アトリアを見つけたら
「国に帰って実家を継がなきゃいけなくなったんだ」
「そうなんだ」
レオは私の仲間の冒険者だ。この辺じゃ結構な実力者で、二年ぐらい前からの知り合い。
とは言っても、私とは正式なパーティーってわけでもない。なにせ、実力が違いすぎるので。たまに一緒に仕事をしている、それぐらいの関係だ。
とうとう来たかー、と思う。レオはこの国の人ではないので、いつかはこうなるのだと、予感はあった。
レオは何かを言いたげに口をパクパクさせてから気まずそうに喋り出した。
「リアさえ良ければ……一緒に、来ないか。何とかは、するから」
「……行かないよ」
一瞬息が止まりそうになったが、思いの他スムーズに返事をする事ができた。勝手に口が動いたとも言える。
私は一緒に行くことが出来ない。
私は彼の恋人ではない。「付き合ってください」「はい」のやりとりがなければ、付き合っていることにはならない。
かと言って、爛れた関係ってわけでもない。なんだか妙に距離感の近い、友達以上……ってやつ。
「……そう、か。悪いな、変なこと言って」
レオはとても、とても傷ついた顔をした。断られるとは思ってなかったのかもしれない。
「じゃあね」
手をついて立ち上がった時に、腕にはめている金のバングルがぶつかってガチャ、と嫌な音を立てる。
ひらひらと手をふって、彼に背を向ける。
ドアの近くで様子を伺っていたらしい、レオの仲間の弓使いが何とも──何とも言えない目で私を見た。彼は多分「リア」のことはどうでもよくて、単純にレオがかわいそうな感じになっているのが嫌なんだと思う。
「レオのことは、よろしく」
向こうからしてみると「言われるまでもない」って感じかな。
酒場を出て、一人暮らしの家にトボトボと戻っている最中に「もしかして一緒に行こうって『家業に関わる仕事』を斡旋してくれるって意味か?」と思い、立ち止まる。
いやしかし、それはない。流石にさっきの空気はそんなノリではなかった。
──やっぱり、戻ろうかな。そして「私を連れて行って!」と頼もうか。
前述の通り、私は彼の恋人ではない。今までに、手を出されたことすらない。だから、そんな事はこれからも起きないと思っていたのだが、いざ離別が近づくと、彼もその気になったのかもしれない。
「でも、やっぱダメだ。もう、潮時だね」
そう自分に言い聞かせて、再び歩き出す。
私は彼に相応しくない。
私は家を追い出された、家なき子だ。カッコよく言うと「追放」ってやつ。王都の中での話だけど。
別に何か悪いことをしたわけではない。強いて言うならば──
使いどころがなかった。
私はわりとお金のある、けれど大して権力のない伯爵家に生まれた。そう。今となっては誰も信じないだろうし、自分でさえ疑わしいと思うけれど──
私は、伯爵令嬢だった。
この国では、いや大陸すべてがそうだけれど。「名前」はすべて神が決める。
産まれた時に教会に連れていかれ、「洗礼」を受ける。それはタダなので、誰でもできるし後でもできる。
その時、神様からひとりずつ名前を貰うのだ。
私の名前もそうだ。南に行くと見える、明るい星の名前。このあたりじゃ見えないけどね。
そして、神さまはもう一つお節介を焼いてくれる。何と「運命のお相手」の名前まで教えてくれるのだ。
しかし気の毒な事に私には「相手」がいなかった。神様は、私のお相手については、だんまりで何も言ってくれなかったのだ。
そう言う事は、ままある。
生きている間に、途中で見つかることもある。どこか遠い国にいたとか、名前を隠して生きていたとか、年下だったとか。
でも、劇的だからお話になるのであって、私は自分の人生に、そこまでロマンチックなものを期待していない。
普通の一般市民は気にしない。必ずしも「相手」とうまく行くわけではないし、ほとんどの場合において、同じ名前の人は大勢いるからだ。
