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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
40/56

檻で隔たれた会話

途中で分割するのが難しくなりました。



 

「避難しなかったのかクソガキ」

 目当ての人物を手中に収めることができて、ガリウォントは兜の下で嗤笑を浮かべた。

 傍にいた芙美に目を向けるが、用がないため気に留めなかった。

「何をやっていたのか尋問する必要がありそうだな」 

「はぁ。こっちはいい迷惑だわ」

 瞬はその場から立ち上がった。あちらの方が背丈が高いので見下されることに変わりないが、小競り合いをするから立っていたほうがいい。

(しかし。兜邪魔だな。表情がわからない)

 と、小さく毒づく。心情を読むために表情を探る必要があった。些細な変化を見逃さなければ嘘くらいは判断できるのだが、今回は諦めた方がいい。

 声色から判断するに、ガリウォントはニヤニヤほくそ笑んでる。と思った。

(今はあっちが優勢だから……声色で感情を読み取るしかないか。難しい。でもやってみよう)

 瞬は両手を組みながら、ふんと胸を張る。

「あのね。通るのに邪魔だったから、カンゴウムシどけていただけなのに、どうして捕まるわけ? あんた責任者なんでしょ? 理由をしっかり説明して早く帰してほしいんだけど」

 一切悪いことをしていません。という態度を見て、ガリウォントは首を左右に振った。

「貴様、シフォンと知り合いだろう?」

「そうだよ。それがどうしたの?」

「ならば、ここに入れられた理由は分かるだろ?」

 ガリウォントは腰につけた剣の柄を指で触りながら、ドスの利いた声をだす。相手を萎縮させるのが目的だが、瞬に効果はない。苛立ちを隠すことなく目を細め、腕を組みながら薄く笑った。

「あ・の・さ・ぁ。まさかアルと知り合いだから軟禁しるわけ? そっちの方がわからないわ。納得できる説明があるんでしょうね?」

「シフォンと親密なやり取りをしているだろう」

「それがどうしたっていうの?」

 背後で芙美が、きゃ~。と小さく黄色い声をだした。『親密な関係、イコール、お付き合い』というイメージだったので、恋人同士の逢瀬を想像してしまった。

 残念なことに、その解釈を正そうとする人はいない。瞬はツッコミしたかったが、それどころではないのでスルーした。

「友人だから休憩時間を見計らって会いに行ってるけど、何か不都合でも? アルは優秀だからその程度で業務が滞るわけないじゃない。あんたと違って」

 さり気なく煽ってみると、ガリウォントが剣の柄を強く握りしめた。その一挙一動を見据えながら、彼の理性が保てる部分ギリギリを攻めていく。

「御託はいいから早くここから出して。あんたの単なる勘違いで、こんな場所に入れられるのは不本意だわ」

 はは。とガリウォントが笑った。不穏な色を含む声を聞いて、芙美とトミヤはビクッと肩を震わせる。

「勘違いではない。捕らえる為に貴様の特徴を伝えた」  

「はあ? なんでよ。変なの~~」

 そうだよな。と思いつつ、瞬は平然と受け止めて鼻で笑った。

「身に覚えがないか?」

意味深な言葉を聞いて、瞬は両手を組んだまま首を傾げた。

(身に覚えがありすぎる。でも、あいつがどこまで把握しているのか不明瞭な段階で、私がボロをだすわけにはいかないので、ここは~~~)

 きょとんとした表情を作り、

「全くない!」

 と、自信満々にドキッパリと言い切った。

「なるほど! 悪事に手を貸すという意識すらないか!」

 ガリウォントは軽蔑するように薄っぺらく笑い、言葉を弾ませた。

 (どの口がそれをいう!)

 と、瞬は咄嗟に言いたくなったが、ぐっと堪える。

 今の立ち位置は『ないも知らないのに捕まっていて早く出せと言っているだけの一般人』だ。ガリウォントとは全く接点がないので、余計な事を口走るわけにはいかない。

(だけど、ツッコミ、したいっっっ!)

 瞬は己と戦いを行っていた。負けるわけにいかない、尻尾をだすわけにもいかない。ゆっくり呼吸を整えて精神を落ち着かせた。

「…………話が全く見えない。私が何かしたって思ってるわけ?」

 困惑している仕草をしながらガリウォントを見返すと、彼は腕を組んだ。

「しらじらしい。俺の周りをうろちょろしてただろう。気づいてないと思ったか?」

 瞬は眉をひそめた。本当は心臓が飛び出そうなくらいびっくりしたが、なんとか耐えた。表情でバレるわけにはいかない。ポーカーフェイスを貫かなくては。

「はあ? してないわよ」

「嘘をつくな。妙な気配が漂ってたからな。警護隊の気配とは違っていて誰だか分からなかったが。この前、貴様を見た時に気づいた。俺の何を調べていたんだ?」

「…………はぁ。理解できない。言うに事欠いて気配なんて……なにそれ変なの」

 瞬は呆れたように片手で顔を押さえて、首を小さく左右に振った。

 顔を半分だけ隠すことで、内心の動揺を隠す。

(ううう。なんてこった。気配で人物特定できるってレベルが違う。腐っても白金鎧ってわけか。匠がもう調査するなって言ったわけだ。忠告無視してたら絶対捕まってたぞこれ……)

