夏祭り
夜の道を、浴衣を着て私は歩いていた。黒地に赤色と金色の金魚が描かれた浴衣。どんな浴衣が良いか分からなかったので、お母さんの浴衣を借りた。
今日は地元の夏祭り。
いつもなら、絶対に行かないが、源さんから誘われて行くことにした。
待ち合わせ場所は、近くにある神社。
到着すると、他にも待ち合わせに利用しているのか、浴衣を着た人がちらほらといた。
源さんは……いた。あっちも気づいたようだ。
「先輩」
源さんも浴衣だった。下地はピンク、アサガオが描かれていて、明るい印象を受ける。また、長い髪は一房にまとめられていて、大きな白いリボンで留められていた。子供っぽい感じの浴衣だが、源さんの可愛らしさとマッチして似合っていた。
「先輩の浴衣姿……いつもより、エロいですね!」
「あ、ありがと……源さんも可愛いよ」
「ありがとうございます……でも、これ中一の時に買ったもので、それ以降あまり成長してないんですよね……」
苦笑いをする源さん。普通の高校生と比べれば発育は悪い方だが、今の源さんは十分可愛いと思う。
「では、行きましょうか」
そう言って、源さんはさりげなく私の手を握る。
「手……」
「人混みですので、迷子防止のためです!」
「……わかった」
それなら、仕方がない。
私が握り返すと、源さんはニッコリと笑った。
他愛無い話をしながら歩いてると、浴衣を着ている人たちが増えてきた。祭りの賑やかな音も聞こえてくる。
「さあ、着きました」
「……っ!」
私が夏祭りに最後に来たのは子供の頃だった。確か、小学低学年で、お母さんに連れられて来た。りんご飴や綿飴、金魚すくいなど、食べつくし遊びまわり、はしゃぎすぎて転んでひざを擦りむいた。お母さんが泣く私を背負いながら、家に帰ったことを覚えていた。終わりは残念だったが、とても楽しい思い出。
そして、久々の夏祭りの雰囲気に私は心を躍らせた。
暗闇を照らす、提灯の明かり。所狭しと並ぶ屋台の数々。夏祭りに来た人達は楽しそうに笑いながら、夏祭りを楽しんでいる。その光景全てがキラキラと輝いていた。
「先輩? ぼーとしてどうしたんですか?」
「……あ! ごめん、ちょっと感動しちゃって」
「……ふふ、連れてきてよかったです。でも、これで満足しないでくださいね? 今からいっぱい遊ぶんですから!」
源さんは私の手を引くと、歩き出した。私は人混みにちょっと躊躇ったが、源さんは普通に歩いていく。
「先輩! 綿飴ありますよ!」
おじさんがタオルを頭に巻きながら、綿飴を作っていた。値段は一つ五百円。高いな、これがお祭り価格かぁ。
「やっぱり、高いですね……先輩、一つ買って分けて食べましょう! おじさん、綿飴一つください!」
「はいよ」
源さんは綿飴を受け取ると、お金を払う。
「あ、源さん、お金……」
「気にしないでください」
「でも……」
年上として、年下におごってもらうのは面子にかかわる。
「わかりました。でしたら、次は先輩が奢ってください」
「うん、それなら」
私は納得し、綿飴を見つめた。一緒に食べるのだから、手で千切って食べるのかな。
「はい、あーん」
「ん」
源さんが私の唇に綿飴を押し付けた。流されるままそのまま、パクリと一口。
「甘い」
ふんわりとしてすぐに溶けてしまう。
源さんもパクリと食べると、「んー」と幸せそうな笑みを浮かべる。
「次はチョコバナナにしましょう! あ、焼きそばもタコ焼きも美味しそうですね! あっちにはりんご飴も」
夏祭りというか食べ歩きである。それから、何店舗か食べ歩き、お腹が膨れてきた。
「射的やりましょう!」
「射的か……」
銃を取り、眺める。子供の頃、やったな……でも、全然取れないんだよな……。
「お嬢ちゃん。只物じゃねえな……そんな若いのにどんな修羅場を超えて来たんだ?」
サングラスをかけた坊主頭のおっさん店主が、額から汗を垂らしそんなことを聞いてきた。
「いえ、普通の女子高生です」
「いや、でも」
「普通の女子高生です」
「詮索するなってことか。ふっ」
やれやれと肩を竦め、『わかったよ』と雰囲気を出しているが、ただのおっさんの勘違いである。もしかしたら、ちょっと痛い人かもしれない。
「先輩! 先輩! シュシュ狙いませんか? 色違いですけど二人でペアルックなんてどうですか?」
「……良いよ」
狙うのは水玉模様のシュシュ。赤色と青色の二種類があり、並び合っていた。
「では、私が赤い方を狙います! 先輩は青い方を」
「了解」
金を払い、受け取った弾は五発。銃を構え狙いを定める。
当たれ、と引き金を引くが、狙いは外れた。
もう一回、もう一回とやっていくが、当たらずに残り一発になってしまう。
案外簡単そうに見えて、難しいや。
「うぅ……取れなかったですっ」
源さんが隣で項垂れていた。ペアルックは出来ないけど、せめてシュシュを取って、源さんにプレゼントしよう。そしたら、喜んでくれるはず。
深呼吸して落ち着く。銃を構えて狙いを定め、引き金を引いた。
弾はシュシュには当たらず、明後日の方向へ飛んでいった。
そして、小さなクマのぬいぐるみの頭に命中し、落とした。
「先輩! すごいです!」
「あ、うん……」
ギュッと抱き付いてくる源さん。偶然当たっただけなんだけど……まあ、いっか。
「嬢ちゃん。景品だ」
「ありがとうございます」
おじさんからクマのぬいぐるみを受け取る。
「見事なヘッドショットだったぜ」
と、親指を立てて、ニィと凶悪な笑みを浮かべるおじさん。
「どうも」
私は苦笑いをする。受け取ったぬいぐるみをしばし見つめた後、源さんの頭に乗せた。
「あげる」
「えっ? でも、先輩……可愛いもの好きですよね?」
「……好きだけど……源さんにプレゼントしたいと思って」
恥ずかしくなり、顔を赤くする。源さんはぬいぐるみを手に取ると、ニコッと笑った。
「ありがとうございますっ! 一生、大切にしますね!」
「そうしてくれると、嬉しい」
プレゼントしてよかった……。
「プレゼントのお返しです」
源さんは私の頬にチュとキスをした。
「っ!?」
「ふふ」
可愛いと思っていたら、小悪魔な妖艶な笑みを見せる源さん。
「さあ、お祭りを楽しみましょう!」