善は急げ
二つに分ける方法わからなくて、長いです……
一気読みしてください
階段を登ると真っすぐに通路が伸びて、両横に身体検査室や診察室のドア、通路の突き当りに出入口ドアがある。そのドアノブをゆっくり回して開けると、ドアの向こうに誰もいなかった。これ幸いにと通路を進んだ。途中の面会室と休憩室のドアを通り過ぎて真っすぐ進むと、留置所施設管理室ドアにたどり着いた。
「下がって」
瞬の声に従って、二人が一メートルほど距離を開ける。
ゆっくりとドアノブを回すが抵抗がない。鍵はかかってないようだ。
(……おかしい)
怪訝そうに眉をひそめながら、瞬は細心の注意を払いゆっくりとドアを開けていく。片目ほどの隙間から中の様子を伺うが、部屋は薄暗く細部の様子が分からない。
ますます妙だ。事務室は常に兵士が在中しているため、留守だからと照明を消すなんてありえなかった。
もう少しドアを開けて顔を入れてみる。奥の部屋に最小限の電気がついていたが人の気配はない。
脱走するには好機だが普段とは違う様子に、瞬は最大限に警戒しながらゆっくりとドアを全開にする。身を低くしてきょろきょろ見回す。
部屋にはデスクが四つある。その上に乱雑に書類が置かれ、コロのついた椅子が納められずに投げ出されており、急いで現場に向かったような慌ただしさを残している。
どうやら、誰もいないようだ。
「入って大丈夫。誰もいないわ」
促され、芙美とトミヤはおそるおそる部屋へ入ると、辺りを見回しながら足音を殺して歩く。芙美はデスクが並んでいる場所をくるりと。トミヤは音をたてないようドアを閉めて、壁にかけられている予定表を眺める。
「夜勤する人の名が書かれているから、この時間に誰もいないのはおかしいな」
トミヤが腕を組んで首を傾げる。
「本当ね。連れてこられた時はこの部屋に兵士がいたのに」
芙美は投げ出されているノートに目を走らせていた。当直日誌のようだ。ぱらぱらとめくると、犯罪を犯して留置場に入った名前と種族が書かれている。今日の日付を確認すると、今夜は留置場に入った名前は書かれていない。
「私たちの名前は書かれてないみたい」
芙美はホッとして緊張を少し緩めた。
「だとすると、ますます怪しいな。あの…………白金鎧のやつ」
「ゲマインだよ。さて、あんまり確認したくないけど、監視カメラのモニター探すかー」
留置場全体に監視カメラがついており、この管理室にも設置されている。それを見れば何かわかるかもしれない。
瞬は部屋の奥側に半分仕切られた空間を見つける。ドアを開けてみるとモニター室だった。狭い室内に八台のモニターあり、細長い机に二台の椅子がある。ディスクトップ型のパソコン、電話機、マイクが机の上に設置されている。
瞬はドアに持たれかかったまま、しかめっ面をする。
「うっわー。まじかー」
全てのモニター画面に原色砂嵐映像が流れている。さらに小さく変な機械音も聞こえてくる。
これでは留置施設内の映像が正常に記録されていないと、安易に予想ができた。
用がない、とパタンとドアを閉める。
「どうだった?」
トミヤの呼びかけに、瞬は首を左右に振る。
「ダメっぽい。砂嵐が流れてた」
「証拠隠滅するために故障させたっぽい?」
「うーん。この流れでいくと、リクビトを不当に留置場に突っ込んだ証拠を残さないためって考えるのが自然だよねぇ」
瞬は苦笑いを浮かべた。
「だったら、この留置場は兵士の監視下から離れていると思うべきね。長居は無用。さっさと逃げよう」
「賛成」
芙美はデスクの上にあるノートや書類から目を離して顔を上げる。
「そうだね。誰もいないし、助け呼べないし。ほかの人の日誌にも特に面白そうなものは書いてないわ」
「……読んでたの?」
と瞬が聞く。
芙美は頷いて両腕を腰に当て、
「好奇心は止まらないわ」
と返事を返す。
「薄暗いから目が悪くなるよ」
「そうだね。気をつけなきゃ」
芙美が目の周りの筋肉をほぐすべく、両手を当てて目隠しをする。
あとでやろうね。と瞬がツッコミをしたところで、トミヤが、そういえば。と思い出したように呟いた。
「今更だけど、脱走って罪重くなる?」
「なに言ってるのよトミヤ。そもそも私達は犯罪者じゃないわ!」
「そっか。そうだな」
トミヤは芙美にあっさりと諭された。
「さてと、じゃあ外への出口は……こっちだったね」
瞬がドアノブに手をかけ、回そうとしたら……ドアノブが勝手にグイッと回った。
あれれ。と思う間もなくドアが開かれ、白金鎧が目に入った。上を見上げると、兵士もビクッと体を揺らす。
そのまま四秒ほど、兵士と瞬達は驚いて固まったが、先に硬直が溶けたのは瞬だ。気合を込めて白金兜へ拳を叩き込む。
バキィ!