 はぁ。と大きなため息をつきながら、顔から手を外し、ガリウォントを半眼で見返した。傍からみれば、相手に対して疑念を強めたように感じられる。

(こうなったら、とことんシラを切る方向で乗り越えるか)

 瞬は両腰に手を当ててふんぞり返る。

「しっかりと証拠があるわけじゃなくて、気配で決めつけるなんて酷いんじゃないの?」

「貴様がシフォンと繋がっているだけで、十分疑う理由になる!」

 怒りを含んだ大声に全員がビクッと肩をすくめる。

 ガリウォントから不穏な気配が漂い始めると、彼は鉄格子を殴った。ガァンと鈍い音が響く。

「話せクソガキ。あいつに何を頼まれた? 蹴落とすために俺の弱みを握れと言われたんだろう! はははは! 綺麗な顔をしてあいつもとんだ食わせ者だ!」

 ガリウォントは笑いながら鉄格子を殴った。

 突然何が始まったのか。と、三人は目を真ん丸くしながら様子を伺う。

 何発か殴ると気が済んだのか、少しよろけながら瞬を指し示す。

「シフォンが貴様に俺を探れと言ったんだろ!? あいつは勘が鋭いからな! 警護隊だとバレる可能性が高いから貴様に頼んだ!」

「…………いやだから、何を頼んだ、って?」

 威圧により瞬の声が自然に震える。彼女はガリウォントの言っている意味が十二分に理解できているが、シラを切り通すと決めた以上、何も知らない人を演じる。今は怖がったほうがいいだろうと、適当に口ごもった。

「あいつは俺が今回の事を計画したと、俺が首謀者だと考えているようだな! くっそ! 邪魔だ! 本当に邪魔な存在だアル=シフォン! どこまでも俺の邪魔をするっっ! どこで気づいたんだ!? 計画に落ち度はなかったはずなのに!」

 ガリウォントは興奮して、体を小刻みに動かし頭を乱暴に振る。兜がなければ顔面を掻きむしっているのではないかと思えるほどの半狂乱っぷりだ。

 このままでは剣を抜いて暴れ出すのでは。と、芙美とトミヤの顔色が真っ青になる。

 まさかのカミングアウトを聞いて驚いた瞬は、瞬きを二回したあとに、

「えーと。じゃぁ。今回の首謀者はあんたなの?」

 指差しすると、ガリウォントはピタッと動きを止めた。

「そうだ」

 と、小さく肯定する。

(認めたあああああ!? 勝手に自白したしなんだこいつ!?)

 誰が聞いているか分からない場所での発言に本気で驚いて、瞬はアンパン口をあけた。

「全てはシフォンに罪を着せる為に計画したことだ。今頃上層部が動いているだろう。ククク、いい気味だ」

「はあ!? 何がいい気味よ、ふざけないで!」

 瞬は怒りを覚え、反射的に噛みついた。

「人に罪を着せるのも問題だけど、アルのせいにするのは大問題よ!」

「何が大問題だ当然の報いだ!」

 カッと血が登ったガリウォントは即座に反論する。

「あいつは俺の出世を邪魔して! 邪魔しまくって! 手柄を独り占めする! 俺の言い分は全く通らないのにあいつの一言で方針が決まることが多い。あいつだけ上司に贔屓されているのが腹立たしい! 俺のような経験豊富な人材に人気なく、あいつみたいなカスに期待が集まるとはどういうことだ! 世の中、間違っている!」

 堰を切った様に怨言をつらつら綴り吠える姿をみて、瞬は怒りを通り越してスーッと血が降りてくる。アルの悪口を聞かされて、あっさりと我慢の限界を超えた。冷静に叱る様な口調で言い返す。

「いい加減にするのはそっちでしょ? 大人が何言ってるの! 逆恨みもいいとこじゃない!」

「逆恨み、だと? 何を根拠にーーっ」 

「あんたの噂聞いてるわよ! 人の手柄は自分の物にするわ。人助けしないで嫌がらせをするわ。それで何人の兵士が辞表を書いたと思ってんのよ!」

「なっ」

 瞬からの威圧に驚き、ガリウォントは一歩後退する。

「私ですら知ってるくらいなのよ! そんな陰険な人が信頼を得られるなんて無理でしょ! アルは人の役に立とうってむちゃくちゃ頑張ってんだよ! 人気に差が出るのは当たり前だし! あんたの口からアルの批判聞きたくないし、あんたがアルを語る権利は全くない!」

