029話 やみ
オルトロスは煙になっていなかったので、倒された訳ではなさそうだった。
だが、踞ったまま動かない。
「俺、この状態の事知ってるぞ。」
「あたしだって知ってるわよ。」
「オブジェクト化だろ?」
「オブジェクト化でしょ?」
声が揃った。
オルトロスが自らオブジェクト化したのか、させられたのか…。
……恐らく後者だ。
こんなことを誰が出来る?
俺達がここに辿り着いて、もう30秒以上過ぎている。
つまり、これをやった犯人はグロウ以上の能力の持ち主だと言うことだ。
俺たちだって今までたくさんのモンスターを狩って来たし、こんな酷いことを……なんて今さら言うつもりもないが、わざわざこんなことをする理由は何なのだろうか。
正直、胸くそ悪い。
俺がそんな事を考えていると、突然隣にいたグロウが地面に落下した。
「おい、グロウどうした?
顔色が良くないぞ?」
俺は青ざめた顔をしているグロウに声をかける。
「何か、寒気がするの。凄く、嫌な感じ。」
俺は、グロウに気をかけながら周りを見渡した。
だが、特に気になるものは見当たらなかった。
しかし、グロウの様子は益々悪化していく。
その時、グロウが一方を指差した。
その指の先を目で追うと、20mくらい先の今までなにも無かったところに、突然黒何かがぼぅっと現れた。
何だ……あれは…。
「かっ、はっ…。」
黒い何かゆっくりと近づいてくる度に、グロウの呼吸が怪しくなる。
上手く呼吸が出来無い様で、喉に手を当てている。
グロウの事も心配だったが、俺は何故かその黒い何かから目が離せなかった。
いや、違う。
目を離すこと自体が、危険な気がした。
あいつは何だ?
グロウに何をした?
10m程に近づいたとき、その黒い何かの中心に小さな人影があることに俺は気がついた。
まさか、グロウと同じような個体が他にもいたと言うことなのだろうか?
更に、その黒い妖精のような何かが近づいてくる。
残り5m程になったとき、グロウの方からパッキーンと言う何かが割れるような音がした。
そして、グロウの激しく荒い呼吸が聞こえ始めた。
「ほう、オレの禁呪を破れるやつがいたとはな。」
黒い妖精が驚いたようなセリフを吐いた。
だが、言葉と違って表情や声色からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。
まるで感情自体が存在しないかのような不気味さを感じる。
「お前は何だ!?」
サイズに似合わず、押し潰されそうな威圧感を発するその黒い妖精に対し、俺はやっとの思いで言葉を発した。
「オマエこそ何者だ?
何故キサマには禁呪が効かない。」
黒い妖精は俺の質問に答える代わりに俺へ質問を返した。
「俺は、このチュートリアルダンジョンの参加者のアイザワ アツシだ。
禁呪が何かも知らないし、効かない理由も分からない。
さぁ、俺は答えた。
お前も俺の質問に答えろ。」
「チュートリアルダンジョン?
あぁ、なるほど。
ここはそう言う施設だったのか…。
まぁ、いい。
答えてやる。
オレの名はジェット。
『世界』の『闇』、ジェット・ブラックだ。」
「『世界』の『闇』………?」
「オマエは運が良い。
オレに初めて殺される相手になるのだからな。」
「オルトロスもオマエがやったのか?」
「オルトロス?
あぁ、そこで寝ているイヌのことか?
