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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
38/56

人生初の留置場


(保護室じゃなくて、留置所ときたか……)

 有罪確定で逮捕されている状況になっているなぁと、瞬はため息をついて、ちらっと芙美を見る。彼女は格子で囲まれた室内を不安そうにうろうろしていた。

 室内は布団とアクリル板で囲まれたトイレだけだ。プライバシーゼロの部屋は誰だって落ち着かない。

(しかし困った。芙美まで巻き込んじゃうなんて想定外だわ。一体、兵士に通達された情報ってなんだろう)

 なんとなく理由は浮かぶものの、困ったなーな状況には変わりなかった。

(まぁ、荷物を取られなかっただけまだマシよね。それにこの状況は案外プラスに働くかもしれないし)

 瞬はポジティブに考えた。




 アクアソフィーの地下一階から五階に留置所がある。地下一階から二階は主に軽犯罪者が入れられ、刑期が確定したら刑務所へと送られる。地下三階から五階は主に凶悪強盗や殺人、女神反逆者など重罪者が収容され、厳しく長い取り調べを終えると刑務所へ送られる。

 兵士に連れられて、瞬と芙美は地下階段を降りる。地下内部は汗ばんだ体には少々寒いとおもるほど、ひんやりとした空間だった。

 消灯時間で薄暗くなっており、通路を通る時にキョロキョロ辺りを見回したが、閉じ込められている人は少ないようで、とても静かだった。

 『一見して似たような容姿』というだけで連れてこられた瞬と芙美は、地下一階の入り口付近の留置場に入れられた。

「真偽が明らかになるまで窮屈でしょうが、大人しくしていてください」

 最初こそ横柄な態度の兵士たちだったが二人に軽く頭を下げる。仕事だから遂行しているだけのようだ。

「後で兵士がきて少し取り調べを行います。無関係ならすぐにメガトポリスに送りますので、ご安心ください」

 兵士たちは最低限のプライバシーを守るように、透明な衝立に目隠し用の布を被せてその場を去っていった。

 足音が去ってから、瞬は「ふむ」と声を出す。

(気が立っているだけ。任務に忠実なだけか)

 瞬は室内を見渡した。三方をコンクリートで覆われている。出入り口の正面は鉄格子が組み込まれ、通路側から室内がよく見えるようになっていた。鉄格子の幅は手首が入るか入らないかギリギリで、手前にある同じ作りの部屋が見える。

 檻とドアを繋ぐのは南京錠のような形態をした『アトーラテ』で、特殊な液体金属で作られた鍵だ。鍵穴はなくピッキングが効かない。また打撃や衝撃や切断に強く物理破壊が通用しない。

 アトーラテを解除するためには、一階にある留置場監視室の電子ロック式金庫に保管されている鍵しかない。鍵を使わない脱出方法は、地道に檻を破壊するしかないが音ですぐにバレるだろう。