その取り決めを無視しようが、受け入れようが、すべて自分次第ってわけ。
でも、貴族社会ではそうはいかなかった。
魔力のある人とない人がいて、魔力持ちは貴族に多い。そして、正しき「相手」じゃないと、魔力を継承できないのだと言うのだ。
嘘っぱちとか迷信と言われようと、神なる御方は存在するわけで、この国の貴族制度はそれで回っている。
どこかの国の王子様なんて「相手」がいないから、大変なことになったらしい。
私が「追放」されたのもそのせいだ。貴族の中に結婚相手が見つからないから。
お母さんは伯爵家の一人娘で、婿を取った。もちろん私の父だ。
神様が決めたその結婚はあんまりうまくいかなかったし、私が「出来損ない」だから、家の空気は最悪だった。
そんなこんなで私はひねくれて育ってしまったのだけれど、子供の頃はまだ良かった。
お母さんが死んだ。そして、婿である父は後妻を取った。母はソラリアで、継母もソラリアだ。冗談キッツい。
でも、父にとっては後妻の方が運命の人だったみたいで、二人は仲が良かった。まあ、共通の敵こと私がいたからだけど。
そんなこんなで妹が産まれて、その「お相手」はうちより格上の公爵様だった。父は大喜びで、妹を跡取りに据えることにした。もちろん、元々の伯爵家の血筋は私だけ、って事実はあえて無視して。
つまりは「お家乗っ取り」だ。そして私はポイッとされた。「出来損ないの役立たずの無愛想な金食い虫」だからね。
だから結局、運命とか、そんなのはない。
ないけれど、私が役に立たない落ちこぼれだってのは、とてもはっきりしている。
そんな訳で、レオについて行くことはできないのだ。
彼は多くを語らない。語らないと言うことは、私と同じように、何かを隠しているって訳だ。名前とか、家とか。
レオは多分いい家の、それも私よりずっといい家の出身だと思う。そのくらいは、見ていればわかる。
きっと、最後の火遊びとか、そんな感じの「人生勉強」のために、この国で過ごしていたのだ。
それならきっと、ちゃんとしたお相手がいて。だって、家業を継ぐってのは、そう言うことでしょ。
一緒に行こうと言うのは、愛人になれと言う事だ。お金持ちの人は沢山奥さんがいてもいいし、それが人助けになると言う人もいる。でも、ついて行ったところできっと私はいらない子扱いだろうし、レオは悪者になってしまう。そんな悲しい生活はまっぴらごめんだ。
だから私は、彼についていかない。
私はレオのことが好きだった。過去形にしてしまったけれど、今でもそうだ。
家を追い出されてすぐ、さすがの私も精神がまいってしまい、することもなく教会の椅子に座ってぼへーっとしていた。
『大丈夫?』
その時声をかけてきたのがレオだ。普通に怪しいと思ったので、素っ気ない態度を取った。
しかし、私は次の日も同じ場所でぼんやりしていたので、レオは私に行くところがないのだと理解したみたいだった。
あんまりしつこく質問してくるので「家出」して行くところがない事、ちょっとだけ治癒魔法が使える事を教えた。
彼は仕事を紹介してくれた。教会が経営している救護院──身よりのない人が行く病院みたいなところ。
仕事はまあまあで、嫌なこともあったけど普通に感謝もされたので、うん、悪くはなかった。レオがたまに様子を見にきてくれたので、さすがの私も大分ときめいた。
でも救護院の経営状態は最悪で、寄付なんかじゃ到底追いつかないし、魔力もすぐに枯れてしまう。そこで私は、王都の外へ薬草を取りに行く事にした。
冒険者デビューってやつだ。思えば私は、本当に馬鹿だったのだと思う。
この辺じゃ滅多に出ないらしい猛獣が現れて、私は必死に逃げたけれど、腕に噛み付かれて、もうダメだ──と思ったその時。
一本の矢が「そいつ」を撃ち抜いた。
レオ……ではなくその仲間。現実はそこまでうまくハマるようにできていない。