オレがわざわざ殺す価値もなかったので痛めつけた後、固めてやったのさ。」
「貴様!」
俺はそのセリフと同時に投げナイフをジェットにターゲットし、そのまま投擲した。
4本のナイフが、真っ直ぐにジェットに向かって飛んでいく。
しかし、ジェットに当たる直前で、弾かれる様にキンっと言う音がしたかと思うと、ナイフはその場で止まった。
それから、その状態をしばらく維持した後、ナイフは落下しながら煙になって消えた。
どうやらジェットを覆うバリアのようなものに弾かれたらしい。
「面白い術を使うようだな。」
ジェットはそう言うと、今度は自分の番だとばかりに、小さな丸い玉のようなものを俺に向けて放った。
俺に近づくにつれ、それは徐々に大きくなっていく。
よく分からないが、このまま当たるとまずい気がして、俺はグロウを掴んで横に飛んだ。
その黒い玉は、俺が元々いた場所辺りに到着すると、急激に大きくなり直径4mくらいの球体になった。
その後、その空間にあったものを全て切り取るように飲み込むと、今度は一気に小さくなって消滅した。
何だあれは。
EOではあんなものは見たことがない。
だが、兎に角危険な技に見えた。
俺にはまるで、全てを飲み込む深い闇――ブラックホールのように見えた。
「ほう。今のをかわすとは、危険察知能力くらいはあるようだな。」
ジェットは感心したような言葉を発するが、やはり感情は読み取れない。
圧し殺した訳ではなく、もともと持ち合わせていない様な冷たい印象を覚えた。
俺はイノリのスマホから炎槍の巻物を、俺のスマホから稲妻の巻物を取り出した。
そして、その二つを掛け合わせ、『簡易合体魔法ライトニングエクスプロージョン』を発生させると、アクションスキル【精神集中】を使用した上でパッシブスキル【塩梅】で最大限に増強して、ジェットに対し撃ち込んだ。
スマホ二台を駆使し、俺が現時点で合体できる最強の単体魔法同士を掛け合わせたものを全力で撃ち込んだのだ。
魔法攻撃でこれ以上の理論値を出せる技は今の俺にはない。
炎と雷の衝撃で、空気が焦げたような臭いとモンスターが消えるときに出るのとはまた違う黒い煙が立ち込めた。
その煙が晴れた時、そこに現れたのは俺からの攻撃を受ける前と何も変わらないジェットの姿だった。
「ちっ、これも効かねーのか。
どんなバリアなんだよ。」
俺の口からは自然と独り言が零れていた。
「ふん、その程度か。
やはりキサマも殺す価値のない存在と言うことか?」
ジェットがそう言った時、俺の後ろにいたグロウが【思念伝達】で俺に伝えてきた。
(あいつの周りには見えないオブジェクトがあるわ。
合図したら、ナイフを投げて!)
…なるほど、と、俺は思った。
確かに俺は以前にも見えないオブジェクトを『見て』いた。
そうか確かにオブジェクトなら、絶対に壊れない。
『世界』の一部だからだ。
ん?『世界』?
そう言えば、ジェットは自分の事を『世界』の『闇』だと言った。
『世界』とは何だ?
「今よ!【心眼】で狙って!」
グロウの指示で、俺はナイフを投擲した。
【心眼】で見ると、確かにピンポイントで穴が開いているのが分かった。
全く、無茶を言うやつだ。
だが俺は、この世界に来てからまだ投擲を外したことが無いのだ!
グロウの期待に応えてみせる!
俺は道化のアイザワ アツシだ!
―――
数秒の間をおいて、ジェットが声を上げた。
「キサマ!今何をした!」
ジェットには俺が投げたナイフが刺さっていた。
サイズがサイズなので、それだけでも十分に致命傷であるように見えた。
「このオレに傷を負わせるとは!」
だが、ナイフは直ぐに抜けると、落下しながら煙になって消えた。
ナイフが刺さっていた傷口から、黒々とした煙のようなものが、下へ下へとこぼれ落ちていく。
まるで黒いドライアイスのようだった。
「オマエ達、オマエ達だけは必ず殺してやる。
どんな事をしてもだ!」
ジェットが、俺とその後ろにいるであろうグロウを指差した。
こぼれ出した黒いドライアイスが、どんどんフロアに広がっていく。
「ちっ、このままではオレの力がこぼれてしまう!
次に会うときが、キサマの最期だ!」
ジェットはそう捨て台詞を吐くと、溶けるように姿を消すのだった。
―――
ジェットからこぼれ落ちた煙は、何かを探すようにフロアを漂い始めた。
そして、踞ったままままオブジェクト化したいたオルトロスの近くに来ると、突然オルトロスに吸い込まれてしまった。
「今の何だったんだ?」
「さぁ?何か吸い込まれてった様に見えたけど………。」
俺はグロウと顔を見合わせる。
俺は知っている。
こう言う状況を…。
これは…。
「「ヤバい!!」」
また、声が揃うのだった。