「クソガキの分際で儂を侮辱するか!」

 憤怒したガリウォントは鞘から勢いよく剣を抜いた。

 フーフーと荒い息遣いをして瞬を睨むが、彼女は肩をすくめて、ふふ。と笑った。

「と、こんなことを話してもしょうがない。どうせ理解できないもんね。理解出来たら犯罪をして罪を被せるなんて事、するわけないもんね。そーでしょ~~? お馬鹿さん」

 相手を小馬鹿にしながら、清々しい笑顔で言い放った。

「貴様ああああああ!」

 冷静さを失ったガリウォントは、剣を振り上げて鉄格子に切りつける。

 ガアアアアンンン。

 と、派手な音を立てて鉄格子が振動する。

「ひぃ……っっ」

 恐怖に震えあがった芙美が小さく悲鳴をあげた。身を小さくして耳を塞ぐ。

 一方、命の危険に晒されている瞬はとても冷静に観察している。

(挑発に乗りやすいなー。アルが鬼門っぽいけど)

 とはいえ、このまま何もしないでいると、中に入ってきて剣を振り回しそうである。ドアが開いたら逃げ出せそうだが、狭い室内で剣を振り回されたら逃げる前に血だらけになる。

 リスクを考え、正気に戻すことにした。

 あの手の輩はこちらの無知をアピールするか、遠回しに褒めると良い。

「それで? 改造したカンゴウムシを泉都市に放して、パニックを起こす責任を取らせようとしたの?」

「…………それもある」

 フーフーと呼吸を整え、ガリウォントは剣を構えるのを止めた。口調に落ち着きが出てきたので正気に戻ったようだ。

「だがそれだとまだ罪が軽い。死罪にするにはもっと思い罪でないと」

 そんな気がしたが、本人の口から聞くと重みが違う。瞬は今思いついたようなリアクションをした。

「え、まって、死罪が適応されるのって…………。女神反逆の罪……っ」

「そうだ。シフォンを反逆者に仕立て上げ殺害する。そのために大量の虫を作り毒素を浄化させ女神を衰弱化させる。あわよくば女神の代替わりも進められる」

「な!?」

 とトミヤが声を上げ

「え!?」

 と芙美が驚いて声を上げる。

 女神にまで危害を加えると思っていない者からすれば当然の反応だ。

(ってことは、被れの木の倒木による水質汚染もこいつがやった可能性がある)

 瞬は驚かず逆に納得する。

「やはり貴様は驚かない」

 ガリウォントが苦々しく呟いた。瞬が視線を戻すと、彼は鉄格子に兜が付くぐらい近づいていたので驚く。

 部屋の中央にいるので外から手は届かないが、音もなく急に接近されると心臓に悪い。

「いやいや。驚いてる。驚きすぎて声が出ないだけ」

 瞬がそう否定すると、ガリウォントが舌打ちをする。

「どこまで把握しているのか知らないが、忌々しい」

 瞬は意志が強くこもった眼差しを向ける。

「つまりは、被れの木の倒木汚染はあんたがやったってことよね?」

 と、言った途端、スッと剣の切っ先が視界に入って、瞬の鼻先四センチほどの間隔を空けてピタリと止まる。

 眉間めがけて剣を突いたが届かなかったようだ。

 脅しなのか本気なのかはこの際置いといて、鉄格子からかなり離れてて良かったと安堵する。でなければ額を切られていたか、頭を貫かれていたに違いない。

(早業。太刀筋見えなかったー。サシでの勝負は私が負けちゃうなぁ)

 瞬はガリウォントを見つめながら不敵に笑う。

「大正解ってことかな?」

 ガリウォントが盛大な舌打ちをした。

 驚くことも、泣くことも、混乱することもなく平然と立っている瞬に苛立った。それと同時に、確実に何かの情報が洩れていると推測する。

「驚きもしないか。クソガキが」

「驚いたわよ」

 と瞬は肩をすくめた。

「カンゴウムシ改造だけじゃなくて、被れの木の汚染までやってるなんて。他にも何かやってんじゃないの?」

「汚染なら被れの木とカンゴウムシで十分だ。証拠が出るようにしないといけなかったからな」

「罪が明らかになりやすいように?」

「そうだ」

 と、ガリウォントが頷く。

 瞬は腕を組んで頭を傾げる。

「ついでに確認するんだけど、私も殺される手筈になってる?」

 なんだかんだで色々教えてくれている。これは冥土の土産というやつではないだろうか。

「手筈? ははは!」

 ガリウォントは鉄格子から剣を引き抜き、鞘に納めながら鼻で笑う。

「当然、最初からそのつもりだ」

「最初から?」 

 と聞き返しながら、瞬は眉間にしわを寄せる。

 ガリウォントは階段方向へ体を向けた。

「貴様が惨たらしく死んだら、シフォンの精神にダメージを負わせらえる。絶望の中で死刑宣告を受ける姿を見るのが楽しみだ」

「んー? 今殺さないの?」

「その必要はないだろう。貴様は『泉都市で洪水の最中にトラブルがあって死んでしまう』のだから。儂が手を下すまでもない」

「なるほどねー」

と、頷いて

「あ!」

と慌ててガリウォントを呼び止める。

「まって! 私以外はどうするの!?」

「一緒に死ぬんだろう。哀れだな」

「あーーーーーっっ!」

 やらかしたーーー! と言わんばかりに瞬は叫んだ。

 ガリウォントは清々したとばかりに、軽やかな足取りでその場から去っていった。




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