鉄を叩く音が響く。瞬の拳に鈍い痛みが伝わる。
兜の顎部分にヒットして相手の体勢が崩れた。
「もういっちょ!」
今度は眉間を殴ろうとしたが、寸前で拳を止められた。押しても引いてもびくともしない。
兵士がドアを塞いでしまっているので、これはまずい。と、瞬は全体重を乗せて兵士を部屋に引き込む。兵士のバランスが崩れて片足が浮いた。少し角度を変えて今度は全力で壁に押し付けた。これでドアから出られる。
「二人とも! 今の内に逃げて!」
意図に気づいてほしくて後ろに視線を向けると、
「おお!」
「任せて!」
芙美とトミヤはパイプ椅子を振り上げこちらに駆け寄っている。
完全に参戦して兵士を殴る気満々だ。
意外な反応に思わず笑いそうになった。心強いので応援を願いたいところだが、白金鎧は強い。下手に手を出すと大怪我を負ってしまう。瞬が押さえつけているうちに走って逃げてもらいたい。
「そうじゃないって! ゲマインを押さえている内に逃げてってば」
「……違うって。よく見ろ。瞬」
白金鎧が呆れたように声を出すと、ポンッと瞬の頭に手を添えた。そのまま撫で撫でする。
予想外の動きと聞きなれた声に、瞬は思考を停止させ、大きく目を見開く。
白金鎧の肩のカラーネームは赤みがかかった橙色である。
「あ…………」
瞬は兵士から手を離し、そろっと距離を取った。
次いでパァンと音を鳴らして両手を合わせる。
「ごめんアル! 間違えた!」
勢いよく謝罪する瞬を見下ろして、アルが苦笑した。
「こっちこそ、吃驚して声かけるの忘れてごめんな」
「暗くて確認不足だった! ほんとごめん! 顎痛くなかった?」
「痛かったけど、ギリギリ大丈夫」
「よ、よかった!」
「はは、相変わらず良いパンチだね」
和やかな空気が流れたので、パイプ椅子を掲げていた芙美とトミヤは椅子を下ろす。芙美はパイプ椅子を元の位置に戻したが、トミヤはまだ警戒を解いておらず、パイプ椅子を脇に抱えていた。
芙美はアルを手で指し示す。
「えーと、瞬の知り合い?」
「うん。彼がアル=シフォン。ええと。さっきの話聞いたよね?」
「あれねー」
「あの話か……」
ガリウォントが憎たらしそうに話していた人物だとわかったため、芙美とトミヤは同時に頷く。
「アル、一瞬だけ兜とれる?」
「うん? いいけど」
瞬に言われた通り、アルは兜を取り素顔を晒す。
「わーー! そっかー!」
と芙美が弾んだ声を上げ
「なるほどー! そーいうことかー!」
とトミヤが盛大に納得した。
事情の飲みこみがとても早い二人に、瞬は大満足である。
アルは首を傾げながら兜をつける。気になるが、後でいいかと気を取り直し、初めて会う少女と少年に簡単な挨拶をした。
「アル=シフォンだ。よろしく。二人も瞬の友達?」
「はい! 加田芙美と言います! 学校の級友です!」
と元気よく答えて会釈する芙美。
「さっき友達になりました。里川トミヤです」
と丁寧に会釈するトミヤ。
「加田さんと、里川くん。瞬と一緒にいてくれてありがとう」
アルは頷き、視線を瞬に戻す。
「で? 三人はどうしてここに連れてこられたんだい?」
「それは私の方が聞きたい。あと、アルこそどうしてここにいるの?」
質問を質問で返されアルは、ふむ。と頷く。
「ゲマイン部長が『カンゴウムシを放しているのはリクビトだ』と宣言して、リクビトを留置場へ連行するように防衛班に命令したって聞いたんだ。その特徴が瞬に似ているような気がして。それにギオから、瞬らしきリクビトが兵士と一緒に来てたって教えてくれたから、急いで確認しに来たんだけど……」
そして笑いながら肩をすくめた。
「さすがに、もう抜け出しているとは思わなかった。びっくりしたんだぞ」
「仕方ないじゃん。危機的状況だったのよ」
「でもなぁ……。あの手を使ったんだろう?」
「そだよ」
瞬の返事を聞いて、アルは頭痛を覚えた。
脱走の手段は想像ができる。彼もまた匠から非常時の脱出方法の手解きをうけているから。問題は、それを無関係の人の前で披露したということだ。
