プールでの出来事
学校でもっとも楽しいイベントは何か?
体育祭、文化祭、それともテスト。
私はどれも違う。もっとも楽しみなのは夏休みだ。
「これから夏休みになりますが、くれぐれも問題は起こさないように。では、以上」
長かった夏休み前のホームルームが終わり、教室の中が騒がしくなる。
「夏どこ行く?」「海だろ」「山だよ、山」「夏祭りも行きたいなー」エトセトラ。
夏休みをどう過ごすか、楽しそうに話している。私はそんなキラキラしたクラスメートたちを横目に教室を出ていく。
思わず口元がニヤけた。通りかかった人が「ひっ」と悲鳴を上げるが、気分が良い私は気にしない。
夏休み。居心地が悪い学校が一カ月も休み。最高じゃないか。
特に予定はないがそれだけで気分が良くなる。
「先輩!」
「っ! み、源さんっ!」
源さんが抱き付いてきた。私は柔らか感触と良い匂いに赤面しながらあたふたする。
「今からお茶しに行きませんか?」
「お茶?」
カフェてこと? でも、カフェなんか一回も行ったことないし……。
「はい! 人が少なくて、オシャレなところを見つけたんです。そこで夏休みの予定を話しましょう!」
「……うん」
そうだった。夏休みはいつも一人で過ごしていたが、もう私には源さんがいる。
今回の夏休みは面白いことになりそう。
そんなワクワクな期待を胸に秘め、源さんと一緒にカフェへ到着。
落ち着いた店内でジャズのBGMが流れ、コーヒーの良い匂いが漂う。
お客さんは私達を入れて、サラリーマン一組しかいない。これなら人混みが苦手な私でも安心できる。
コーヒーとケーキを注文して席に着いた。
「先輩はどこか行きたいところはありますか?」
「うーん……」
海。人が多いから嫌。
山。運動は嫌。
プール。人が多いから嫌。
夏祭り。人が多いから嫌。
うん、特にない。
「特にないから、家でゴロゴロしていたい」
「それはダメですっ! せっかくの夏休みなんですよっ! 楽しまないと!」
「そうは言っても……」
「はぁ……わかりました。でしたら、私が決めます。決めて先輩を引っ張て行きます」
「……横暴」
「横暴で結構です。私は先輩と遊びたいんです」
「……そう。それなら仕方がない」
恥ずかしくなり、私は源さんから目を逸らした。
「早速、明日、プールに行きましょう!」
「プール……あ、水着ない……」
「では、今から買いに行きましょう! とびっきり先輩に似合うのを選んであげますから!」
「えーと……」
「さ、早く行きましょう!」
そうして、水着を買った翌日、私と源さんはプールに来ていた。
「燦燦と降り注ぐ太陽! 雲一つない青い空! 絶好のお出かけ日和ですね」
「……うん」
私は柱の陰に隠れていた。
「もう、先輩は恥ずかしがり屋なんですから! 自分の身体に自信を持ってください! 最高に可愛いですよ」
「そう言っても……」
源さんの今の姿は、水色でフリル付きのビキニに、花柄のパレオ。長い黒髪はゴムで結びツインテールに。正直言ってものすごく可愛い。
対する私は……水着を隠すようにパーカーを着ていた。
だって、すごい人多いんだもん!
「せ・ん・ぱ・いっ!」
「あっ!」
源さんは私のパーカーのチャックを開けると、手早く脱がせる。
私の水着は黒のビキニ。飾り気は何もなくシンプルなもので、それゆえにスタイルがはっきり出る。
「さあ、行きますよ、先輩! きびきび歩いてください!」
「ま、待って……」
源さんは私の腕を引いて、柱の陰から引っ張り出す。
ちらほらと視線を感じ、逃げたくなるが、源さんの力は強く逃げられない。
恥ずかしさのあまり俯いていると、
「ねえ、そこの可愛い子ちゃん」
ふと、チャラチャラとした男性の声が聞こえた。
誰かをナンパしているのかな。
「あっちにさ、俺の友達いるんだけどー。遊ばない?」
「邪魔です。消えてください」
ん? 源さんの声だ。
もしかして、ナンパされてるのって源さん?
