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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
44/56

奴が追ってきた!

文字数4000くらいです


 楽しく談話している声に誘われるかのように、ふらふらとした足取りが一つ。三人の傍までやって来た。

 いち早く不穏な気配に気づいた瞬が。

 少し遅れてトミヤが。

 二人の様子に気づいた芙美が。

 その方向に顔を向ける。公園を突っ切って歩いてい来る人影が見えた。

 夜明けが近いため、暗闇ではない色からその姿を視界に納めるのは苦ではない。っていうか、逆に見なかったことにしたいくらいだ。カラープレートを確認しなくても白金の鎧はわかる。

 更にその鎧が剣を抜いてこっちへ速足で歩いて来ているとなると、思い当たる人物は一人しかいない。

「まいったなー」

 と、瞬は小さく呟いた。

 トミヤと芙美も顔を引きつらせ、心の中で瞬に同意した。


「やはり、このルートで正解だった。手間取らせるなガキども」


 怨みがましいガリウォントの声が周囲に響いた。

 歩くたびにガシャンとという鎧の音と、カンゴウムシの潰れる音が不気味な効果音を放ち、素人でも危機感を持たせるほどの殺気を出している。

 これが意味するのは何か、直感で理解できる。

「どうやって留置場から逃げ出した? シフォンがやったのか?」

「だとしたら?」

 瞬は飄々と答える。本当の理由を言うよりも『アルの助力で』という事にしたほうが、後々の事を考えると良さそうだ。

 ちゃんと会ってるし、彼も脱出を手伝ったと証言してくれるだろう。

「ぐっっ!」

 ガリウォントが呻く。こちらの意図が筒抜けになっているはずだ、と奥歯を噛みしめる。しかしまだ彼に余裕があった。シフォン主犯の偽の証拠を提出している。瞬の発言は重要視されないから問題ないと算段をした。

 しかし計画どおりに進んでいない結果を考えれば、腸は煮えくり返る。

 単なる少女に計画を見抜かれたうえ、それがシフォンに伝わっている事実は、ガリウォントにとって屈辱的だった。

「だとしても、最後の仕上げは変わらない」

 寧ろ、最後の仕上げこそが重要だ。絶望の底淵に叩き込むために是が非でも瞬に死んでもらわなければならない。

「ああ、そうなの」

 瞬は殺気が当たってくるのをビシビシ感じながら、ワザと気の無い返事を返す。

(自信満々。この様子じゃ、まだ気づかれていないみたい)

 虚無の証拠を帳消しにするほど、真実の証拠が揃っている。逮捕されるのも時間の問題だという事を本人はまだ知らない。

(でもほんとに時間かかってるのかも。アル大丈夫かな?)

 ガリウォントの用意した証拠の出来によっては、アルの潔白に時間がかかる。

 瞬は少しだけ心配したが、大丈夫だと自信を持った。彼のことだ、予想以上に上手くやっているはずだ。

(まぁ、ゲマインが犯人と特定できても、脱走されないように根回しするはず。私たちがやることは、殺る気満々のあいつからどうやって逃げるか、だね)

