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屋上の君

陰口というのは、陰で、つまり本人のいないところで言うから陰口であって、


「邪魔」

「退けよ」


本人の前で言ったら、それはもう陰口ではない。


「あ?うっせぇな。てめぇらがうせろ」


なぁんて、僕が言えるわけもなく…、


「…すいません」


こういうので精いっぱいだ。


「おい、聞いた?すいません、だって~。」

「え?何か言った?美鶴く~ん?」


奥歯をかみしめ、上履きの先を見る。


(大丈夫、大丈夫。泣かない。)


「すいません」


声は少し震えたが先ほどよりは大きな声で言えた。そして、僕はそれを言い終えると同時に少し先にあった階段を駆け上がる。後ろからは馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。


あと少し―――


残り3段の階段を一気に駆け上がり扉を開ける。一面に見えるのは美しい青空。


今、この空をここで見ているのは僕―――と、もう一人…。


「大地!」


扉の上、屋上でも人気は高いところに大地はいた。根本は黒く、毛先は赤い髪。耳には痛そうなほどピアスがある。制服は着崩されていた。ただ、元がいいだけにやけにその姿が道に入ってた。


「あ?…美鶴か」

「また、今日もここにいたの?」


梯子を上りながら訪ねる


「あぁ」


ぶっきらぼうな返事はいつものことなので気にならない。


「留年するよ~」

「しねぇえよ」


やっと登りきった上に大地は寝そべっていた。そっと近づき、覗き込む。


「授業出ようよ~」

「…」


ぐるっと、大地は僕に背を向けた。僕には聞こえてしまった。大地が『あいつらも、俺がいないほうがいいと思ってる』と…。


大地は僕とは違って、正真正銘「陰口」を言われる人だ。ただ、それは雰囲気やちょっとした立居ぶるまいから本人に伝わってしまう。ゆえに、大地は一人だった。

入学してすぐ、大地は暴力事件を起こした。実際は、彼のせいではないのだが、一度張られたレッテルはなかなか消えない。大地の場合、その容姿も助長させた原因かもしれない。そのせいで、クラスでの居心地が悪くなり、彼はよくここ――屋上――で過ごすようになった。と、ここまではあくまでも僕が彼からどうにか聞き出したことだ。


一見接点のなさそうな僕と大地が知り合ったのはほんの偶然だった。


僕はその日もいじめられていた。陰口なんてかわいいものじゃなくて、僕の体育着が切り刻まれてた。それが初めてだったから、正直かなりショックを受けた。もう、なんかどうでもよくなって、授業なんてどうでもいいや、って思った。ただ、僕にはいく当てがなかった。今日は平日だから、制服で町にいるのもあれだし、家には母さんがいるし…。そうやって思ってたら何となく、ただ何となく足が屋上に向いてた。自殺しようとか、そんなんじゃなくて。ただ一人になりたかった。


扉を開けた先は、今日と同じぐらいきれいな空だった。それを見たら、なんかどうでもよくなったのを覚えてる。悲しいとか、つらいとか、なんか、どうでもいいやって…。


ガタッ―――


はっとして振り返ったらそこには何もなくて、正直「っえ?」って思った。


そしたら、そのうちガタガタッてリズムよく音が鳴って黒い塊…、もとい、大地が表れた。


「…」

「…」


息をするのを忘れたように僕と大地は視線を交差させたまま、互いに動かなかった。いや、僕の場合動けなかった。その時僕が知っていた大地は、あくまでうわさで聞いた「怖い人」だったから、正直やばいって思った。


「―――、あ。と…。す、すいませんっ!」


はっとして、あわてて回れ右。いざ、走り出そうとしたら大地の手が僕の方にがっちりと。


(ひいぃぃぃ!!)


まるでロボットのように僕は振り返った。


(あ、あれ?怒ってない??)


そこには想像と違った顔があった。


「別にかまわない…。」


そういって、大地は僕を追い越し扉の先に消えていった。


その時からだった。僕が何かあるたびに屋上に行くようになったのは。大抵そこには大地がいて、でも何も聞かなかった。それが僕には心地よかった。



あるとき、僕はトイレで水をかけられた。その時も屋上に行った。

大地は何も言わずに、自分の上着とタオルを僕に渡した。


ふと、僕の中の何か糸が切れたように、僕は大地にすがりついて泣いた。無性に悲しかった。


そうして僕と大地の奇妙な関係は始まった。

大地は口数こそは多くはないが、僕が話せば必ず聞いてくれた。



あるとき大地が「美鶴はいじめたくなる」なる発言をしたとき、僕は「は?」って感じだった。でも、よくよく話を聞くと納得した。結局、僕は大地からどうしたらいじめられないのか教えてもらい、最近やっと大きないじめが減ってきた。


だから、僕にとっていつの間にか大地はなくてはならない存在になっていた。これが友情なのかは、大地が僕をどう思っているかによるけど、知り合い程度には思ってくれてるんじゃないかな?まぁ、これは僕の勝手な想像だけど・・・。でも、最近僕と大地が屋上で会っていることが周りに気づかれてきた。