アルの言いたいことを感じ取った瞬は、反省の色ゼロのまま肩をすくめた。
「無関係二人も巻き込んじゃったから、急いでいたの。アルがくるなんて思わないしさー」
「いやまぁ。そうだけど。うん。仕方ない……かぁ」
言葉を濁したアルを眺めていた芙美は、閃いたと目を輝かせた。
「瞬! この人だったら、さっきの兵士を何とかしてくれるんじゃない!?」
「うん、してくれるよ」
「よかったー! これで安心ね!」
「おー。それならよかった」
大喜びする芙美と安堵するトミヤに気づかれないように、瞬はつま先立ちになりアルの顔に近づいた。アルは一瞬、ビクッと体を揺らす。
「アル、調査結果見た?」
「あれ真実だし、さっきまでその件を本人が話てた。アルに罪を全部背負わせるってさ」
「やっぱりか……はー……」
アルはどんよりと重たいため息を吐いて、兜の額に手を添え、軽く左右に振る。
瞬はアルにペンを渡した。
「さっき白状した音声もあげる」
受けとったアルは再生ボタンを押す。ガリウォントの声が流れた。最初の数秒で再生停止し、ため息をつく。
「どうもありがとう。とりあえず追加の証拠は頂いていくよ」
「なんとかなりそう?」
「現地での物証は全て抑えたから何とかなる」
「そっか。良かった」
心底安堵した瞬の頭を、アルがよしよしと撫でた。
「それでこの後はどうするんだ? ここに居ても安全保障できるけど?」
「折角だから脱走する。この後寄りたい場所もあるし」
「そっか」
アルはため息を吐きながら頷く。
「止めない?」
「止めても無駄だから、止める気が起きない」
兜で表情が見えなくても、諦めているという事が声色で分かる。
芙美とトミヤは初対面にも関わらず、アルの心情がよくわかり、同時に強く同情した。
「お友達はどうする? 環境課の休憩室で休めるよう取り計らうけど」
アルの提案にトミヤは少し悩んだが、
「瞬と一緒に行く!」
と芙美が即答した為、
「じゃぁ俺もついていく」
と同伴を買って出た。
「よーし! じゃぁ二人とも行こう!」
「瞬、待ってー!」
瞬は元気に走りだすと、芙美が後を追いかけ、その後ろをトミヤが走った。
三人が留置施設から出ていく姿を見守ったアルは改めて内部を確認する。
本来なら四人の兵士がここで見張りを行うはずなのに誰もいない。アルはその理由を既に知っている。
(一人は緊急連絡で呼び出され、一人はあっちで気絶させられていたな。残り二人が反逆者だ)
ガリウォントに賛同し、反逆を行っている兵士もいる。金で釣られた者、出世に釣られた者、弱みを握られた者、そして、アルを敵視する者。
(こっちはしっかり働いているだけなんだけどな。俺を引きずり降ろしたって、仕事量が増えるだけだろうに)
異常がないか留置場の全エリアをチェックする。
地下に降りると、檻から数センチ手前にアトーラテが2個落ちている。アルは失笑しながら拾い上げた。ここに三人が監禁されていたようだ。地下一階には誰もいないので、瞬の使った手段を知る者はあの二人だけと分かり、アルは少しホッとした。
そのまま二階から五階までチェックした。中にいた者は全員眠っていた。最初の一人を調べると、睡眠薬を服用したようだ。食事に混ぜられ強制的に眠らされているのだろう。呼吸音だけ確認した。息が止まっている者はいない。
地上に戻って事務所ドアを開く。今度はモニター室を確認するつもりだったが、外へ通じるドアが勢いよく放たれたので立ち止まる。
「あああ! いたあああ! シフォン部長!」
事務所の中に西区環境課の兵士二人がアルを発見してすぐに詰め寄ってきた。異様に慌てており、何事だとアルは首を捻る。
「嘘ですよねえええええ!?」
「シフォン部長がそんな事するはずないですよねええええ!」
部下二人に詰め寄られ、アルは少しだけ頭部を押さえた。
「落ち着け。何が『嘘』なんだ?」
問いただすと、兵士達はキョトンと固まる。