「覚悟しろ! クソガキ!」

「嫌ですよーっと」

 飄々とした態度へ返事をしてから、トミヤと芙美の手を引く。

「逃げよう二人とも! この状況、あいつにとっては最高のシチュエーションだから、めっちゃヤバイ!」

 ガリウォントの計画は『洪水中に不幸な事故死』だとトミヤは思い出した。

「そういえばそうだな! ここで殺されても水流による傷とか言い訳できそうだ!」

「トミヤの言う通り!」

「芙美、走るぞ!」

 トミヤは茫然としている芙美の手を取りメガトポリスのへ走りだした。瞬も走るとガリウォントが追いかけてくる。

「逃げるなクソガキが!」

「逃げるよ! あんた自分が言ったセリフ覚えてる!?」

「うっわ! あいつ足速っや!」

 グングン追いついてくる白金鎧をみて、トミヤが驚愕して目を見開く。

 瞬も吃驚した顔で頷く。真っ直ぐ走るとすぐに追い付かれそうで心臓に悪い。

「カーブ使ってスピードダウンさせよう!」

 瞬は道筋を口頭で説明しながら細い路地に逃げ込む。この辺りの路地は完璧に頭に入っているので、どこが通れてどこが通れないか把握済みだ。

「瞬! 避難場所へ行かないの!? あそこになら警護隊もいるから守ってもらえるんじゃ」

 芙美の提案に、瞬は首を左右にふった。

「それも良いんだけど、到着するまでに追いつかれる。あいつ足が速いもん!」

「同意見! あいつ直線めっちゃ早かった!」

「トミヤが足速くて助かった! 芙美引っ張って!」

「おっけー!」

トミヤは見かけ以上に足が速く、力も強かった。足が遅い芙美をしっかり引っ張っている。

 瞬は芙美の手を離して後ろに注意を払った。距離を開けたいので手段を考える。

「よし、障害物だ。えい、えい」

 瞬は適度に地面に落ちている改造カンゴウムシを拾い、ガリウォントに向かって投げてみる。大きいカンゴウムシが少しでも足止めしてくれるといいなぁと期待をしたが。

 ひるむことなく踏んでいるガリウォントに効果はない。

 適当に看板とか倒してみたが、ひょいっと軽く跳躍されて意味がなかった。

 障害物意味がない。と諦めて、芙美の手を取り一緒に走る。

「うっ、うっ」

 走る事に慣れていない芙美の息がすぐに上がった。トミヤが声援をおくる。

「しっかり足をあげて走れ芙美! 町の中で振り切るまで頑張るんだ!」

「う……」

「頑張るんだ!」

 もう無理、と言いかけて、繋がっている手からトミヤが震えているのが伝わってくる。

 励ましてくれるトミヤも本当は怖いんだ、と気づいた芙美は泣き言をやめた。その代わりに

「うん! がんばる」

 と力強く返事をした。

 困った。と瞬は焦りを覚えた。三十分間、路地裏を走っているが一向に引き離せない。

 三人が路地からでたときに、大通りに二人の警護隊がいた。警護隊は避難を終えていないリクビトを探して声をかけていた。瞬たちを見つけてメガトポリスを指し示す。

「君達! 早くメガトポリスに避難しなさい!」

 瞬は助けを求めようか迷った。

 しかし、後ろを確認してすぐにやめた。

「あ…………」

 警備隊の姿を見て安堵したトミヤは走るのをやめようとした。すぐに瞬は一喝する。

「ダメ! 走って!」

 え? と驚いた顔をするが、トミヤはすぐに後ろを確認した。そして顔色を青くして立ち止まるのをやめる。

 後方からやってくるガリウォントにも警護隊が見えているはずだ。それにも関わらず、剣を納めることもなく握りしめたまま、殺気をまき散らして走っている。

 これを見たら立ち止まるとダメだとすぐに理解できた。

「わかった! 芙美、このまま走るぞ!」

「え?」

 芙美は警護隊を見て安心し、説明しようと立ち止まりかけた。トミヤは芙美を引っ張りそのまま走り抜ける。芙美は後方を確認してないので焦ったが、瞬とトミヤの表情を見て口を噤んだ。危機は去っていないと感じたためだ。