もちろん、レオが遠くでとっくみ合いをしている私と猛獣を見つけて、頼んでくれたからなんだけれど。
私はボロボロの血みどろで、薬草を握りしめたまま運ばれて、手厚い治療を受けた。地獄の沙汰も金次第、とはよく言ったもので。傷はすっかり良くなった。
レオは寄付の金額が少ないせいで、私を危険な目に合わせてしまったと言った。
それとこれとは全く関係がないし、そんなことをレオがする必要もないのだが、その申し訳なさそうな顔を見て、私は彼のことがすごく好きになってしまった。我ながら、ちょろいと思う。いや、ちょろくもないか。
レオは、自分がいないときにお金に困ったら、と言ってどこかのダンジョンで拾ったと言う金のバングルをくれた。彼の瞳の色と同じペリドットが嵌っていて、魔除けの効果もあると言うご立派な代物だ。
この人、もしかして、私のことが好きだったりするのかしら。
そんな希望的観測を抱かないでもなかったが、見ている限りレオは誰にでも優しくてモテていたので、私の勘違いなんだなと思うことにした。
でも、彼の周りの女の子たちの中で、治癒魔法を使えるのは私だけだったので、商隊の護衛とか、魔物に襲われた村の救助とか、そう言った依頼の時に誘われるのは私だけで、その事実は私のみみっちい自尊心を満足させた。
それも全て、思い出だ。彼はきっと、遠い世界の人だった。神様がひねくれた私にくれた、生きていくための美しい思い出。それがレオだ。
彼はいなくなってしまった。いつ故郷に戻ったのか、私は知らない。
レオの仲間だった弓使いと重戦士は、たまにこの辺で見かける。ごくまれに言葉を交わすけれど、そもそも仲が悪くなければ、良くもない。レオがいなければ、他人もいいところである。
レオは少なくないお金──ドラゴンだかデーモンだかを倒したお金を残していってくれた。返すあてもないので、私はありがたく冒険者を引退することにした。格上の相手に色々補助してもらって場数を踏んで魔力を上げても、私の実力は中の中、B級冒険者。
危険な城壁の外に行かなくても、治癒魔法が使えれば仕事なんていくらでもある。
その事実には流石の私も途中で気がついたけれど、冒険者を辞めるつもりはなかった。どんなに強くても、不測の事態ってものは、あるからね。
それも全て、過去の話。
私はずっとここにいるし、レオは故郷に戻った。もう二度と会うこともないだろう。
街はいろんな話題で賑わっている。
最近は南の国の、例の相手がいなくて大変なことになった王子様に「相手」が見つかって、それがこの国にいたらしい──ってことで、女子はみんなその話をしている。
やっぱり、王子様ともなれば神様はロマンチックな運命をプレゼントしてくれるものだ。
そんな事を考えながら中庭で洗濯をしていると、急に騒がしくなる。誰かが来たらしい。
「アトリア!」
本名を呼ばれて、思わず振り返る。誰かは、もちろんわかっている。
「……何でしょう、伯爵夫人」
私は元の屋敷に連れてこられた。
そう言うと無理やり拐われたみたいだけれど、実際は気持ち悪くなるほどに丁寧だった。なんでも「南の国の王子様」の「お相手」が私だと言う事がわかったそうだ。
「いやあよかった、よかった」
血縁上の父は、額の汗を拭きながら未だかつて見たことがないぐらいの笑顔だった。私にとっては、まったく良くない。まあ、気持ちは分からなくもないけれど。
「この国」にいる「アトリア」の名を持つ、16歳から20歳の女性。
それに当てはまるのが「私」しかいないそうだ。
そんな馬鹿なこと、ありえる訳ないでしょと思ったが、悲しいことに事実のようだ。
「王位継承権は放棄されているそうだが、それでも大貴族であることには変わりない。王族と関わりが持てるんだ!」
こんな、この世の俗っぽいところを全て煮詰めたようなオッサンがこんなに運がいいのは不公平ではないか。私は神に向かって悪態をついてみた。