「え、知らないんですかぁ!?」
「シフォン部長どこを駆けまわっていたんですか!?」
「だから何があったんだ?」
兵士は素っ頓狂な声を上げながらアルに伝令を伝えた。
「い、今、西区担当事務所からカンゴウムシの遺伝子系図や実験日誌が見つかって、『今回のカンゴウムシ異常発生は裏でシフォン部長が引いていたんだ』と大々的に……」
「嘘だよ。それを誰が言ったんだ?」
「東区担当部長のゲマインさんが…………」
アルは苦笑いを浮かべた。
「そいつが首謀者だ。俺に罪を擦り付けるために色々小細工していた」
「えええええ!?」
「こっちも物証や証拠を押さえてある」
「いつの間に!? というか、シフォン部長はこうなることを分かっていて……」
背の低い兵士がそう呟くと、背の高い兵士が地団太を踏んだ。
「な、なんでそんな大事なことを自分に教えてくれなかったんですか!? 一歩間違えれば部長が冤罪になって。そうすると自分が許せないであります!」
「敵味方が分からなかったからな」
「酷いであります!」
背の高い兵士が顔に腕を当ててワッと泣く仕草をする。背の低い兵士がぽんぽんと背中を強めに叩く。
「泣くなよ。内部に敵がいるからシフォン部長の行動は正しいんだ」
「うううう! でもよかったです! すぐにみんなに知らせます!」
「そうだ! みんなショックで仕事どころじゃなくって……」
部下たちのセリフを聞いて、アルは呆れかえった。
「しっかりしてくれ。忙しいんだぞ! 他の島に逃走しないよう反逆者を捕縛しないといけない。改造カンゴウムシの件でライニディーネーが行われると噂もある。時間が足りないんだシャキっとしろ!」
「了解です! 持ち場に戻ります!」
元気を取り戻した部下達はと駆け足で去っていった。
やれやれと思いながら、アルも駆け足で持ち場に移動する。
その途中で、音声の証拠を思い出し、聞きながら走ろうとペンの再生ボタンを押す。
色々暴露しているなー。と感心していたが、ある部分を聞いてピタリと足が止まった。
思わず耳を疑ったが、事故死させると確実に宣言している。
「……あの屑が」
アルの口からドスが利いた声が出る。部下の耳に入っていたら、震えあがるほどの冷たさだ。
「こっちは後回しだ」
アルは優先順位を変えた。上司に自白の証拠を報告するつもりだったが、それは後にした。すぐにギオに連絡を取った。彼は防衛班の指示に従い、反逆者の足取りを追っていた。第5ホープ周囲に居るのでそこまで走る。
走ってニ十分後、第5ホープを照らす街頭の近くに立っている焦げ茶色の兵士を見つけた。彼もアルを見つけて駆け寄ろうとして立ち止まり、嫌そうに眉をひそめる。
「なんだよアル。めっちゃ怒ってるじゃないか」
兜で顔が見えなくても雰囲気で解る。何があったか知らないが、半ギレくらいになっている。
「ギオ。急ぎだ。瞬を探して守ってくれ」
「わかった」
有無を言わせない圧力を出してくるアルに、ギオはため息交じりで了承した。
「でも簡単にでいいから理由を教えてくれ。何があったんだよ?」
アルは『ガリウォントが瞬を事故死させようとしている』と告げた。
「あー。なるほど。面倒だなぁ……」
「ギオ」
「アルが正式にゲマインを捕縛する前に瞬と接触したら、俺が時間を稼げってことだな」
運び屋オプションとして、今回瞬が手に入れた情報はギオにも共有されている。一から十まで説明をする必要はない。
「わかったけど、あんまり期待するなよ。相手は白金鎧だから俺で太刀打ちできるかどうか」
「頼んだぞ。手続きが終わればすぐに追うから」
本心を言えば、仕事を放置したまま探して殴り倒したいがそうはいかない。正式に反逆者の烙印を押さなければ、敵として攻撃ができない。
「まーったく、俺の仕事は護衛じゃないんだぞ!」
皮肉を残して駆け出していくギオ。
弟を見送った所で、アルは上司と警備長取締役の元へ急いだ。
早くガリウォントの役職剥奪し、女神反逆の重要参考人として捕獲するために。




