棚から牡丹餅
文字数1400くらい
「計画通りカンゴウムシは増殖しつつけ、近いうちに泉都市を飲みこむでしょう」
今度は確実に聞こえた。ただならぬ発言を一言一句記録するために速やかに録音スイッチを押し息をひそめる。
(なんてラッキー! マジで内部にいたなんて。でもなんで声が聞こえるんだろう…………あ。あれだ)
研究室ドアからうっすら光の筋が溢れている。ドアが少し開いているようだ。だから防音対策をしている室内から声が聞こえたのだろう。キッチリ閉めていればこの小声が外に漏れることはなかったはずだ。
千載一遇のチャンスとばかりに、瞬はドアの音をたてないようにゆっくりと隙間を広げながら、録音機だけを入り口付近に忍ばせた。幸い、相手には気づかれていない。
顔が見えないかと隙間から中を覗いてみたが、人の姿は見えなかった。無理をすると潜んでいる事がバレる危険性があるので、覗くのを諦めて聞き耳をたてる。
足音が二つ、話し声は男性で二人だ。
「どんどん改造しろ。被害を出せば出すほど、こちらが優位に立つ」
「こいつらの生殖は普通のカンゴウムシのほぼ5倍です。あと一ヶ月もしない内に島全体を覆い尽くすことになります」
「毒性は強いらしいな」
「ええ、死に至らしめるくらいの毒を生成できるよう改良していますから。少し時間を頂ければ、次のカンゴウムシが出来上がります」
「そうか。お前らは優秀な研究者だな。最短ではどのくらいで実行可能になりそうだ?」
「はい、早くて……あと一週間、遅くても三週間には達する予定です」
「ふん、順調のようだな」
「お褒めに預かり光栄です」
黒幕かどうかわからないが、兵士の中に今回の事件を計画した人達がいる、ということがはっきりした。
(なんか自分が一番偉いぞ! って、思っているような低い声。ガラガラ声ってこんな感じをいうのかな。こいつの言い方や態度って偉そう。重役階級かも。もう一人はいかにも研究者ですって感じの落ち着いた感じ……)
瞬は内心ため息を吐く。この手のパターンは犯罪を証明するのが手間だ。
「これが成功したあかつきには――」
「分っている。だが、お前たちの働き次第だということを忘れるな」
しばらく聞いていると、カンゴウムシ制作計画の細かい段取り内容になった。
(お前たちって言ってたから、もっと仲間がいるんだ。最低でも3人以上……研究員も含まれるし、他の兵士や警護隊も噛んでいる可能性がある、っと。うーん、味方の中に敵かぁ。情報筒抜けだから偽装工作し放題ってやつだなぁ。これは証拠集め慎重しないと握りつぶされる)
時間を見ると15分ほど経過していた。そろそろこの辺りに見回りの兵士がやってくるだろう、潮時だ。彼らの話はまだ続いているが、録音機をこのまま置いていくわけにはいかない。
とりあえず今日のところは引き上げだ。素早く録音機を回収し、瞬はこそこそとその場から離れた。
いくつか角を曲がり、研究室が完全に見えなくなって、瞬はホッとため息を吐いた。
(うん。最初から気配を消してたから、バレずに済んだみたい)
本気で潜めば武術の達人でも気づかれないと、匠から太鼓判を押されている。多分、あっち側に瞬の存在はバレていないだろう。今の段階で気づかれて証拠隠滅されてはたまったものではない。折角の手がかり、そのまま掴んでおきたい。
(さて、アルはいるかなー。今の事を話して…………)
当初の目的であるアルの所へ行こうとして、瞬は足を止める。
(でも、犯人の断定を先にしてからアルに言う方がいいかも……? うん、絶対に良い! どのみち、これよりも深く足を突っ込むなら、私一人じゃちょっと役不足だから、匠に頼ろう)
瞬は目的地を変更して匠の家に向かう事にした。
彼女の師匠でもある匠に、助言と協力を求めるために。