しかし、天罰は起こらなかった。浮気ヤローの汚職ヤローで、娘を捨てて、利用できそうとなるとまた拾ってくるような男の娘のお相手は両方格上の家で、この国の公爵と南の国の王族と縁を繋ぐことができて、この家は栄える。
そんな訳あるか。少なくとも私は、そんな展開はまっぴらごめんです。
私は父に対して、仕返しをすることにした。大人しいフリをして、途中で逃げ出すのだ。これにはちゃんと、それなりの理由がある。
私を迎えにきた使節の一団は、王子の婚約者を迎えにきたようには思えないもので、あんまりやる気が感じられなかった。だって、護衛にレオの元仲間の弓使いを雇い入れているぐらいだし。
南の国だって、いるんだかいないんだか分からない王子様のお相手が今更見つかったところで、権力争いもとっくに終わっているし、もしかして一般人の愛人なんかを囲っているのかもしれない。
つまり私は別に必要とされてないんじゃないかって考えたのだ。そもそも、王子様の「レオナルド」って名前が、普通に考えて無理。
私は夜中、こっそりと窓を伝って逃げ出した。財産は全て、教会に隠してある。
芸は身を助けるとはよく言ったもので。冒険者時代に積んだ経験が、こんなにも役に立つとは思っていなかった。
教会では、シスターが暗がりの中で祈りを捧げていた。私が入ると、振り向き、微笑みかけてきた。
「さようなら、シスター」
「さようなら、アトリア。あなたに星の加護がありますように」
加護なんて、あるわけねー。と毒づきそうになったが、この教会で起きたことは大体いいことだったので、思い直す。
一人暮らしをしていた時の家財とかは持っていけないので寄付する。持てるだけのお金と、冒険者時代の装備と、金のバングル。
それだけを持って、港へ行く。朝日と共に出港する船に乗って、行方をくらます準備はできている。
一応、弓使いに手紙は残しておいた。要約すると、うちのクソ親父と縁を結ばせるのは南の王家とこの国に大変申し訳ありませんので、私は消えます、とかそんな内容だ。
じっと、船室で息を殺して時が過ぎるのを待つ。出航の汽笛が鳴り、船がゆっくりと動き出すのを感じる。
積荷の影からそっと港の様子を伺うと、弓使いらしき人影がこちらを見て何かを叫んでいる。
追ってくるかもしれないとは思ったけれど、あいつがあんなに仕事熱心だとは知らなかった。残してある手紙、彼は見てくれたのだろうか?
しかし、船は動き出している。申し訳ない事は申し訳ないのだけれど、クソ親父の娘はクソ娘なので、関係者のみなさま方におかれましては、存分にあいつを処罰してやってほしい。
陸地が見えなくなって、もう捕まらないとわかると、急にスッキリした気持ちになった。
「あーはっはっは、ざまあーーーー」
とりあえず、叫んでみる。水夫がギョッとした目でこっちを見る。恥ずかしくなった。
血は水より濃いと言うが、私はあの人たちの事を信じていない。別に不幸になったって、構わない。私は善人ではないから。
まあ、こういう情の薄いところがそっくりだと言われたら、反論できないけどね。
航海はつつがなく進む。
する事は何にもない。私はお客さんなわけだから、当然だけど。夜に眠れない事も増えたので、甲板を散歩することにした。
月が出ている。星を探したけれど、どれが「アトリア」なのか分からなかった。まだ南下が足りないのかもしれない。
月が綺麗だ。私は一人だ。これから先、私がのたれ死んだって、誰もその事を知らない。
「愛人に、なっとけば、よかったー」
無性に悲しくなって、甲板で泣いた。見張りの人がすっ飛んできて、厳重に注意されて、そのあとずっと誰かしらに監視されていた。
失恋の痛手で、身投げしそうな女の子に見えるらしい。しないっつの。
それから一年ちょっと、私はその辺をフラフラして、なんとなく南の国へやってきた。
