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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
31/56

張り込みのお使い

文字数1600くらい


 ここ数日、瞬は匠と自宅とを往復する毎日だった。朝6時起きで匠の家に行き書類整理。昼、匠の家で宿題。その後書類整理。夜7時以降家に一回帰り、9時に抜け出しホープ周辺のカンゴウムシ調査及び、午前2時に家に帰って就寝。

 何しろ、証拠資料が膨大でそれを全部まとめてデータに保存しなければならない。匠と協力して行っているが、それでも時間はあっという間に過ぎていく。報告書の書き方に沿って、詳細内容の構成から入っていく。七割匠が引き受けても、残り三割は瞬が請負っている。見出し、小見出し、説明文に分けて、なるべく分かりやすいように書き込んでいく。

 幾度となく匠の報告書作成に付き合ってきたが、これほど膨大な量は殆ど経験がなかった。何度も匠にチェックしてもらうが、本当に終わるのかと思うくらいだ。途中からへばってきた瞬を見かねて、大筋を書き始めてそれを入力する作業に切り替えてもらった。

「まぁ、こーいうのは慣れだよな。社会に出てどっかの会社に入れば、こんなの毎日やらされるさ」

 小休憩中、濃いブラック珈琲を飲みながら、匠がへたれている瞬の頭を撫でる。連日、夜になるまで作業をしている瞬は「うへーーー」と唸った。

「今の状況は、締め切り寸前の重要会議書類を作成中って感じだけどな」

 よくある、よくある、と続ける声を聞いて、瞬はもう一度「うへー」と唸った。

「相変わらずこれ面倒くさいよぉ」

「でも読みかえると分かりやすいだろ?」

「そうだけど……」

「アルも忙しいし、俺の依頼人も忙しい。だから必要だよな」

「分かってるよおおおお!」

 泣きそうな声を出しつつ、ペンで書かれた内容をひたすら入力していく瞬。早く終わらせなければ次に進めないので、やるしかない。この場で整理するにはちゃんとした理由がある。証拠を整理して渡さなければ、すぐに上の人に目を通してもらえないばかりか、整理する時間のロスが発生し、黒幕に気づかれる危険性が高くなるのだ。

(ガリウォントが黒幕だった場合だと、アルの動きもある程度把握できるだろうから、気づかれる危険性が高い)

 それにもっと上の階級人が本当の黒幕だという事もありえる。

「ねぇ匠。頼んでたガリウォントの身辺調査ってどんな感じ?」

「あー? そうだなぁー。明後日あたりに密会があるらしいぞー。俺用事重なって行けないから、瞬頼んだー」

「そっかーわかったー……」

 カタカタカタと入力して生返事していた瞬は「はぁ!?」と声を荒げた。

「誰と密会!?」

 手を止めて振り返る。匠は頬杖をつきつつ紙にペンを走らせている。彼はこちらを見ることなく言葉を続ける。

「さーあなぁ。それを確かめるためにヨロシク。この前行ったコンクリートコテージの場所で、深夜一時頃に行われるらしいぞ」

「どうやって分かったの?」

「盗聴器」

「うわぁ」

「お前も通信は気を付けろよ。アクアソフィーの内線は結構盗聴されること多いぞー」

 盗聴した本人が言うのだ、間違いないだろう。

「プライバシーはあってないようなもの」

「そうだなぁ。あってないようなものだな」

「さぁて、どうやって行こうかなー」

 車で行くとタイヤの跡が付くので、密会の時は送迎が期待できない。瞬は移動手段を検索し始めた。バスから徒歩で調べて最短ルートで三時間半といったところだ。野宿する準備もしないといけない。

(登山の準備しよーっと)

 瞬は入力を止めた。

「じゃぁ、一端登山準備してくるから、家に帰るね。あ、そうそう、移動費のお小遣いもちょうだい!」

 経費として落としてもらう気満々で催促すると、匠は一笑してから財布から必要以上の移動費を出す。お釣りで色々買えそうだと目を輝かせる瞬。

「わぁい! お金持ちー!」

 嬉々として受け取って、高々と万札を掲げる。

 子供らしい仕草に匠は微笑ましい視線を向けつつ「気を付けろよ」と言葉を続ける。瞬は札を掲げるのをやめて「うん」と頷く。

「勿論、ヘマしないように気を付けるよ」

 瞬はにやりと笑った。



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