久しぶりの……
お待たせいたしました。
今回はいつもより少しだけ長めです。
全力を以て臨んだ運命の入学試験。その結果は、見事合格――
試験を終えたときから確かな手ごたえは感じていたものの、やはり合格発表の日が近づくにつれて不安は募っていき、発表までの3日間は、毎日こより先輩が『拓登くんなら絶対大丈夫』と励ましてくれたおかげで、僕はなんとかメンタルを正常に保つことができた。
発表当日、合格者掲示から自分の受験番号を見つけるや否や、僕はすぐさま電話にてこより先輩に自分の合格を伝え、それを聞いた先輩は、やや涙声になりながら僕の合格を心から祝福してくれたのだった。
その後は、一気に受験の重圧と不安から解放された反動からか、僕が一週間ほど体調を崩して寝込んだり、母さんが『このままじゃ拓ちゃんが卒業式に出られない!』と大騒ぎしたりと、これまた色々あったのだが、その辺の話は例によって省略させていただく。
そして無事卒業式を終えて春休みに入った今日、僕は最寄り駅の改札前で、ある人と待ち合わせをしていた。
そう、“ある人”とはもちろんこより先輩である。
僕の体調が回復した後、先輩と携帯で今後の春休みの予定のについて話していたとき、『せっかく受験が終わったんだし、久しぶりに二人でパーッと遊びに行こう!』ということになり、最寄駅から3駅先にある、地元の若者御用達の大きなショッピングモールに出かけることになった。
そこは県内でも有数の大型複合商業施設で、百貨店や服屋、本屋等のショッピングはもちろん、シネマや和洋中華様々なレストランが立ち並んでおり、休日にはたくさんの人々が行き交い、とにかく活気に満ちている。
ちなみに、具体的に今日何をするかというのは特に決めておらず、とりあえずはどこかで昼食を食べた後、適当にショッピングがてら館内をぶらぶらしつつ考えようということになっていた。
断っておくが、これは決してデートなどではない。
先輩と僕は恋愛関係にはなっておらず、あくまで親しい友人という間柄である。
しかしながら、「仲が良く、ほぼ友人関係である先輩後輩」というのはまず間違いないのだが、今の僕らの関係は、何というかそれだけでは説明しきれないくらい複雑なものがある。
まず、周囲の人間からは、僕らは付き合っていると思われており、なおかつ僕らはそれを否定していない。
実際、僕も先輩も、付き合っているのか誰か聞かれた場合は「はい」とだけ答えるようにしている。
何故かといえば、それは先輩が異性からの人気が高く、彼女が「彼氏なし」でいるかぎり、絶えずほかの男子生徒からアプローチを受ける羽目になるからだ。
この世界では、数の少ない男性の重婚は認められているが、逆は認められない。
つまり、彼氏がいる女性が、別の男性と付き合うのは、その時点で「浮気」とみなされる。
これは、前の世界の常識では到底容認されない男尊女卑の極みといえるような考え方だが、男女比が歪なこの世界においては、そこに異を唱える者などおらず、当然とされている社会通念なのだ。
それはさておき、僕がこより先輩と付き合っているということにしてしまえば、先輩は周囲に「彼氏持ち」と認識され、それ以上ほかの男性にアプローチされることはなくなる。
いくら男性優遇とはいえ、数の少ない彼らの間でも、『彼氏持ちの女性には決して手を出さない』という鉄の掟が存在するのだ。
そして、それは男性嫌いで、日々異性からの熱い視線に辟易していた彼女にとって、願ってもない状況だったのだ。
ただまあ、“鉄の乙女“として有名なこより先輩と付き合っているとなれば、僕が周囲から質問攻めにあうのは必然ではあったのだが、そこは徹底して「いやーどうかなあ」とか「まあ、色々」とかいう風にお茶を濁したつまらない回答を心がけた結果、周囲はすぐに追求を諦めたのだった。
そして、高嶺の花的存在である先輩が、何故特に目立つところない単なる男子生徒Bの僕なんかと付き合いだしたのかという謎について、『先輩が男からお金を貰っている』だとか、『先輩は無類のヘタレ男好きではないか』とか、あらぬ噂があちこちからささやかれるようになるのは、大方僕らの予想の範疇だった。
しかし、所詮人の噂も七十五日。数ヶ月もすれば、校内の噂話の中心は僕たちから別の男女のカップルの話題へとシフトしていったのだった。