別にレオに会いにきたわけではない。ただ、元気でいるかなと思ったのだ。
この国で、レオの事を調べることができなかった。冷静に考えなくても、多分偽名だったのだと思う。代わりに、「お相手」だったはずの王子様が、何処かへ行ってしまったらしいことを聞くことができた。
私のせいでどうにかなってしまったのかと思ったが、どうやら彼は自由人だったようで、私が逃げたことがわかるとこれ幸いと、別に探すわけでもなくまた市井に戻ってしまったのだそうだ。
それを聞いてとてもスッキリしたので、私はもうちょっと、南へ行くことにした。
さようなら、顔も知らない運命の人、レオナルド様。私の分までどうかお幸せに。
南には鉱山があると言うので、そこまで行こうと思っている。一人で野営をする。訓練の甲斐あって、私は結界を張ることができるので不安はない。
でも、一人は淋しい。
旅の仲間がいないとか、そんな話じゃない。魂が孤独なのだ。家族はいなくて、帰るところもなくて。運の悪さにするのは簡単だが、結局は全て私の選択の結果だ。
しょーもない。ひねくれ者は、損をする。
夜空を眺める。ゴチャゴチャして、どれがどの星座なんだかさっぱりわからない。
「『アトリア』の場所、聞いておけば良かった」
レオはとても目が良かったし、星座にも詳しかった。
いまさら、一人で調べるつもりもない。でも、いつかアトリアを見つけたら。そうしたら、星の導きってやつでそこに住もうかなと思っている。
途中で魔物に襲われて停滞していた商隊と合流した。私は卑屈でどうしようもないやつだが、人にはできるだけ親切にしようと思うぐらいの社会性はある。感謝されるのはやはり嬉しい。
そうしてやっと、目的地に到着した。
いろんな鉱石や宝石がたくさん取れるところで、ガラはあんまり良くないが、危ないところなので治癒術士の需要はとてもありそうだと思ったのだ。
しかし、街はとても閑散としていた。なんでも、ドラゴンが出るというのだ。ドラゴンはドラゴンでも、いわゆるトカゲみたいなやつじゃなくて。
本当の上位種、ガチのエンシェントドラゴンがうろつき始めたのだと言う。
まだ被害は出ていないが、話を聞きつけた自殺志願者が入山したり、まあ色々あったようで。もちろん、私に何かできるわけでもないので、簡単にこなせそうな依頼、怪我人の治療とか、そのへんだけ受けてさっさと逃げようかな。
そう思った時。
「S級冒険者の人が、即決で山に入ってくれましたから、もうすぐ何とかなると思うんですが」
S級冒険者って言ったって、レオと愉快な仲間たちに毛が生えたぐらい──ろくに調べもせずにドラゴンに挑むとなると、級が同じなだけで、ひよっこかもしれない。
「あー、死んだな、そいつら」と思いながらも、私にはどうしてあげることもできない。せめて名前ぐらいは覚えておいてやろうと、ギルドにある台帳をめくる。
ジャスティン。
リープ。
その名前を見て、冷や汗がどっと出てくる。瞳をほんのちょっとずらして、次の名前を見ると「グリム」とか言う知らない人だったのでほっとした。
レオ。
1番最後に、見慣れた字で書いてあった。
レオ。
レオ。
レオ? そんなはずはない。いくらなんでも、レオはそんなバカな事はしない。
「この人たち、どんな人たちでした?」
私の声は震えている。おそらくめちゃくちゃ変なやつだと思われた。
非常に残念なことに、彼らは私の知っている人たちのようだった。一人でふらっとやってきた女性が、山に入ってしまった。自殺志願者なのかもしれないと伝えたところ、とんでもない勢いで彼女を追って山に入ってしまったらしい。
一体、何が彼らをそんなロマンチックな行動に走らせたのかは、さっぱり分からない。
私は走る。とりあえず走る。走るってか登る。
やっぱり愛人になっておけばよかった。故郷に戻るって、家業を継ぐって、一体なんだった訳?
