大事な人
ヒロインの登場しないラブコメ……それはもはやラブコメと呼べるのだろうか?
っていうことで、ついにヒロイン初登場回です。
時は決意の日から一気に飛んで、中学三年の1月。
僕は、県内でも有数の進学校への合格を目指し、この日も公立図書館の自習スペースで受験勉強に励んでいた。
入学最初の考査から全教科平均8割以上を維持しており、中2の2学期から既に受験を見据えて本腰を入れ始めていたこともあって、模試の判定もA、学校の教師からも塾講師からも合格は堅いだろうと言われていた。
それでも、最後の最後まで絶対に手を抜くつもりはない。億が一にでも、あの高校に落ちるようなことがあってはならないからだ。
ここまで必死になっている僕を見れば、多くの人はこう思うだろう。
高校なんていくらでもあるのに、なぜそんな一つのところに拘るのか?と。
それは、僕にとって大事な人と、同じ高校に通い、少しでも長く一緒の時間を過ごすためだ。
だから、最初から僕にとって行く価値のある高校というのは、この世にただ一校しか存在しない。
もしそこに落ちてしまったら、もう代わりなんてない。あの人と一緒の高校でなければ、どれだけ名門だろうが、どれだけ進学率が高かろうが、僕にとっては何の価値もない。
大げさでも何でもなく、今この一分一秒に、僕のすべてがかかっているのだ。
英語の過去問を解き終え、採点に取り掛かろうとしたとき、突然、視界が何者かによって塞がれた。
「だーれだ?」
「……」
「だぁーれだ?」
「……」
「ちょっとぉ!! 無視しないでよ!」
「図書館では静かにしてください、こより先輩」
「もう! わかってるなら最初から答えてくれてもいいじゃない。……拓登くんのいけず」
僕の視界を手で塞いでいた張本人は、「むぅ」と可愛らしく頬を膨らませてこちらを睨んでいる。
彼女の名は鉄原こより、僕の一つ上の先輩で、現在は県内有数の進学校に通う女子高生だ。
そう、先ほどから何度か言及している「僕にとって大事な人」であり、僕があの高校を目指す理由のすべてを担っている人である。
一言で彼女を紹介するなら、容姿端麗・成績優秀で、クールで知的な雰囲気を纏った才女であり、当然ほかの男子生徒からの人気は非常に高い。
ところが、先輩は男嫌いで有名であり、これまで彼女に告白し、あえなく玉砕した男子は数知れず。そしてついたあだ名は、“鉄の乙女”。
その異性に対する“鉄壁”ともいえるガードの堅さと、拷問器具の“鉄の処女”、そして彼女の苗字の一部である“鉄”の三つをかけたあだ名である。
艶のある長くて綺麗な黒髪、切れ長の涼しげな瞳に整った鼻梁、170近い高身長。そして何より異性の目を惹きつけてやまないのが、その豊かな胸。
「出るとこは出ていて、引くところは引く」というのを体現したような完璧なプロポーションである。
しかし、先のとおり本人が性的な目で見られることをひどく嫌っているため、僕は普段からそういう視線を向けないよう、彼女と話したりするときは、絶対に肩より下に目線が落ちないように完璧に習慣づけている。
さて、ここで多くの人がある点にツッコミを入れたくなっているだろう。
『なぜお前なんかが、“鉄の乙女”と呼ばれるほど男嫌いの先輩と、こんなに親しげな仲になっているのか?』、と。
まあ、そこにはちょっとした紆余曲折や偶然の連続があり、話せば長くなるので、ここではどうか一旦、「まあ、色々あったんだな」というような感じで流しておいてほしい。
「……まったく、いくら親しい仲とはいえ僕も異性なんですし、気安くボディタッチなんて止めた方がいいですよ、先輩。」
「あら? じゃあ拓登くんは、私の目隠しで何か変な気を起こしそうになったということかしら?」
「断じて違いますからね! はぁ……って僕は今大事な受験勉強中なんですから、ジャマしないでくださいよ!」
「少しくらいいじゃない。どうせ今もまともに休憩とってないんでしょう? 根を詰めすぎても逆効果よ。ほら、肩の力ぬいて」
僕の苦情なんぞどこ吹く風と言わんばかりに、こより先輩は後ろから僕の肩を優しくなでる。
「言ってるそばからそうやって……」
「ふふ…… 私と一緒の高校に合格するために、拓登くんがこんなに頑張ってくれているのは正直に言ってとても嬉しいわ。でもね、私は無理をしてほしくないの。最近の拓登くん、明らかに根を詰めすぎているわ。クマもひどいし……体を壊さないか心配よ」
……ずるい。
そんな優しく心配されたら、もう何も言い返せないじゃないか。
「……そうですね。確かに近ごろは気負いすぎてたかもしれません。その……気を付けます」
「素直でよろしい。ふふ……大丈夫よ。拓登くんならきっと合格できるわ。今日までずっとあなたを見てきた私が言うんだから、間違いないわ」
「……ふふ、ありがとうございます。一日でも早くまた先輩と同じ学校の制服を着て、一緒の校門をくぐれるように……僕、絶対に合格してみせます!!」
「……あ、ありがとう。そこまで真っすぐな瞳でそういわれると、なんというか……面はゆいわね……」
そう言って、少し照れたように頬をかくこより先輩。
くそっ……やっぱり可愛い。
……とまあこんな調子で、こより先輩が乱入してきてからというものの、肝心の勉強はほとんどはかどらず、結局この後は僕が彼女から逃げるようにして図書館を出たのであった。
【鉄原 こより】(かなはら こより)
身長:169センチ
体重:52キロ
年齢:16歳
好きなもの:恋愛小説(純愛モノ)、小さいもの、かわいいもの
苦手なもの:男性(祖父と拓登を除く)、下ネタやエッチな話題、弱いものいじめ
中学時代から主人公と付き合いのある、一つ年上の先輩。
苗字は「てつはら」ではなく、「かなはら」と読み、それを知らない人に読み間違えられると露骨に不機嫌になる。
容姿端麗(高身長で巨乳)、成績優秀とハイスペックなため、異性からの人気は非常に高いが、当の本人は異性からそういう目を向けられることを嫌っており、彼女に告白して無残に散った男子は数知れず。そこからついたあだ名は”鉄の乙女”。
自分に対して妙な色目を使ったり、性的な視線を向けてきたりせず、あくまで友人として親しくしてくれる主人公のことを好ましく思っている。事実、お互いに下の名前で呼び合っている異性は、家族や親戚を除いて彼のみ。
クールなイメージとは裏腹に、大のかわいいもの好きで、部屋には様々な種類のぬいぐるみが所狭しと並べられている。
また、生粋のおじいちゃん子。品行方正・質実剛健な性格であり、この世界では珍しく重婚をせず、祖母と二人で自分の母を育てた母方の祖父のことを大変慕っている。
※主人公の紹介は、ネタバレ防止の観点からもう少し先になります。