「急ぎ過ぎてこけないようにー!」

 警護隊が走りぬく三人に声をかける。急いで避難したと思ったようだ。

「後ろから来る奴に気をつけて!」

 瞬は走り去りながら警告を出す。

「後ろ?」

 警護隊は路地を見る。やってくる白金鎧を見て不思議そうに首を傾げた。

「忙しいから誰か応援呼んだのか?」

「そうかもしれないですね。剣を出しているから反逆者を追っているのかも」

 のほほんとしている警護隊二名に、瞬はたまらず警告を出した。

「あの白金鎧の人、危ないから逃げてええええ!」

 どこまで本気にしてもらえるだろうかと頭痛がする思いだ。

 警護隊をみてガリウォントが冷静になり追いかけるのを止めるかもしれない。そうすれば避難場所へ向かう時間が稼げるのだが、現実は無情だった。


「え? うわあああ!」


 後方から悲鳴があがり何かが倒れる音を聞いて、瞬は後味の悪さを感じた。

 立ち止まらなくて正解だったが、警護隊が犠牲になってしまった。せめて襲われた人が軽傷でありますようにと願い、振り返らない。

「……ヒトが……そんな」

 芙美は背後を振り返って確認してしまい、真っ青な顔色に変わって涙目を浮かべた。

 ショックで硬直しかけた芙美の足を止めないよう、トミヤが叱咤激励する。

 芙美は背後を振り返って確認してしまい、真っ青な顔色に変わって涙目を浮かべた。

 ショックで硬直しかけた芙美の足を止めないよう、トミヤが叱咤激励する。

「あの人たちはきっと大丈夫だから、今は走るんだ!」

「そうよ芙美! 今は走って! 走らないとだめだから!」

 瞬も叱咤激励すると、芙美はこくこくと小さく頭を震わせ

「…………うん!」

 と涙声で応え、力を絞り出した。

 瞬は前方に曲がる道を示す。

「トミヤ! 次はそこの路地に逃げ込んで!」

「わかった! だけど、このままだとメガトポリスになかなか到着しないぞ」

 トミヤは不安を前面に出し、瞬に問いかける。

 そうだねぇ。と頷いた瞬は渋い表情を浮かべた。

 住宅街をくねくねと走り始めたので遠回りしている状態だ。一直線で走れば15分ほどで着く距離だが、40分かけてもまだ到着できそうにない。

「俺はもうちょっと走れるけど、芙美はもう限界だから、どこかで休ませないと」

「分かってる。でもあいつさぁ……」

 瞬はチラッと後方を確認すると、ガリウォントは五メートル距離を開けてピッタリとついて来ている。返り血を浴びた鎧が血まみれの剣を持って走っている。

「きっと本気で走ればすぐに追いつくと思うんだよね。でもそうしないのは、私たち……というか私の体力が尽きるのを待っている感じがする」

「あー。そんな気がしてきた」

「心が腐ってもやっぱり兵士。あほみたいに肉体強化している。ほんと、闘う生き物なんだねぇ」

「心が腐っている時点でやべぇだけじゃん」

「さて、どうしようかな」

 瞬は敵の能力を目の当たりにして純粋に感心したが、実のところ、危機的状況である。

 トミヤと芙美の体力は限界に近い。特に芙美は今すぐにでも倒れそうなほど体力を消耗していた。元々運動をするタイプではない彼女がここまで走れたのは、恐怖に加え、引っ張ってくれるトミヤと瞬のおかげだった。

「ふえ、も、無理」

「頑張れ! 足浮いてていいから! 兎に角頑張れ!」

 芙美が弱音を吐くと、トミヤが応援する。

 二人三脚に近い状況で走っているので、三人のペースは徐々に遅くなっているが、追ってくる距離は一向に縮まらない。瞬の推測通り、体力が尽きるのを待っているようだ。

 さて、どうしたものか。と瞬は一人心地になる。

 瞬だけに狙いを定めているならトミヤと芙美は助かるはずだ。でも二人も秘密事項を聞いてしまっているので、部外者として見逃すとは思えない。

 かといって二人を逃がすために瞬が突撃すると、一撃死の可能性もあるので選択できない。

(だとすると、途中で二人と別れて、ガリウォントの注意を向ければいいけど。これまたタイミングを間違えると二人が捕まっちゃう恐れがあるし、餌にされたら私も成す術なしだわ。でも現実的に考えて、私一人に注意を向けた方が生存率あがるはず……)


 ピュルルルルルルウ!


「どわぁ!?」

「きゃああああ!?」

「うわぁ!?」

 突然、瞬のポーチから携帯音がなった。緊張感に支配されていた三人は悲鳴をあげるほどビックリしてしまう。

「って、なんだ携帯かぁ。ごめん。ちょっと出るね!」

 瞬はバックから携帯電話を取り出し、名前を確認した。電話の相手は母親だ。これも怖い。

 通話ボタンを押してとても明るく応対した。

『瞬! 今どこにいるの? 早く帰ってらっしゃい!』

「うん、今ね、危ないから逃げて……そう、避難してるの。もう少しで帰るから。じゃあね!」

 即座に通話を終了してマナーモードに設定すると、後方から悲鳴が聞こえた。これで何人目だろうか。ガリウォントは出会う警護隊たちを血祭りにあげながら走っている。そろそろ事件発生だと認知されればいいのだが、人がいない町では通報する者はいなかった。

「洒落かそれ」

 間違っていないが正しくもない。と、トミヤがツッコミをいれる。

「誤魔化しだよ」

 瞬がそう答えながら携帯電話をポーチに収めながら後方をみた。ガリウォントの姿が見えない。悲鳴を上げた誰かが足止めをしている。そう思ったので、瞬はこのあたりで二人と別行動をすることに決めた。



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