 そこまで思案して、瞬は芙美をみる。

「もう、もう、人の話を聞かないで謝られても不愉快が不愉快を呼ぶだけだわ」

 不安そうにブツブツ呟いていた芙美が落ち着いてきたところを見計らって、瞬は申し訳なさそうに声をかけた。

「ごめん芙美。巻き込んじゃったみたい……」

 許してもらえない覚悟で謝ったが、芙美は

「え?」

 と不思議そうに声を出して、瞬の傍に座り込む。

「瞬が悪いわけじゃないわよ。悪いのは確認しなくて突然ここに連れてきた兵士!」

 てっきり責められると思っていた瞬は肩透かしを食らって、遠慮がちに声をかけた。

「お、怒ってないの? 多分、私のせいなのに……」

「薄暗かったし、瞬と同じ特徴なんていっぱいいるわ。絶対誰かと間違えたのよ。きっと真犯人は男の人ね! 瞬はこうして見ると男の子みたいだし」

 小さく頷くと、芙美は瞬にニコリと笑みを浮かべる。

「大丈夫。誤解だって分かってすぐに出られるわよ! その時は絶対に文句言って土下座してもらうんだから!」

 怒りで握りこぶしを作る芙美。予想以上にメンタルが逞しい。彼女を眺めていると妙な安心感からか、瞬はホッとして微笑を浮かべた。

「うん、そうだね。ありがとう」

「でも」

 と、芙美は拳を下ろしてしょんぼりする。

「お父さんとお母さん、心配してるだろうなぁ、探してて避難送れちゃったら大変だから、連絡くらいしときたいのに……」

「私の携帯使う?」

「うん! 貸して!」

 瞬はポーチから携帯電話を取り出して芙美に渡す。電波は途切れ途切れだったが、運がよければ繋がりそうだ。

 通じますようにと芙美は祈りを込めてかける。通信音が聞こえてカチャリと音がして、

『どちらさま……?』

 と、母親の声が聞こえて芙美はぱあああと笑顔になった。

「私、芙美だよ。おかあさ…………う! ごめんなさい!」

 そしてお怒りの声が電話先から聞こえてくる。それに必死で謝りつつ、

「それが……危ないからって保護してもらったんだけど、今すぐ戻れそうにないの。私は大丈夫だから、先に避難しててね」

 捕まったとは言わず、保護されて動けないと告げ、親を納得させて電話を切る。

 ふぅ……と芙美は深々と息を吐いた。

「見事。……あ、いや、本当の事言わなくて良かったの?」

 うっかり本音を言ってしまい、すぐ言い直す瞬。芙美は携帯電話を返しながら「うん」と頷いた。

「捕まったって言っても心配かけるだけだし。普通なら正直に話そうと思うんだけど、避難中だから余計な手間かけさせたくないし、小さな弟や妹もいるから手が足りないだろうし。それにすぐ釈放されるだろうから、言わなくてもいいかなーって」

 ははは。と苦笑いする芙美をみて、瞬は目が点になった。

(肝が据わってる……。普通ならパニックになるだろうに)

「予想の斜め上な行動に驚いた。でも混乱が広がらなくて私的には助かってる」

「えへへ。瞬が一緒だから心強いんだ」

「私も。芙美と一緒にいてくれるの心強いよ。慎重になれる」

 芙美は『慎重』という部分で首を傾げる。

 聞き返そうか迷ったが、瞬が携帯電話をポーチに納めたので、

「瞬は連絡しなくていいの?」

 と聞いた。

「うん、連絡しないほうがいいの」

 誤魔化すのが難しいのは容易に想像がつく。ならば連絡しないほうがまだマシだ。

「そっか」

 芙美は深く追求しなかった。人の家庭はそれぞれである。


 芙美のことは解決したので、瞬は人探しについて思考を巡らせることにした。

(さぁて。改造カンゴウムシ関与の一味を探しているって言ってたわね。で、放している人物の容姿が私に似ているって言ってたけど、きっと私を探してたんだろうなぁ。どんな嘘情報で兵士を踊らせているんだろうあの野郎)

 プリメーラが危惧し、忠告していた事が現実になった。

(ゲマインの目的はアルに罪を着せる事)

 だとすれば、信用に値する証拠を創り上げて提出している可能性があるということだ。

(シフォン君に渡した資料がアルの手元に届いているといいけど……)

 一番の不安はそこだが、多分問題ないと思う。

 ギオもアルの弟だ。緊急の用事とわかれば手段を選ばず、あの手この手でアルにコンタクトを取りに行く。それこそ兄弟の特権を使っても、確実に即座に届けるだろう。

 しかしそれでも、ゲマインを処罰できる上司へ伝わるまで時間が掛かり、真偽を確かめる時間も必要になる。会議に次ぐ会議。そうしてやっと結論が出される。

 確固たる証拠提出に加え、アルの功績を考慮すれば、結論の時間短縮が可能だ。

(おそらくその辺は大丈夫。今考えなきゃいけないのが私の状況。疑惑ありで捕まっている現状)

 これが一体何を意味するのか

(そういえば。色んな難癖を付けて合法的に折檻したりすると言ってたっけ? ってことは、難癖つけて合法的に私に何かしようと思ってるのかな? アルを首謀者にして、私がそれを手伝っていたと。もしかしたら他の兵士も数人関わってると犯罪者に仕立てて警護隊から追い出す気かもしれないなぁ)

 結構、練っているのかも。と瞬は腕を組む。

(うーん、そしたら、取り調べを行う兵士ってゲマイン本人が来るかもしれない。厄介だなぁ。私だけじゃなくて芙美にもなんか飛び火しそう)

 手で髪を掻き上げながら、瞬は大きなため息を吐いた。

「どうしたの?」

  芙美が心配そうに声をかけてきた。落ち込んでいると思われている。

 瞬は唸った。話すべきか否か、迷う。

 ガリウォントが来たらすぐに瞬に暴力を振るう……わけではないと思いたいが、そんな事態もありえる。

 その時に芙美が怯えて端っこに丸まってくれればいいのだが、正義感強いため果敢に止めに入ることもあり得る。

 寧ろ後者の方が目に浮かぶ。

(うん。不味い。最悪しか浮かばない。芙美に教えて突発的な行動をしないよう念を押そう)

「あのね芙美、よく聞いてね」

 と、瞬は芙美に呼びかける。

「結論から言えば、あの兵士たちが探していた人物は私だと思う」

「え!? なんで!? 落とし物を拾って届けなかったの!?」

 真顔で言う芙美にガクッと肩を落としながら、

「違う違う」

 と、苦笑いしながら訂正した。

「簡単に説明するとさ。実は私、改造カンゴウムシを製造、放流した首謀者を突き止めたの」

「え!?」

「それがバレてここに連れてこられたっぽい」

 突拍子もない台詞を聞いた芙美は

「首謀者を突き止めたああああ!? あ、いけない」

 と、叫んでからハッと我に返って口をふさぐ。

 

「マジかあああああ!?」


 そこに少年の叫び声が乱入した。

 吃驚した二人は慌てて正面の檻の奥を凝視する。



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