「そんな冷たいこと言わないでさ。後ろの彼女も一緒にみんなで楽しくやろうぜ! なぁ」
「その臭い口を閉じろクズ。ぶっ殺すぞ」
源さんが怖い! 普段の可愛らしい声とは全く違う!
源さんの新たな一面に恐怖を抱いていると、
「ちっ! 下手に出てれば調子に乗りやがって! ぶっ殺してやる!」
キレちゃった。み、源さんを助けないと……!
そう思い顔を上げて私が見たのは、チャラチャラした男が源さんに右ストレートを顔面に打ち込まれ、プールに吹っ飛んでいく姿だった。バシャンと水しぶきを上げて、男がプールに沈んでいく。
「ふー、全くクズが。先輩との楽しいひと時を邪魔したのは万死に値します。あ! 先輩ケガはないですか?」
「……ない。むしろ、あっちの方が」
「あー、大丈夫ですよ。一応手加減したんで」
「……そう」
思いっ切り吹っ飛んでたけど……あ、浮かんできた。ピクリともしてないんじゃない?
「おい、カズキ! 大丈夫か!?」
チャラ男の友達と思われる人たちが集まってきた。に、逃げないと、殺される……。
と、チャラ男の一人の友達と私が目が合った瞬間、
「す、すいませんでしたぁ! 命だけは勘弁してくださいっ!」
土下座した。地面に思いっ切り額を叩きつけて。
「おい、いきなり何して」
「バカっ! あ、あの女を見て見ろ! ありゃ、やべえ。何人か殺ってる目だ!」
土下座男が身体を恐怖に震わせながら私に指を差す。他の仲間たちが私と目があった瞬間、顔を青くして土下座した。
「すいませんでしたっ!」
「お、お願いしますっ……許してください……」
「ひぃ……死にたくねえよぉ……」
見っともなく泣き出してしまう奴もいた。
私は悪くないのに、傍から見たら私が悪役だ。まあ、いつものことだ。
段々と野次馬が増えてきた。
「流石、先輩……目を合わせただけで、土下座させるなんてカッコよすぎます……」
源さんは私を見てうっとりしていた。うん、嬉しいやら悲しいやらで複雑な気分。
さてと、
「逃げよう」
私は源さんの手を取ると、プールに飛び込む。そのまま源さんの手を引き、潜水して橋の下に隠れた。プールサイドからは陰に隠れて私達の姿は見えない。
「ふぅ……ここなら、大丈夫そう」
「はぁ……はぁ……」
「ごめん、大丈夫?」
「だ……大丈夫……です」
いきなり、潜水したせいで源さんの息は荒れていた。
「ごめん、私のせいで迷惑かけて」
「いえっ、迷惑なんて……先輩が悪いわけじゃないですよ! 悪いのはあのナンパしてきた奴ですから!」
「ありがと……そう言って貰えると気分が楽になる」
「先輩……」
うっとりと私を見つめてくる源さん。私は目を逸らした。
「それにしても、こんな人気のないところに連れ込むなんて……もしかして、誘ってますか?」
「それは……!」
確かに今いる場所は人気がなかった。カップルがウフフな場所として選んでも違和感がない。
源さんは私の首に腕を回すと、ぴたりと身体を密着させた。
「先輩なら、いつでも良いですよ?」
「うぅ……」
しっとりと濡れた髪は色っぽく、水の中で冷えた身体に、源さんの体温がより鮮明に温かく感じた。水も滴るなんとやら、というが普段の源さんよりもエロかった。
「冗談です。いくら人気がないと言っても外ですからね……」
「そ、そう……」
はにかむ源さん。ちょっと頬が赤いのは恥ずかしかったせいだろう。
「それに、初めては先輩の部屋でしたいですから。だから、今はこれで我慢です」
「ひゃっ!?」
ぺろりと私の首筋を源さんが舐めた。
「可愛い声ですね」
「……年上をからかうな」
「いつまでも踏み出せない先輩が悪いんです」
源さんはベーと舌を出すと、橋の陰から出た。
「さあ、先輩。泳ぎましょう」
「……うん」