馬鹿だ。馬鹿だ。私は馬鹿だった。変に意地を張って、スカした態度を取って、彼から離れてしまった。
本当に──本当に、自分はどうしようもない女だ。
冒険者のままなら、レオのままなら、そんな事、私ならさせなかったのに。
整備されていても、山道は山道だ。私の足ではとても素早く登れない。
ズズズ、と地響きがして、嫌な魔力を感じる。エンシェントドラゴンだ。
──とても勝てない。
その圧倒的な魔力に私はビビって、ちょっと漏らしそうになった。
でも、エンシェントドラゴンが暴れていると言う事は。
今、戦っているのだ。
行かなければいけない。ばかだ、本当にわたしはばかだった。
お願い、レオ、生きていて。あなたがいなかったら、私も死んじゃうよ。お願いだから、どうか死なないで。五体満足じゃなかったとしても、私が養ってあげるから、とりあえず生きていて。ついでに、他の仲間も生きていて──
熱風が押し寄せてきて、私はその勢いですっ転んだ。風圧が酷くて、立ち上がれないので這いずって山を登る。
頭の冷静な部分と体がバラバラで、多分傍目から見たらとんでもなく変な動きをしていると思う。
神様、お願いします。心を入れ替えて、真面目に──素直になりますから。どうか私からレオを奪わないでください。お願いします。
今までの人生で一度もなかったぐらい、真剣に祈りながら、最後の岩によじ登る。
とたんに視界が開けて、平らな地面に──多分、戦ったせいでそうなったんだろうけど──
とにかくそこに、レオはいた。
生きてる。立ってる。五体満足だ。他の仲間も生きてる。
「……レオ!! レオーーーーーー!!」
自分でもびっくりするほどの大きな声が出た。
世界がひどくゆっくりになって、全ての動きが止まったようになる。
レオがこちらを振り向いた。
頭のどこかで、しまった、戦闘の最中に話しかけるなんて、私はなんて足手まといな──むしろ、これ私が敗因になるんじゃ──と思ったが、なぜか全員の動きが止まって竜までこちらを見ている。
「……レオ」
全員黙っていて、誰も動かないので私は仕方なく集団に近づいた。みんな真剣そのものの顔つきをしていて、私だけが場違いにべそべそしている。
「レオ、ダメだよ、レオ。勝てないから、帰ろうよっ。私を囮にしてもいいからっ」
「……もしかしなくても、こちらの人が、例の「アトリア」さんですか?」
全然知らない魔術師、どう考えても「グリム」さんだろうけど、その人がめちゃくちゃ嫌そうな顔で私を指差してきた。
レオはまっすぐ私に近づいてきて、頬をペチペチした後、右手にはめているバングルを確認し、その後竜の方を振り向いた。
「え?じゃあ、山に入った人って誰?」
事の発端は。
壮大な勘違い、その場にいた全員の勘違いであった。
彼らは、自殺志願者の女性が私だと勘違いしたらしい。
「茶色い髪で、三つ編みが二つで、紺色のローブで、リアと名乗る回復術士の20歳ぐらいの死んだ目をした女っつったらオメーだろ!」
重戦士のリープは思いっきりキレてきた。これだから、ガサツな男は困る。この年頃の女の子が、2年も同じ服、髪型でいるわけないのに。
「てか、逃げんなら先に言えよ!いや俺も『再会まで隠しておいた方がロマンチック〜』って黙ってたのが悪いんだけどね!?俺がめちゃくちゃ怒られたんだけど!?」
「ごめんて……」
弓使いのジャスティンも私にキレてきた。流石に彼には申し訳ないと思っている。
「すみません、お騒がせして本当にすみませんっ」
「いえほんと、こちらこそすみませんでした……人違いで……」
レオは件の女性と古竜に平謝りしていた。
女性はフィリアさんと言うそうだ。確かに、特徴だけ羅列すれば2年前の私とほぼ同じなのだが、顔は全然違っていた。ちょっとでも見ればわかりそうなものだけど、隠れていたのだから仕方がない。
「我は戻るぞ。やっと番を手に入れたのだ。まあ、久方ぶりの運動にもなったし、良いだろう」
エンシェントドラゴンさんは、番の気配を感じてこの周辺をうろうろしていたらしい。
あんまり初対面の人に根掘り葉掘り聞くのは私の流儀に反するので、深くは聞かなかったけど、要約すると諸般の事情で行き場がなく、人生に絶望して山に入ったフィリアさんこそが、古竜の「番」で、そこに運悪く追いかけてきたレオたちが「私がやられる」と思って仕掛けたらしい。
