大きく手を振って見送る。

「ごめーん! 芙美に大丈夫って伝えといてねー!」

「この状況じゃ大丈夫じゃないだろぉぉぉぉぉぉ」

 水の流れに乗り、あっという間にトミヤが見えなくなった。後に残響が残る。

 これで一人生存確定。と瞬は満足げに頷いた。

「さてと、こっちは」

 痛む足を引きずりながら水際から移動して、激しい攻防戦をしているギオとガリウォントを見据えた。

 ギオが逃げるように走り、ガリウォントがそれを追っている。

 ガリウォントが瞬の方向へ動こうとすると、それを阻止するように動いていた。

 瞬は両腕を組んで、うーん、と唸る。

(これはマズイなぁー。弟くん劣勢だ。でも怪我してないから及第点だね)

 必死に剣を振っているが、ギオの動きが先程よりも鈍い。集中力が切れてきたようだ。対してガリウォントは的確に急所を狙っている。そして瞬が水の中に逃走するかもしれないと、しきりにこちらの様子を伺っていた。

 安心してほしい。頼まれても絶対に水中に逃げることはしない。

(さて。そろそろ私の方におびき寄せるかな)

 瞬は動きやすいよう屋根の中央に向かうと、こちらとの距離が近づいたとガリウォントが気づいた。すぐにギオの頭部めがけて剣を振り下ろす。

「どけ! 小僧!」

「ぅわ!?」

 ギオは振り降ろされた剣を受け止める。一撃が重くて手がしびれた。威力を受けきる前に、握力が弱った手から剣が滑り落ちる。

 その隙をガリウォントが見逃すはずがない。

「やば! ぐっ!」

 ガリウォントはギオの胴体を蹴った。バランスを崩してギオが倒れると、ガリウォントが胴に足を乗せ、体重をかけてギオを固定する。

「しね!」

 そのまま鎧の隙間、脇下を狙って剣を差し込もうとした。

「こらーーーー!」

 瞬は慌ててギオの鞘を豪速球で投げた。

 グルグル回転しながら迫る鞘が腹部に当たると気づき、ガリウォントは鞘を剣で弾く。弾かれた鞘は明後日の方向へ転がっていった。ガリウォントが無言のまま瞬に顔を向ける。

 こちらに注目させることに成功したが、まだギオが危険な位置にいる。

 もう少し挑発するしかない。

 瞬は高飛車な表情と仕草をする。左手の人差し指を頬にあて、握った右手の上に肘を置いた。

「あっれー? 殺すのは私じゃなかったの? もうじき応援がくるのに? あらら、超余裕だこと」

 ガリウォントは意識からギオを外す。足が離れ解放されたところで、ギオはすぐさま腕を伸ばして剣を拾った。そのまま立ち上がろうとしたが。

「邪魔だ!」

「!?」

 上半身を起こした際にガリウォントに肩を掴まれた。そのまま片手で全身を持ち上げられると、ぶんっ、と投げられる。

「ぐはっ!」

ギオは隣の建物の外壁に背中を叩きつけられて落下し、水に落ちた。

「ごーかいだなー」

 瞬は左手を目の上に掲げて、高々と舞う水しぶきを眺めた。

 ギオは背中を打ったようだが、切られなくて済んだとホッとする。

 鎧の隙間を剣が滑り込むと、致命傷を負ってしまう。まだ打撃の方がマシだ。

「くくくく」

 ガリウォントは、やっと邪魔者がいなくなった、と鼻で笑う。

「覚悟するんだな。一撃では殺さない。たっぷり切り刻んでやる。泣いて喚いても無駄だ」

 狂人のように舌なめずりをしながら近づくガリウォントに対して、

「そんなんだから悪事がまるっとバレるのよ。詰めが甘すぎで笑えてくるわ」

 瞬は強気の態度を崩さなかった。

 煽るだけ煽って冷静さを失わせる。怒りに支配されると隙ができる。危機だからこそこの姿勢は崩さない。

 これは瞬のポリシーでもある。

「なん、だと?」

 ガリウォントは困惑した。今まで痛めつけたヒトとは明らかに違う。何故そこまで強気になるのか理解不能だ。無意識に歩みが鈍くなる。

「貴様は状況が分かっているのか? 今から死ぬというのに。儂が生かすとでも思っているのか?」

「何いってんの? あんたは絶対に私を殺したいはずだよ」

 瞬は馬鹿にするように目を細めて笑う。

「わかりやすい位置に情報隠すから~、改造カンゴウムシの実験場もすぐ特定できたし~、鍵もかかってなかったし~、入りたい放題だったねお馬鹿さん」

 ガリウォントは驚いて目を見開く。

「なぜ、それを……、まさか貴様が……?」

「その通り! 芋づる式に出てきたから洩れなく探らせてもらいましたとも! この手のことは得意なのでね!」

 ドヤァ! と勝ち誇った笑みを浮かべる。

 ガリウォントは一瞬呆けたが、先ほどよりも濃い殺気が放たれる。

「貴様が儂の計画を邪魔したのか!」

「はぁい、そうでーす! 邪魔をして差し上げました~。偉いでしょ~!」

 ドヤァ! と勝ち誇った笑みを浮かべ宣言すると、ガリウォントが速足で向かってきた。

「そうか、そうか、貴様が、貴様が元凶か。このクソガキが許さん。絶対に許さんっっ!」

 ヒュンヒュン、と8の字の動きで剣を振り回しながらやってくる。瞬は深呼吸をして少し体の力を抜いた。

 剣技を見たので数回ほど攻撃は避けられる。とはいえ、サクッとやられる可能性の方が高い。

(さーてと。一撃かわして懐に入ったらこれを口の中に突っ込む)

瞬とガリウォント、お互い相手に集中して初手を見極める。

 ガリウォントの間合いまであと数歩の段階で、彼は吠えながら剣を大きく振り上げた。

「しねええええええええええええええ!」

 狙いは瞬の頭頂部。痛めつけるという選択肢を放棄して、頭をカチ割ることにしたようだ。

 剣を上げ切ったところで、背後からの不穏な気配に気づき、ガリウォントは動きを止める。耳を澄ませると、後ろから走ってくる足音があった。嫌な予感がして、剣を振り上げたまま後ろを振り返った。それを目にした途端、驚愕で口が大きくひらく。

「な!?」

 後方から近づいた白金鎧は一気にガリウォントの背後を取ると、頭部に向かって横に凪いだ。

「くっ!」

 ガリウォントは頭に放たれた一閃を即座に避けた。

 鞘に納められた剣が空を凪ぐ。

「……外したか」

 ガリウォントは踵を返してその場から逃げ出し、距離を広げた。 

「なぜここに貴様が!?」

 狼狽しながら指し示すと、アルはひやりとした冷たい眼差しをガリウォントへ向け、瞬を背に庇って立った。


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