長引く待ち合わせ
瞬の姿を眺めたアルは薄く笑って、手をフリフリさせる。
「大丈夫。俺も、今来たとこだけど……うん」
アルは目の前でパン! と胸の前で両手を合わせ拝みながら、瞬にペコッと頭を下げて謝った。
「せっかく時間通りに来てくれたのにごめん!」
まったく予期せぬ動きに瞬はビクッと反応し
「は?」
と声をもらした。
アルは謝りポーズのまま、恐る恐る声を出す。
「まだ仕事が終わってないんだ」
「えええ珍しい! アルから呼び出したのに!? ……で、どのくらいかかるの?」
あんまり時間がかかるようなら帰るよ? と付け加えると、アルは苦笑いを浮かべ
「そんなにはかからないよ」
と否定した。
「残業じゃないんだ。報告書類290枚を最終チェックして、それを持って行くついでに上司に近況報告。最近、ほら、泉都市にカンゴウムシが大量発生しているだろ? 枯渇した水脈を通ってこっちにも出てくるかもしれない危険性があるっていう、その書類が、その、もう少しで完成するんだ」
「それだったら、私が来る前に知らせてくれれば。もっとゆとりを持って来れたのに!」
遅刻しそうだと慌てた分、なんだか損をしたような気になる。
両腰に手を添えて当然のように言い放つと、アルは肩を震わせて笑いながら立ち上がる。鞘に入れた長剣がベンチに当たってガチャンと鳴った。
「一応言っておこうと思って。でないと俺を呼びに来るだろう?」
「………そーだね」
待ち合わせ時間に来ていなければ、間違いなくアルを呼びに行くだろう。部外者が勝手に職場に顔を出すのも問題ありだが、アルは西区を管理している部長なので秘密事項も多い。
当初は勝手に入って怒られることも多かったが、瞬が内部の秘密をしっかり守っているのと、アルが周囲に許可を貰いに回ったのと。あとは色々積み重なった功績のおかげで、瞬が環境警備課西区部を歩いていたとしても、咎める者は少なくなった。
しかし、それでもやはり瞬は部外者。勝手にうろうろしていたら、後々文句を言われるのはアルだった。その辺の事情もよく知っているので、瞬は誤魔化すようにあさって方向を眺めて頷いた。彼女を眺めながらアルは笑う。
「だからまぁ、確実に待たせるけど、ちゃんと知らせたほうが良いかな~って」
「あはは、ごめんね~~」
言葉を軽くかけて
「それじゃぁ、その辺適当にプラプラしてるよ。どの位かかりそう?」
瞬からの問いかけに、アルは首を捻りながら腕を組む。
「んんん……三十分? もしくは一時間?」
「かなり掛かるじゃん」
「一時間以内には済ますから。そうだなぁ、一時間後に部長室で待っていて欲しい。はいこれ」
ポケットから許可書を渡すアル。
カードを受け取りながら
「はいはい、オーケー、オーケー」
と瞬はポケットに入れる。
「それじゃ、あとで」
アルは苦笑を浮かべて、駆け足で去っていった。
「あとでねー」
アルの姿が見えなくなると、瞬はつまらなそうな表情になり、髪の毛をカリカリと掻く。
「さて、どこで暇つぶししようかな」
予定外の空白時間、しかも一時間。面白いモノがどこかに転がってないかなと思いながら、アクアソフィー正面玄関に向かって歩く。バタバタと足音を響かせて、兵士が忙しそうに仕事をしている姿が目に止まった。
予定外の空白時間、しかも一時間。面白いモノがどこかに転がってないかなと思いながら、アクアソフィー正面玄関に向かって歩く。バタバタと足音を響かせて、兵士が忙しそうに仕事をしている姿が目に止まった。
リクビトでは警護隊。ミズナビトでは兵士。
名前は違えど島の安全を守る職業だ。特に兵士は人々を守り導く者と示しており、知恵を持ち戦える者が下を導くという価値観の元、政をも担っていた。リクビトでいえば軍事政権と表現できる。
アクアソフィーは一階の公共広場以外、全て兵士の職場だ。組織内を簡単に説明すると、女神に意見を伝える代表。その下に環境長、警備長、生活保護長の3つがあり。更にその下には環境警備課・環境保護課・警備課・開発課・医学課・文学課。課は東西南北の四つの地域部門にざっくりと分けられている。
兵士の特徴といえば制服が鎧。ミズナビトの歴史にまつわるもので、不人気ながら着用されている。
階級及び〇〇所属の〇〇です。というネームプレート代わりのアイデェンティファイカラーが、兜の飾りと両肩についている。
カラーや飾りが取れていたらすぐにつける事も義務付けられおり、カラーがない場合は着用不可の規則がある。違反すれば処罰されるので、鎧は暗証番号式の鍵付きロッカーへ置き各々管理している。
そして武器は剣。個人が好きな物を使って良いそうで、一番人気なのはロングソードだ。
さて、着るにも保管するにも面倒な鎧が、若い世代のミズナビトに強い抵抗を受けてしまっている。もう十数年したらリクビトの服装で統一されそうだ。
リクビトの服装は耐久防御に加え軽さ重視。階級の紋章をつけた厚手のブレザーとベレー帽、長ズボンの黒い軍服姿。腰に両刃の剣がある。古代の戦争時に使われたモデルをそのまま使っているそうだ。生地は刃物と銃弾と炎に強い素材でできている。
警備隊は別の島から侵略行為に対応することを念頭に置かれて結成されている。
過去の歴史で銃を扱う侵略者が頻繁に侵略を試みたという記録が残っている。
現在でも防衛力を保つため警護隊の需要は衰えない。
(でも、毎回アルを見ると、鎧ってめんどくさそう)
瞬は正面玄関ではなく兵士専用出口を通る。兵士と隊員がワラワラ出入りしているのを見ていたら、足が勝手にそっちへと進んでしまった。引き返そうか迷ったが、変な動きをして職務質問されても困るし……と堂々と足を進めることにした。一般人も通行しているので大丈夫だろう。
「っと」
兵士と目が合った。やましいことはないが、睨まれない内に視線をそらして、とりあえず暇つぶしに歩く事にした。
(どこで時間を潰そうかなぁ?)
アルは本当に多忙だ。遊んでいる時にも急に仕事が入ってそこで終了とか、仕事が長引いて待たされることなんて日常茶飯事。その都度、暇つぶしに歩いていたので、アクアソフィー周辺の地理は覚えている。だけど、何度も何度も散歩で通った道を、くるくる何周も歩くのは味気ない。
(つまらないなぁ)
足取り重くのんびり歩きながら、早く時間よ過ぎれ……と願っていると、木々の隙間に小さな道が隠れるようにあるのに気づいた。ここは何度も通っていたのに、今まで全く気づかなかった。
(あれ? こんな場所に小道なんてあったっけ?)
獣道のようにも見える小道は人が通っていない雰囲気だ。木々の枝を押しのけて覗いてみると、整頓されている石畳の道が先へ続いている。あの道を辿ると何があるんだろう。
(へへへ、面白そう)
好奇心に駆られた瞬は、木々の枝を掻き分けて小道に入り、奥へ進歩き始めた。
生い茂った枝の葉の隙間から、関係者以外立ち入り禁止と書かれた小さな看板文字が根元から抜かれていて、木に寄りかかるように立てかけられていたが。
不運な事にそれが瞬の目に止まる事はなかった。
面白いと感じてもらえたらいいな