もちろん、こより先輩が高校に進学してからも僕らの関係は続いていたため、先輩の高校でも、『東中出身の“鉄の乙女”が、年下のひょろくて気弱そうな彼氏と放課後よく一緒にいる』と噂になっていたそうだ。
ともかく、そういう経緯から、僕たちは実際には友人関係であるにもかかわらず、周囲には恋人関係と認知されているのだ。
ちなみに、僕たちが恋人でないのは明らかだが、ニセ彼女やニセ恋人というのも違う。
事実、僕らは周囲に自分たちを恋人と認識させるために、デートのふりをして出かけたり、人前で恋人つなぎをしたりといった、所謂“恋人アピール”みたいな演技じみた働きかけは一切行っていない。
そもそも、先輩のほうに「男避けのためにコイツを利用してやろう」などという意図が一切ないのは明白で、単なる成り行きで「そういうことにしておこうか」という双方のゆるい合意が生まれ、こういう関係に落ち着いたのだから、ニセ彼女などと思われるのは心底心外だ。
まあそんなことはさておき、これからはまたこより先輩と毎日学校で会うことができる。
朝、一緒に登校し、昼休みには談笑しながら一緒にお弁当を食べ、放課後も二人で一緒に帰る――――
そんな先輩との穏やかで楽しい日々が、また始まろうとしている。
先輩が高校に進学してからは、せいぜい週に2回程度しか会うことはできなかったけれど、これからは毎日彼女とたくさんの思い出を重ねていくことができるのだ。
(……早く高校生になりたいなあ)
心の中でそんなことを呟きながら、ぼんやりと晴れた空を眺めていた、その時――
「――わっ!!!」
「うおうぅっ!!?」
突如、背後から現れた何者かにガッシリと肩を掴まれる。
そして、さきほどから思索の世界に没入しており、完全に虚を突かれた僕は、思わず大声をあげてしまったのだった。
道行く人たちは、皆何事かとこっちを見ている。……き、気まずい。
犯人が誰であるかは、もはや言うまでもあるまい。僕がさっきからここで待っているのは、こより先輩ただ一人なのだから。
「……びっくりしたぁ。……もう、こより先輩! いきなり何するんですか!!」
「うふふふ、ドッキリ大成功♪」
「……はぁ、まったくもう……。先輩は小学生ですか。年上なんですし……ちょっとは先輩としての自覚を持ってください」
「いいの! この前私が目隠ししたとき、ちゃんと答えてくれなかったから、今回はそのお返しよ。……それにしてもさっきの拓登くん、実に傑作だったわ。……ふふ、まさかあそこまで良い反応をしてくれるとはねぇ」
周囲から奇異の視線を集めているというのに、僕の苦言などまったく意に介さないといった様子で、いたずらっぽい笑みを浮かべているこより先輩。
出会ったばかりの頃の、よそよそしく取り付く島もないようなあの“鉄の乙女”としての先輩の姿は、僕の前ではもはや完全にお留守になっているのであった。
「はいはいそりゃよかったですねー。…………っていうかその目隠し云々ってもう2か月くらい前の話ですよね? 先輩って結構根に持つタイプ?」
「あら、今更気づいたのかしら? 今まで拓登くんから受けた非道な仕打ちの数々は、しっかりと私の海馬に刻み込まれていてよ」
「……へー。じゃあそんな相手と今もこうして関係を続けている先輩は、さぞかし救いようのないドMなんですね」
「……ぐっ、小癪な……。そう言われると返す言葉がないわね……」
「じゃあ僕の勝ちですね。なんの勝負か知りませんけど……とまあ立ち話はこれくらいにして。……先輩、そろそろ行きません?」
こうしてこより先輩とくだらないおしゃべりをしているのも悪くないのだが、せっかく久々に二人で遊びに出かけるのだから、改札前でずっと時間を潰していてはもったいない。
「……それもそうね。じゃ、行きましょうか。……でも、本当に久しぶりね。こんなに堂々と二人で遊びに行けるのは」
「そうですねぇ……。ついこの間までは僕が受験生でしたし、遊ぶといっても、どうしても後ろめたさがね……」
「でも今こうして自由の身になったんだから、拓登くんの合格祝いもかねて、今日は思いっきり羽を伸ばしましょう。こんなに天気もいいし……ふふふ、楽しみだわ」
そんなやり取りの後、「ふんふん♪」と上機嫌に鼻歌を歌いながら、早足で改札へ向かうこより先輩。
そんな彼女の背中を見つめながら、ふとこんなことを思う。
――彼女のそばにいることを許されている僕は、本当に幸せ者なのだ、と。
思わず頬が緩んでしまうような幸福感を噛みしめながら、僕もまた改札へと歩みを進めるのだった。