名前呼びて、難しい!
翌日の昼休み。屋上に源さんが現れた。
「昨日ぶりです! 先輩!」
「……昨日ぶり」
ピタッと隣に密着して座る源さん。私はサッと距離をとる。また、密着。距離をとる。密着。距離をとる……。
「もう! どうして離れるんですか!?」
「だって……変なことされるかもしれない」
昨日は、頬にキスをされたのだ。次はどんなことをされるかわからない。
「酷いです! 人を変態みたいに言って……私、傷つきました」
体育座りをして顔を埋める源さん。もしかしたら、本当に傷つけちゃったのかも……。いや、自業自得だ。でも、自分に好意を向けてくれてるし……。
「源さん?」
声を掛けるが返答がない。警戒しながら近づく。
「ごめん、さっきは言いすぎた……」
「頭を撫でて欲しいです」
「え?」
「頭を撫でて欲しいです」
「……」
頭を撫でるか……やったことない……。
ぎこちない手つきで私は源さんの頭を撫でた。サラサラとした手触りに、ずっと撫でたくなる。
こんな感じで良いのかな……?
「隙アリ」
源さんは私の腕に抱き付いた。
「捕まえました! 離しません!」
「……」
変態に捕まってしまった。それに色々当たっている。小さいと思っていた胸の感触とか、太ももとか……。
「あれあれー。先輩もしかして厭らしい妄想しましたか?」
「そ、そんなこと考えてない!」
ちょっと、意識しちゃっただけだ。
「まあ、妄想してもらった方が嬉しいですけどね。ちなみに、私は日頃から先輩とエッチしている妄想しています」
「そんなカミングアウト、聞きたくなかった……」
ペロリと自分の唇を舐める源さん。その目線は獲物を狙う肉食動物のようだ。
このままだと食べられてしまうかもしれないが、腕をがっしりとホールドされてるので離れられない。
「まあ、冗談はこれくらいにして、先輩に大切な話があります」
また、大切な話か……。
「やっぱり友達を苗字で呼ぶておかしいと思うんです」
なんじゃそりゃ……。
「名前で呼び合おうてこと?」
「その通りです! ということでどうぞ!」
さあ、さあ、と急かす源さん。
「……」
「あれ? もしかして、私の名前忘れたんですか? はは、そんなことないですよね……」
「……ごめん」
謝るとピキリと石のように源さんは固まった。
普段から人と接していないせいか、人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
「うぅ……酷いです……傷つきました……胡桃です。私の名前は胡桃です」
「わかった……く、く……っ!?」
あれ? 何かものすごい恥ずかしい!
「ん? どうしたんですか?」
「いや、その……」
「もしかして、恥ずかしいんですか? 先輩って初心ですね~。ますます好きになっちゃいました!」
「そ、そう言う源さんはどうなの 私の事名前で呼べる?」
「言えますよー。優香先輩」
ニヤリと笑う源さん。
「さあ、次は優香先輩の番ですよ。さあ、言ってみましょう!」
うっ! あっさり言いやがって……。
「く………………胡桃」
い、言えた……。すごく恥ずかしかったけど言えた……!
「もう一回、呼んでください」
「え?」
「良く聞こえなかったので」
そう言うと、源さんは顔を近づけてきた。
「さあ、早く」
「ひっ!?」
真顔で迫ってくる源さんが怖くて、思わず悲鳴を上げる。
「あ! すいません! 名前で呼ばれたのが嬉しくて嬉しくて、ついおねだりしちゃいました」
「そ、そう……」
おねだりなんて可愛いものじゃなかったけど……。
「源さん、名前呼びは辞めよう」
「えっ!? どうしてですか?」
「身の危険を感じるから……それと」
私は視線を源さんから逸らした。目を見たまま言える自信がなかったからだ。
「……名前で呼ばれると……照れる」
「……わかりました。じゃあ、しばらくは先輩て呼びます。でも、いつかは名前で呼びますから、覚悟しておいてください!」
ビシッと私に指差し、宣言する源さん。
いつか、ね。そんな日が来たら良いな……。
「後、先輩」
「ん?」
源さんはにやにやと笑って、
「二つ目の理由ですが……名前で呼ぶよりも恥ずかしい発言だと思いますよ」
「っ!? うるさい!」
赤くなった顔を背けたのであった。