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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
33/56

みーつけた

文字数2200くらい


 夏の日差しが目に刺さる八月上旬、瞬は何日かぶりにアクアソフィーを訪れた。いつもの服装にリュック、手にはハートマークがついた大きな紙袋を持っている。アルに会いに来たのに生憎と留守だったのでホールで佇んでいた。時間だけが刻々と過ぎていく。ガムを数個噛み砕いた後で、ふぅとため息を吐いた。アルは多忙で今日は時間が取れないと人伝で聞いた。これ以上待っても意味がないだろう。一旦仕切り直しだ。

「仕方ない。帰るか」

 帰ろうと立ち上がると、丁度、建物から出てきた知り合いの姿が目に入った。相手もこっちに気づいて、瞬から逃げようと方向転換をする。

「ナイスタイミング!」

 瞬は素早く追いつき、知り合いの背中に飛びついて動きを止める。背が同じくらいか小さいため、さりげなく首をしめる体勢に入る。

「やめ」

「苦しくないでしょー?」

 技が決まらないからわざとやっている。彼は兵士だ。こげ茶色のレザーアーマーの鎧を着ており、専用の黒い防具服の上に首と胸部、肩と肘膝を覆っており、頭部と目のガードがあるヘルメットみたいな兜を被っている。束縛を振りほどこうと激しく動くので、カラーネームである赤みがかった黄色い飾りがブンブン揺れていた。

「捕まえたシフォンくーん!」

「うわぁぁぁぁ! 最悪だーー!」

 人外生命体にでも出会ったような絶望感たっぷりの悲鳴が響く。通りかかった人は何事かと二人に注目した。

 瞬が捕まえた相手はギオ=シフォン、14歳。アルの弟だ。背は瞬の方が5センチ高いが、まだまだ成長途中。これからの伸びしろに期待できる。水色っぽい肌、黄緑色の目は少しだけ吊りあがっていて、凛々しい感じの顔だ。散切りの短い濃い緑髪で、悪戯好きな子供っぽい印象を受ける。性格は大雑把で怒りっぽくて度胸が良い。照れるとすぐに乱暴口調になるため、ツンデレ好みの女子にモテモテだそうだ。

 去年、兵士訓練学校卒業と同時に警護隊入隊試験に合格し、今年から新米兵士だ。所属は犯罪取り締まり課。いつもは熟練兵士と西地区の一部をパトロールするが一人で行動することもある。それは兄が環境警備課の部長をしているので、仕事を特別に……いや、問答無用で手伝わされる事があるからだ。本人はとても迷惑しているが、緊急が多いので仕方なく手伝っている。

 アルと瞬に悪印象はなく、どちらかといえば尊敬する兄とその友人という目線で見ているものの、時折、無茶振りする兄と悪乗りする友人がタッグを組み、タチの悪い案件がバンバン流れてくるので、基本的に関わり合いたくないと思っている。

「あははは! 丁度良い所で出会ったーーやった!」

 手ごろな獲物を捕まえたような高揚感を含ませつつ、瞬はギオの耳近くで大声を出した。

「だぁぁ! うるせぇ!」

 上機嫌の瞬に対し、ギオは逃げようと必死だ。その最大の理由は暇つぶしに瞬が食べていた物に隠されている。

「おい離れろ瞬! 果物臭い鳥肌立つ! 何食いながら喋ってんだ! 吐き出してからにしてくれマジで」

 ギオの悲痛な叫びに、瞬はニコリと笑った。

「人の顔見て逃げるから悪いのよ」

「分かったから! それ以上顔を近づけるな! その匂いを止めろ!」

「はいはい、ごめんごめん」

瞬はギオを離して、口の中のガムを出してゴミ箱に捨てにいく。それを苦々しい表情で見守るギオ。彼は軽い林檎とオレンジアレルギーだった。アナフィラキシーショックを起こすほどではないが、蕁麻疹は出てくる。過去に何度も食べて何度も発症し、もううんざりなのだ。食べなければ大丈夫なのだが、匂いを嗅ぐだけでも最悪な気分になる。

「これでいい?」

 口臭スプレーをかけたらやっと近寄ってきたギオの手を瞬時に掴む。彼は「げっ」と顔色を変えた。

「じゃぁ、ちょっとお話しよっか」

「俺用事が」

「すぐすむし、こっちが優先順位高いのさぁ」

 瞬たちは場所を移してアクアソフィーから少し離れた所にある紅葉公園にやってきた。その名の通り、秋には公園いっぱい紅葉が彩りを添え、格好のスポットとなる場所である。今はまだ緑色の葉が生き生きと生い茂り程よい木陰を作っていた。瞬は石のベンチに座り、この心地よさを味わう。深淵都市の太陽はとても柔らかい。夏の暑さとは無縁のこの土地は丁度春の暖かさを称えていた。……が、隣に冬の気温を感じる。

 チラリと目だけで見ると、ギオは口をへの字に変え腕を組んで、足を組んで不機嫌なオーラを出している。それを全く気にしないで瞬はにこやかに話し掛けた。

「気持ちいいねぇ。ココにはカンゴウムシもいないし」

 ギオはカンゴウムシに反応した。連鎖的に深淵都市で流れるニュースが脳裏に浮かぶ。泉都市の住宅地にカンゴウムシが映り、リクビトの生活に被害が出ているといった内容が毎日流れていた。

「そんなに数が増えたのか?」

「もおおおお、すっごい! 至る所カンゴウムシだらけ、踏んで歩かないと行けないくらいだよ」

 あれから一週間経過したが、予想以上の数が泉都市に溢れている。市販の浄化水では歯が立たず、車で押しつぶしたり足で踏みつけたりして、とりあえず怪我をしないようにカンゴウムシを蹴散らすのが主流だった。

「今日もここに来る前に沢山踏んできた」

 瞬が靴を指差すと、ギオは気持ち悪そうに体を少し仰け反ったがすぐに元の座り形に戻す。詳しい事を聞こうと質問を投げかけた。

「改造されたカンゴウムシは毒性のものが多いと伝わってる」

「そうだよ。今のところ、死亡者は出てないけど、怪我人は出てるから、そう先のことじゃないね」

「お前は大丈夫なのか?」

 心配そうに尋ねられ、瞬はきょとんとした。

「何が?」

「アルに聞いたぞ。新種カンゴウムシのことを調べてんだろ。だったら病院に行く可能性があるだろーが」

「あー。それは気をつけてるから大丈夫だよ」

 そこまで言うと瞬は急にニヤニヤした。子供が恰好の玩具を手に入れた時のような笑みだ。


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