お友達になった
文字数2600程度です。
握手を終えると、芙美はズイっと瞬に近寄った。
好奇心を抑えられないのか、興奮して頬が赤くなっている。
「じゃあ瞬、色々質問してもいい!?」
「うん? 何を?」
若干距離を取って瞬は聞き返した。少し笑顔が引きつっているのは、ちょっとだけ警戒したからだ。
「なんでいつも授業サボってるの? みんなが噂するように不良だから? でも私が思うに瞬は不良じゃないわよねぇ? 出席日数はギリギリでも成績は常に学年トップだし。だから凄く不思議なの」
不良。そう呼ばれて瞬はうめくように頭を押えた。授業をさぼっているが、この学校で乱闘事件はまだ起こしていない。どこをどう捉えれば不良になるのやら。背びれ尾びれコワイと苦笑する。
他意はなく、単純に気になった程度の質問だったので、瞬はちゃんと答えた。
「うーん。授業サボると不良なら、私は不良なんだろうね。勝手に休むし、早退するし」
「うんうん、でも悪い子じゃないよね」
瞬は『悪い子』という単語に耐え切れず吹き出した。幼児イメージが浮かび消えてくれないので、そのまま声を殺して笑った。一分ほど笑ったあとに
「失礼。ツボった」
と芙美に断りを入れ、大きく咳ばらいをした。何がツボにはまったんだろう、と芙美は首を傾げる。
「悪い子じゃないね。いい子でもないけど」
と瞬が笑いながら付け加える。
「じゃぁ、芙美は授業や学校ってサボったことないの?」
「うん。学校楽しいから」
「いい事だ」
と頷くと、芙美がハッとした表情になる。
「まさか、過去に誰かにいじめられていたとか……? それがトラウマになって」
「ないないない」
瞬は即座に否定した。そんな奇特な輩がいれば全力で相手している。
芙美はホッとした表情になった。
「それならよかった。じゃあ、なんでサボってるの?」
うーん。と声を伸ばしながら瞬は言葉に詰まった。
学校をサボるのは趣味のため。一般には理解できない類なのでどう説明したらいいか迷う。
えーと……。と瞬が言葉を濁すと、芙美が直観力を発揮した。、
「何か理由があるのね! 人に言えない事なの? 困ってることなの?」
芙美は真剣な声色になりながら、ぺたんと横座りになり瞬に近づいた。拳の半分まで距離が縮まる。瞬はこころもち背中をそらして距離をあけた。グイグイくるが不思議なことに不快ではなかった。
瞬は話すべきか迷ったが、芙美の反応が見たいと欲求が浮かんだ。
「カンゴウムシの事」
瞬は喋ることにした。それで芙美が拒絶や拒否の態度をすれば、それで終わる話である。
「今ニュースでやっていることね! 今朝もやってた! 新種がいっぱい発見されたって! 凄い大変な事だって注意されてたよね!」
パッと芙美が反応する。好感触のように感じた。
「新種……」
(ついに新種が出たって認めちゃったんだ)
脳裏にアルが浮かぶ。予断を許さない状況と判断して上司を説得することに成功したようだ。
(やったねアル。お疲れ様)
心のなかで戦友にエール送る瞬。
「でも、それがどうしたの? カンゴウムシに気になることあるの?」
芙美は疑問に思ったことをそのまま口にした。
瞬はもう一度迷う。カンゴウムシに対する嫌悪感が少ないが、それでも調査していると知ったらドン引きされるかもしれない。でも平気かもしれない。ダメ元で言ってみた。
「もし、もしーも、新種って言われてるカンゴウムシ。実は改良されたってわかったら芙美はどう思う? 改造した目的ってなんだと思う?」
「え?」
予想外の言葉を聞いて、芙美は言葉に詰まった。
見た目とか、新種ってなんだろうという、クラスでも賑わったありふれた話ではなく。改良、すなわち人の手が加わり放たれたモノだと言われてしまった。もしや、からかわれているのかな。という感情が脳裏をよぎったが。
言葉を濁しながら話した瞬の様子を考慮すると、本気であるとわかる。
芙美は、うーん。と唸りながら腕を組んで考える。頭からぷしゅーと蒸気が上がる気分だった。
考え込んだ芙美を見て、瞬は五分五分という結論に至った。信じていないが否定もしない。良いほうだと微苦笑を浮かべる。
「あはは。ごめんね。変な事聞いて。なしなし」
「瞬、ちょっと待って。うーんと、うーんとぉ」
