愛妻弁当?
朝、起きてリビングに下りると、お母さんと源さんが一緒にご飯を食べていた。
「あ! 先輩! おはようございます!」
「あら、起きたのね。おはよう。コーヒーと紅茶どっちが良い?」
「おはよう、コーヒーでお願い」
私はそう言って椅子に座った。
「で、今日は何の用?」
「用がなければ、先輩の家に来てはいけませんか?」
不安気に瞳をうるうるさせる源さん。
「そ、そんなことはない……」
「わーい、ありがとうございます! でも、今日は用事があってきたんです! まあ、もう済みましたけど」
「ふーん……」
気になる……。
「残念ながら先輩には秘密です。ただ、一つ言えることがあります」
源さんはニコリと笑った。
「明日を楽しみにして置いてください」
そうして、翌日の昼休み。
お母さんが弁当を作り忘れ、購買で済ませよう席を立ったところ、源さんからメールが来た。
『お弁当、先輩の分も作ってきたので食べませんか? 食べますよね。屋上で待ってます』
なるほど。これか。
今朝、お母さんが『愛されてるわね』とニヤニヤしていた原因が分かった。
一体、源さんはお母さんに何を言ったんだか……。ちょっと胃が痛くなった。
「じゃじゃーん!」
源さんは二段重ねのピンク色のお弁当を見せる。
一段目は白米の上に桜でんぷんでハート、さらに海苔で『LOVE』と書いてある。二段目は、タコさんウインナー、玉子焼き、ハンバーグ、ミニトマト、ポテトサラダ。
新婚の嫁が作りそうな愛妻弁当である。
「ふふ、どうですか! 先輩への愛百パーセント込めて作りました!」
「……うん、美味しそう。それじゃあ、早速」
お弁当に手を伸ばすと、フイと避けられた。
「あの……源さん?」
源さんはお弁当を片手に箸を持ってニヤニヤしている。
あ、これはまさか……。
「先輩、あーんしてください」
「っ!?」
やっぱりか。ラブラブのカップルがやるあーんか。
だが、そんな恥ずかしいことできるわけがない。
「私の作ったお弁当食べれませんか?」
源さんの目から流れる一筋の涙。演技だと分かっていても、罪悪感が沸き上がる。
「た、食べれないわけじゃないよ! ただ、食べさせてもらうのが恥ずかしいだけで……」
「朝早くに起きて、先輩のために頑張って作ったのに……!」
「……」
「これくらいの役得はあって良いと思います」
私ははぁとため息を吐く。降参だ。
「……ごめん、頂くよ」
「っ!? ほ、本当ですかっ!?」
ぱぁと花咲くような笑顔を浮かべる源さん。
「うん、本当」
「で、では……あーん」
差し出されたのは玉子焼き。
私は覚悟を決めてパクリと食らいついた。
もぐもぐ、ふんわりして甘くておいしい。
源さんを見ると、すごーくニヤニヤしていた。もう、蕩けてしまいそうなほど。
「ふふ、これが伝説のあーんですか……たまりませんね。世の中のラブラブカップルもやるのも頷けます」
「源さん」
「っ!? は、はい……!」
「もっと食べたい」
恥ずかしいが、お弁当自体はおいしいのだ。
源さんはニヤニヤと笑みを浮かべ、
「今度は何が良いですか?」
「米」
「了解です!」
こうして、私は源さんに最後まであーんをしてもらうのであった。
「先輩、ご飯粒付いてます」
「えっ!?」
「私が取ってあげます」
源さんはそう言って、私の頬をペロリと舐めた。
「っ!? な、何すんの!?」
「ふふ、ご飯粒を取ってあげただけです。それに、手で取るなんて一言も言ってないですよ」
「うっ……」
油断した。源さんは隙あらば狙ってくる肉食動物だった。
「あ、唇にもご飯粒が」
「っ!?」
慌てて唇を触るが、ご飯粒はない。
「ふふ、冗談です。キスされると思いましたか?」
「うっ……」
「先輩のエッチ」
「な……! エッチなのは源さんでしょ!?」
「……おや、これは一本取られてしまいました。では、エッチな私は橋本先輩にセクハラをしまーす!」
「バカ、辞めなさい!」
わしゃわしゃと指を動かしながら、迫ってくる源さんを拒絶する。
「後、早く食べないとお昼時間終わるよ」
「あー、私なら大丈夫です。お腹空いてないので」
「お腹空いてないって……」
もしかして、体調でも悪いんだろうか。
源さんは苦笑いを浮かべると、
「実は料理を作るのを初めてで……何度も失敗しまして、食べ物を粗末にしてはいけないので、朝、食べて来たんですよ……おかげで、お腹がパンパンです」
このお弁当は源さんの努力の結果なんだ。
そう思うと、お礼をしたくなった。
「源さん。目を瞑って」
「えっ? どうしてですか?」
「いいから!」
「わ、わかりました」
源さんが目を瞑る。私は源さんの頬にお礼のキスをしようと、顔を近づける。
あああっ! すごーく緊張する……!
私は頬にチュッとキスをしようとした瞬間、タイミング悪く源さんがこっちを向いた。
そして、唇は頬ではなく、源さんの唇に当たった。
「「……」」
流石に源さんが目を開け、私と無言で見つめ合う。
「ご、ごめん! い、今のは頬にキスをしようとして……それで……!」
「……そうなんですか。まあ、失敗は誰にでもあることですし……それに、得した気分です……」
そう言いつつ、顔を赤くしてプイと顔を逸らす源さん。
あれ? 珍しく照れてる……? 普段はあんなぐいぐいなのに……。
そんな初心な態度を取られると、こっちまで恥ずかしくなってくる。すでに、恥ずかしいんだけど。
「もうそろそろ、お昼休み終るから、私、教室戻るね」
「あ、わかりました」
私は一足先に教室に戻るのであった。