アルに密告
文字数1600くらい
アクアソフィーに来た瞬はわき目もふらず環境警備課シフォン部長室へ赴いた。前もって連絡していたので、ノックをしながら「アル~~」と呼びかけると「どうぞ」とすぐに返事がくる。休憩中だったのか、アルは事務机の椅子の背もたれに背中を預けて背伸びをしている。来客が来るかどうか尋ねると「来ないよ」と言われたので、瞬は気兼ねなくソファーに腰を下ろした。
「お疲れ様。状況はどう?」
アルは瞬の傍に移動し、横へ座る。
「一週間くらい前にね」
瞬は早速本題に入った。まずは頼まれていた改造カンゴウムシについて、生息域と確認できる種類と大まかな数を知らせる。アルは苦い表情のままタブレットの地図を出して記載していく。
次は偶然遭遇した怪しい会話だ。そこからガリウォント=ゲマインが今回の改造虫に関与している疑いがあると報告する。アルは信じられないといわんばかりに首を左右に振る。それでも反論せずに瞬の話が終わるまで耳を傾け、思考を巡らせていたようだった。アルは半信半疑だったが、思い当たるフシがあるかどうか自身の記憶を探った。
そういえば、思い当たる節があるように思える。先月から続く東側の被れの木の件だ。被れの林が半分以上折れて倒れてしまい、毒素が一部の湖を汚染している。女神の浄化能力で処理に当たっているが、それよりも汚染の速度の方が速く、間に合っていないのが現状だ。その原因究明の指揮を取っているのがガリウォントであり、最近統率が取れていないと言っていたチームが、まさにそのチームである。
調査結果から推測すると、ガリウォントが改造虫と同じく被れの林に故意に細工したと考えらえる。だとすると、女神反逆者じゃないかとアルは頭痛を覚えた。何かと突っかかって嫌味を言って去ったり、罵倒された記憶が脳裏に蘇る。良い記憶はないが、それでも同僚であり同じ志を持つ者だ。反逆者になったとは考えられない。
「正直、信じられない」
ソファーに体を静め、手で顔を覆いながらアルはため息をつく。
「そりゃ、ゲマインさんは俺を毛嫌いしていたけど、女神様に仕えている兵士である事は間違いない。こんな事をしでかす人とは思えない」
一つの課を任され、責任のある立場に就いた人物に悪人はいない、と思いたいのが心情だ。
「そうだよねぇ」
瞬は困ったようにアルを見つめた。絶対にショックを受けると思っていたが、実際見るとこちらもきゅぅぅっと胸が痛む。
でも、それとこれとはまた別だ。疑いがあるなら、納得するまで調べてみるのが瞬のやり方だ。。
(アルが躊躇うなら自分がやるまで)
キリッと表情を引き締めると、落胆しているアルに呼びかけた。
「信じられないのは分かってる。だから、もう少しそいつを探ってみるよ」
アルは体を起こして瞬を見つつ、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「すまない」
「いいって、楽しんでるから」
不謹慎な言葉を口にしたが、アルは笑みを浮かべる。
「何かあったら俺が責任とるから」
「やだなぁ。そんな失敗しないって~」
瞬は笑ってアルの背中をポンと叩く。アルを守るために失敗は絶対にしない。二人で見つめ合って微笑み合って数秒、瞬は話題を変えた。
「そうだアル。私が取ってきた改造カンゴウムシって、どこで調べてるの?」
「それなら、環境課の研究室だ」
「場所は?」
「カンゴウムシ研究室でリクビトと共同の研究室だ。この近くにある階段を上がってすぐの場所だ」
「それ以外はムシいってない?」
「あとはメガトポリスにも研究室がいくつかあって、解剖や育成されているみたいだけど、アクアソフィーは今言った場所以外に無いよ。両方とも捕獲したカンゴウムシの種類と数を報告する義務があるし、どんな実験や解剖をするか事前に提出する必要がある。逃走防止のため研究室以外の持ち出しもほぼ禁止。申請があれば他の実験場に持ち込めるけど、そんな話は聞いてないなぁ」
見定めるような瞳で瞬はさらに念を押す。
「カンゴウムシ研究室以外、改造されたムシはいないって断言できる?」
アルは自信を持って「ああ」と答えた。
「じゃ、話を戻すわ。開発研究って知ってる?」
「どこの地区だ?」
「東側」
「あそこは主に生活汚水について研究している場所だ。汚染が過ぎるとカンゴウムシの発生原因にもなりかねない」
キランと瞬の目が悪どく輝いた。アルは一瞬の輝きを見逃さず露骨に嫌そうな顔をする。あのキランは悪事を練っているシグナルだ。
「……何か企んでるのか?」
「え?」




