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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
19/56

夏休みの始まり


 時間は家族会議より数日遡る。

 学校の期末試験がで学業が優先になった瞬は、匠にデータを渡して好きなようにしてもらうことにした。のんびり待ってるつもりだったが、試験期間が始まってすぐに匠から『声の主を突き止めた』と連絡がきた。

 よりによって最悪なタイミングである。

 すぐに行きたかったのだが、行ったらしばらくは帰ってこないだろうと容易に想像がつく。心のなかで葛藤していると、匠から『すぐに来なくても大丈夫』と言われたので、夏休みまで我慢することにした。高成績を修めなければ夏休みの行動が制限される。欠席して赤点になると自分の首を絞めることになる。なので、後ろ髪引かれつつもしっかりテストに臨んだ。

 全力で打ち込んだ期末試験。ほとんどが90点以上の中、唯一の心配であった理科のテストも無事80点以上とれていた。

(これなら、父さんも母さんも文句はないだろう)

 意気揚揚とテストの点を親に見せびらかして褒めてもらった後、しばらく家で大人しくする。両親の心情が理解できるからだ。あくまで趣味を楽しくやりたいだけで親不孝をするつもりはない。早く時間が経たないかなぁ~と物思いに耽りながら、やっと待ちに待った終業式。夏休みの始まりだ。これで時間に制限されることなく自由に動き回れる。

 毎年恒例の家族会議があったが、匠を家に招待したいと言われただけで、あとは特に問題なかった。

「遊びに行ってきまーす!」

 夏休みの初日、とっとと匠の所へ向かう。

(一体、誰が犯人だったんだろう)

 瞬の心はワクワクで満ちていた。


 伊東匠(いとうたくみ)という自称探偵は隣町にあるコースモース荘というアパートに住んでいる。

 四角い黄土色の外壁のマンションのような外見だった。緑色の蔓が大家の庭から伸びているので、少し古い建物に見えるが実は築10年で新しい。四階建てで、エレベーターと階段が設置されている。屋上はあるが入り口が閉められている。各階ごとに三つの居住スペースが作られ広さは5LDK。生活空間としては申し分ないスペースだ。フロアも階段も明るく清潔で防犯カメラまでついていた。

 瞬は階段を上り二階へ到着すると、階段の一番手前にある若芽色のドアに立ちインターホンのボタンを押す。ここが匠の家だ。チャイムが鳴ると、インターホンからすぐに女性が応答した。瞬が名を告げるとすぐにドアが開く。

「瞬、いらっしゃい。匠が待っているわよ」

 出迎えてくれたのは倉田あき子、リクビト女性で二十二歳。匠の彼女で四年前から同棲中。殆ど奥さんの状態なのだが、本人達曰く『結婚はしない』らしい。大人っぽい顔つきで吊り目が特徴的な知的美人。年齢よりも四つほど年上に見られているが、本人は美人だから年上に見られるのよねと気にしていない。身長は高めで体つきはとても女らしいが、胸が少々小さいのが悩みらしく、巨乳を恨んでいるとかいないとか。細かい事を気にしない性格で面倒見が良く、細部まで気配りする。冗談か真剣か分かりづらい言動が多いが、真顔でむちゃくちゃな事を言う時は大抵冗談だ。茶目っ気があるが、それが他者に伝わることが少ないため、損をしている部分がある。そんな彼女は珍しく黒髪の長髪を黄色染め、日中は強めの香水の香りがする。近くの化粧品店で週四回勤務しているのだが、その時に地味だと言われてしまい、一時的にイメチェンしているそうだ。

「こんにちは、あき子さん。お邪魔します」

「はい、どうぞ」

 促され、瞬は軽く頭を下げながら中へ入る。そのまま真っ直ぐの短い廊下を歩くとリビングに到着した。ダイニングキッチンから鼻腔をくすぐる良い匂いがする。リビングに入ってすぐに目に入るのはベランダに続く大きな窓。白いカーテンが強い日差しをやんわりと遮っていた。窓の横にはテレビと飾り棚。そして赤い色のコタツテーブルにオレンジが強い茶色のソファーがテレビの対面に置かれていた。

「飲物用意するわね」

「ヨロシクでーす」

 あき子の姿を目で追うと、左側にある白を基調としたカウンターキッチンにむかった。食器棚からガラスのコップを取り出して、冷蔵庫から麦茶を取り出す。瞬はリビング入り口の電話が置かれた小さな引き出し棚を通り過ぎながら、ソファーに座ってテレビを見ている男性に声をかけた。




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