質問をなかったことにしようとした瞬を、芙美は制す。まだ真面目に考えている途中だ。
単純な質問ではないと、なんとなく理解している。きっと本当に思い浮かばないから聞いているのだ、と芙美は思った。少しでも力になろうと、質問をよく考える。
それに、と芙美はチラッと瞬を見た。『ちょっと待って』と制した途端、瞬の雰囲気が少し変わった。当たり障りのない態度から、芙美に興味を持ったように少しだけ体が近づいた。
期待されたのかもしれない。と芙美の心臓がドキっとした。ここは意見の一つくらい捻りださないと。
芙美は一生懸命考えを巡らせて、うーん。と唸った。
「そうだね、改造するならリクビトじゃ無いと思う。カンゴウムシが増えると困るのはリクビトだって分かりきってるんだもん。犯人はミズナビトだ! リクビト困らせちゃおうな困ったちゃんがやったんだよきっと! 頭のキレる頭脳犯の単なる嫌がらせ!」
ドヤァァァ! と胸を張って芙美が言い切った。
言い切って。嫌がらせってそんなわけないよね、と己の発言が恥ずかしくなって顔が高揚していく。
「なるほど。やっぱりそう考えるよね。私もミズナビトが中心になって行動を起してるって思う」
「あ、あわわわわ、嫌がらせってレベルじゃないよね! ご、ごめんね!」
瞬が真面目に頷いたので、芙美はさらに顔を赤くして両手をパタパタ動かした。額に汗が浮かび上がってくる。
「ありがとう芙美。貴重な意見だよ。…………って、大丈夫? 顔真っ赤だけど」
「いや、その、なんでもない」
芙美は慌てて手の甲で額を拭う。
「役に立つなら嬉しい。でも、どうしてそんな事考えてるの?」
御尤もだ。瞬は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
ここで言葉を濁すのはいけない気がする。と思い、瞬は趣味について話すことにした。
「いや、実はさー。ドン引きされるかもしれないんだけど、私の趣味がカンゴウムシの観察や調査なんだぁ」
え? と呟き、芙美は吃驚して目を見開いた。
「だから、今回妙な増え方しているから不思議に思って、調べてる最中なんだよね」
「それって調べたらどうするの?」
「警護隊のご意見相談室に郵送する」
本当は『アルに報告する』なのだが、芙美に話すことではない。それっぽく適当に言っておけばいい。
「え!? そうなの!? じゃぁ瞬ってば、時々匿名でニュースに出てくる『事件解決に協力した市民の情報』っていう事をやってるの!?」
芙美はすんなり信じた。感心したように目を輝かせる。ピシピシと熱いまなざしが瞬の顔面に当たる。
「いやいや。そこまでしっかりした情報じゃなくて、あくまでも夏休みの研究資料みたいな感じで。こんなにいましたよー、危ないから何とかしてください的なものだよ」
これは嘘だ。
瞬は何度も事件解決の糸口になる情報提供している。しかしそれは知られてはならない項目の一つだ。
報復されないために、命を守るために、知られてはならない。
もちろん、家族にも秘密だ。瞬の活動を知っているのはごく一部の人のみだ。
「そっかー。でも凄いね行動的だわ! きっと調査で動いてもらうキッカケになる。そしていつか絶対ニュースに載るね! 瞬の名前がでたら録画しなきゃ!」
「…………へへへ、そうだといいな」
瞬が笑ってごまかした。
芙美はつられたように笑顔を浮かべる。
「話してくれてありがとう。瞬の事が少しわかった気がする。話しやすくて面白い人って知る事が出来て良かった!」
瞬は面食らった。ほんの少し言葉を失って、慌ててにこりと笑う。
「こちらこそ、話ができて楽しかった」
キーンコーンカーンコーン
四時間目開始のチャイムが鳴り始める。ハッとして芙美は立ち上がり、瞬を見下ろす。
「あ! 授業! 古林さん! 授業始まるよ!」
「そうだね。次は出ようかな」
「そうこなくっちゃ! カンゴウムシの話、昼休憩でまた聞かせてね!」
芙美に言葉に目を丸くする瞬。そんな彼女に芙美はウインク一つ。
「調べてるならまだお話あるでしょ? 私も凄く気になってるから教えてよ!」
「よしきた! 貴重なご意見伺おうかな!」
瞬はスカートについた埃を払って立ち上がった。
まだまだ二人は子供の延長線かもしれない。