竜の方は当然番を奪われたくなくて激怒、フィリアさんはレオたちが素材狙いの冒険者だと思って物陰で熱烈応援。
そんな感じだ。こんな勘違いで戦闘していては、命がいくらあっても足りない。
「人の土地は襲わない」という証明のために、竜の鱗を一枚もらった。非常に親切な人……ではない。竜だけど。
男子達が大盛り上がりだったので、もっと鱗をくれた。人間をはるかに越えた器のデカさだ。素晴らしい。
当たり前だけど、売ればとてつもないお金になるらしい。
「家でも買うか」
「どこに住むかも決まってないのに?」
「そこを決めるのがまず、お楽しみだろ」
レオはまるで、離れていた期間が嘘のように笑った。
私たちはふもとに戻り、熱烈な歓迎を受けた。レオは必死に違うと説明していたけれど、私たちはこれからドラゴンスレイヤーと呼ばれてしまうらしい。恥ずかしい。
どんちゃん騒ぎは夜中まで続いた。町に来て、山に登って古竜と戦って、下山して、それからパーティーってどんな体力してんのと思う。
「冷静に考えて、俺たちめちゃくちゃアホだったよな」
「ごめん」
話は単純で。私と同じく「相手」がいなかったので、王子様のレオナルドは権力争いとは無縁で、放任されていた。それで、お供のジャスティンとリープを連れて、余所の国で冒険者になることにした。
その途中で見つけた私のことがどうにも気になったけれど、うまく自分のことを言い出せないまま時は過ぎ、やがて母国から「神託が降りてきたので戻ってこい」と呼び戻される。慌てたレオは、とりあえず先のことは考えないで私を連れて行こうと思ったけれど(本当にどうするか何も考えていなかったらしい)振られて、失意のうちに国へ戻った。
レオナルドは、あきらめて「アトリア」を待とうと思ったけれど、一応どんな人かは気になるので、ジャスティンを護衛隊に合流させた。
もちろんそこで弓使いは全ての真実に気が付いたけれど、彼は「劇的な再会」の方が美しいと思って、黙っていた。そもそも私がそんなことをするような人間だと思っていなかったのだと言う。
私が逃走した後、晴れて? 再び自由の身になったレオは、同じメンバーで傷心の旅に出ることにした。彼らの話し合いの中で、「リアはレオがレオナルドだと気がついたけれど、それでも逃げた。貴族が嫌いなので」と言うことになったらしい。そんな馬鹿な。
それで、途中で仲間を増やしつつ冒険の旅をしているうちに、今日の事件が起こったと言うわけだ。
話にすると、信じられないぐらい馬鹿な話で、私たちは離れ離れになって、死にかけたのだ。
「……なんか、本当ごめん。だって、私なんかがついて行ったら迷惑だし、そもそも好かれてるのかどうかもいまいち不明だったし、王子様がレオとかそんなことわからなかったし……」
神に誓った通り、私はこれからは素直になるつもりだ。意地っ張りは損をする。これまでの人生で、その事を痛いほどに理解した。
「いやー、あの時再会していれば、今頃王宮で暮らしてただろうな」
「王子様に戻りたかった?」
「全く」
レオは私に、お妃様になりたいか?と聞いた。答えは「いいえ」だ。貴族なんて、まっぴらごめんだ。お金と戦闘力のある平民が1番いい。優しくて、私の事を好きでいてくれたらもっといい。
レオが私の頬に触れてきた。恥ずかしくなったので上を向く。星がきれいだ。
「『アトリア』って、どれ?」
「あれ」
レオは一つの星を指さした。なんだ、だいたいいつも見えてるあいつじゃん。あまりにもしょーもなさすぎて、私は返事ができなかった。
レオはなんだか、私が感極まっていると思ったらしい。違うけど。
月がきれいだった。あの夜よりずっと、きれいだった。
「月がきれいだね」
しょーもない。レオは、王子様で、S級冒険者で、ドラゴンスレイヤーなんて称号までもらったのに、私と同レベルの感性しか持っていないのだ。
こんなに広い世界で、レオのことを好きな女なんてそれこそ星の数ほどいるだろうに、私で妥協してくるような、女を見る目のないやつなのだ。
つまりそれって、ものすごく、とてつもなく、私は運が良いってことになる。
いわゆるハッピーエンドだと思うのだが、私は泣いた。まあ、嬉し泣きってやつだ。
お読みいただき、ありがとうございました。長編も連載してますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。