それがどうってわけじゃないんだけど…、なんか、何となく嫌だなって…。


「おい!」


加減されていない力で肩をつかまれた


痛い…


正直、むっとしたけど、それを顔に出したらまたなんか言われると思い、ぐっと我慢。


「お前さぁ~、斉藤の何?」


斉藤っていうのは大地のことで。てか、第一になんでお前呼ばわりなんだろう。なんで彼はこんなに上から目線なのだろう。


何って聞かれても困る。さっきまで考えていたんだよ、それについて…。


「と、友だ…、ち?」


首をかしげつつ言えば相手は爆笑。


「パシリの間違いだろ~斉藤かわいそ~」


とやかく言うなら大地に聞けばいいだろ。それもできないくせに…。

――悔しい。

ぐっと下唇をかみしめ耐える。自分でも、なんでこんなに悔しいのかよくわからないが、こんな何も知らない人間に僕と大地をバカにされて嬉しいわけがない。


できる限りの力で肩の手をはがす。

何も言わす、僕は無言で彼らの元を去った。


「あ、おい!」

「鈴木!」


うるさい。無性にそんな言葉が頭の中を埋めた。



――――


正直自分と関係の薄い人間からの何とも言えない視線は嫌だ。世に携帯末端が普及した現代、陰口はそんなところにも広がっていた。僕と大地が屋上で話している様子を撮影した写真がクラスのページに張られていた。誰がとったかはわからない。ただ、写真を見る限り屋上の一つ下―――4階―――の渡り廊下周辺であると推測できる。正直、こんな状況で大地と会うことはためらわれる。どうしたものか…。残念ながら僕には抵抗するすべがない。


悪いこととは重なることで、僕が屋上に行くのを自重して2日。昼休みのことだった。教室で一人さびしく弁当を広げていると、扉のほうが騒がしくなった。僕は別段気にもせず黙々と弁当を異に収める。


(いつもなら屋上に言ったけどな~。大地いるかなぁ・・・)


「美鶴」


反射的に顔を上げるとそこには大地がいた。一瞬にして血が下がっていく。


(まずいっ)


「これ」


そういって大地が差し出してきたのはおととい僕が屋上に忘れた小説だった。学校の図書館から借りているそれは、なくて困っていたものだった。


「ありがとう」


そういいつつ大地から本を受け取る。ただし、うつむきつつ。


(ダメだ。下手に仲良さそうにするとあいつらの思うツボだっ)


「美鶴?」


そんな状況を知ってか知らずか、大地は気遣わしげにかがみこむ。


「な、なに?」


伝わってくれ…。


「…」

「…」


無言の応酬


―――カシャッ


音がしたと思った。近くにいたクラスメイトの盛っていたケータイから。


(――――っ)


周りからはやし立てる声。ただ、それは一瞬のことだった


大地が沢口―――クラスメイト―――の手首をひねりあげた。


「ゔ…い、―-っ」


その横顔はいつも僕の見る大地の顔じゃなくて、怖かった。


「消せ」


聞いたことのない声で、見たことのない表情で。いつの間にか教室は静まり返っていた。


「聞こえねぇの?…消せ」


怒鳴っているとかじゃないんだけど、静かに言う大地のこえは、威圧的で僕もびくってなった。

いつまでも動かない、いや、動けない沢口にしびれを切らしたのか、大地はその手からケータイを取り上げるとカバーを外し、SDを出した。沢口はあわてたように、何か言ってるけど、大地はそれを床に置くと上履きの裏でばきって踏んだ


みんな息をひそめてその行為を見ていたが、やっぱり教室は静かなままだったどこか大地を恐れる空気。


…正直、僕も大地が怖かった


僕が口を開こうとした瞬間、大地は僕の顔を一瞬見て踵を返した


「…あ、だ、大地っ!」


十分僕のこえは届いているはずなのに、大地は止まらない。僕は小走りで大地のもとに向かう。もともとのコンパスの差で差は少しずつしか縮まらない。


「っいち!」


やっと大地に追いついたのは屋上に続くドアの前。制服の裾をギュッとつかむ。大地は振り向きもしないどころか、そのまま屋上の扉を開け、外に出る。僕は後ろから大地の大きな背中に抱きついて、大地の歩みを止めさせる。


「ごめん、大地…。」


顔を大きな背中にうずめて言う。


「……」


前に回った僕の手に大地の手がかぶさり、ゆっくりと離される。振り返った大地の顔はどこか悲しそうで僕はもう一度「ごめん」といった。そっと大地の頬を手で触れると大地は目を閉じた。なんていえばいいのかなんてわからなくて、思っていることを伝える。


「教室のとき、届きに来てくれたのに避けてごめん…。さっきの大地怖かった。知らない人みたいだった。」


そういうと大地の顔が悲しげにゆがむ。


「びっくりしたし、怖かった。でも、でも、嬉しかった。…ありがと」


大地がゆっくりと息を吐いた。


「ここに来ないのはわかってたんだ」


ぽつり、ポツリと紡がれる言葉。


「しょうがないってことも…。でも、なんか会いたくなって。教室まで行った…。周りのやつ気にして、こっち見ないお前にむかついた…。」

「…うん」

「でも、そのあと、周りのやつよりも、お前に怖いって目で見られて、むかついたっつーか、いやっつーか…、俺にもよくわかんねぇ」

「ごめん…」


風の音に消されてしまいそうな声。


「美鶴…。”…――――。”」


耳元でささやかれた言葉。嬉しいのか、悲しいのか、胸の中に熱いものがあふれてくる。

きっとそれは、もうずっと気づいていたのかもしれない。ずっと前から…。気づかないふりしてたのかもしれない。


大地の背中に手を回す。大地の手も優しく僕の体を包む。


背伸びをして大地の耳元に顔を寄せる。


風がかけてゆく。


大地にしか聞こえない声でささやく。



「僕も…」



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