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メデューサさんとコンビニへ


「蛙よ、いいか」


「なに? メデューサさん」


「これは、なんだ」


 冷蔵庫の扉を開け、半目で私を訴えかけるように見てくる。

 中身は魚肉ソーセージが三本だけ。他は何もなく、いつ見てもスッキリしている。


「スッキリした冷蔵庫」


「分かってるではないか!」


「どゆこと?」


「ほとんど何もぉ! 食い物がぁ! ないではないかぁああっ!」


 段々音量あげていくの止めて。耳を塞いでないとキンキンする。


「魚肉ソーセージがあるよ」


 冷蔵庫から取り出し、メデューサさんに一本差し出した。


「こんっな卑猥なもの食べれるかぁ!」


 バチんっと魚肉ソーセージを持っていた手を叩かれ、床に落としてしまった。

 勿体ないから食べよう。というか、卑猥って何がですか。


「よく食べれるな……」


「おいひいほ?」


「えぇい!飲み込んでから喋れぃ!」


 はぁ、とため息を吐きながらメデューサさんは突然全身から緑のオーラを放ち出した


「仕方あるまい。食料の調達は生存していくに当たって必要不可欠だ。だが、貴様は調達をサボってこの様だ!」


 少食なもんで、あまり買い物はしないんだよね。ソーセージ何本かあれば足りるし。


「私は大丈夫なんだけどなー」


「我は! 大丈夫じゃないのっ!」


 勝手に一緒に住むって言い出してきた方にご飯の催促されることが大丈夫じゃない。


「よって────我は狩りに出掛けるぞっ!」


「何を狩るの?」


「それは色々だ。鹿やら猪やら熊やらな!」


「危ないよー死んじゃうよー」


「我を舐めるでない。たかが脳のない獣共に遅れを取る我ではなぁあい!」


 はっはっはっは! と腰に手を当て高らかに笑い出したメデューサさんは、夕陽の光が当たって神様のように見えた。髪の蛇達も合唱しているように鳴き声が乱舞している。


 無論、とっても滑稽だ。


「ではゆくぞ蛙!」


「私も行くの?」


「当然だ! 我の華麗な狩り捌きを見せる必要があるのでな!」


 必要あるのかそれは。


「今、もう日が沈むよ?」


「それがどうした! むしろこの時間帯こそ、我の力がみなぎるというもの!」


 まぁ、いっか。

 と、いうことで、私達は一緒に狩り?に出掛けるのだった。


 財布、一応持っていこ。








「おい」


「ん?」


「鼠一匹いないではないかこの町」


 見て分かるくらい猫背になってテンション駄々下がりなのが伝わってくる。

 外に出るのだからと、髪の蛇達は普通の髪に変えてくれたけど、ほんとにただの綺麗なお姉さんだなあ。


 服は私のジーンズとワイシャツを着てるけど、サイズがまるで合っていないせいかジーンズは六分丈のレギンスのようになっていて、ワイシャツで隠れている所は胸と肩から二の腕辺りまでとどうみても痴女にしか見えない。

 丸出しなお腹と谷間が非常に卑猥だ。


「ま、まじまじと顔を覗くでない! な、何か顔についとるか? 髪はちゃんと変えたし……オーラも出さないようにしてるはず……」


「大丈夫、綺麗だよ、メデューサさん」


「なっ!? だ、だから、我をからかうんじゃない! ったく」


 からかってるつもりはないんだけどなぁ。

 何はともあれ、狩りに出掛けたはずが狩るものが一匹もいないんじゃただの散歩になってるのが現状です。


「あぁああっ! 何故この町は一匹も獣がいないのだぁあああっ!」


 天に向かって吠えられても、普通町中に鹿やら猪やら出てきませんよ。

 地域によってはありえるだろうけど、都会に囲まれた田舎みたいなこの町に獰猛な生き物なんて出るわけがない。


「そういえば、私と会う前はどうしたの?」


「蛙を食してた。夜になるとウヨウヨいるのでな、生きるためにそればかり食べていたなぁ」


「栄養不足だよぉ」


「確かにな。……えっ、そこなの?」


 目を丸くしキョトンとしたメデューサさんはさておき、目的地が見えてきた。


「む? あれはやたら明るい場所だよなぁ。……ちょ、ちょちょちょ! 入るのか蛙!」


 片腕を両手で引っ張られ、止められてしまった。

 何も怖いことないのに。


「ただの"コンビニ"だよ? "ゴーサン"って名前の」


「いやいやいやっ! か、蛙よ、何があるか分からない。ほれ、灯りに虫の奴隷共が群がっている。ここは虫を使役するほどの大物がいるに違いない……あ、あれか! 壁に描かれたムキムキなあやつが主か!」


 あー、ゴーサンのマスコットキャラである剛さんか。確か社長がやってるってテレビで言ってたかな。

 いつ見ても、マスコットキャラにしては可愛い所がなくてただのマッチョな人に見える。着てるTシャツにはゴーサンって書いてるけど。


「何も怖くないよー。あれ絵だし」


「こ、ここにはいないってことか?」


「うん、彼は忙しいはずだから」


 ふぅ、とメデューサさんは安堵の表情で緊張を吐き出した。

 あ、それでもやっぱり怖いんだね。私から一切離れようとしない。私の顔が胸の間に挟まってるのですが。


「いくよー」


「お、おう!い、行くぞ!」


 自動ドアの前に立つと、ウィーンと音を立てながら同時に「いらっしゃぁせー」と声が届いた。


「さ、何か食べたいのある?」


「な、な、な……」


 プルプルと震えるメデューサさん。いったいどうしたというのか。


「メデューサさん?」



「──────なぁぁあんてっ! 食料が充実しているのだここはわぁああああっ!」


 ウサギのようにピョンピョン跳ねだしたと思ったら、弁当コーナーや惣菜コーナーをキラキラした目で物色し始めた。


「蛙よ! これ食べたい!」


 見ると、焼き肉弁当とカルビおにぎりを指さしている。お肉大好きなのね。


「はいはい、いいですよー」


「よぉぉおしっ! では! さっそく全部持ち出そう!」


 ん? 持ち出す?


 やっぱりそうか。案の定、メデューサさんは弁当とおにぎりを全部腕に抱え、店内を出ようとしている。


「おきゃっさん! ちょ、まってくださあいよぉ!」


「なんだ貴様! 我に歯向かうつもりか!」


「はむすたぁ? よくわからねぇっすけど、それ、金払ってもらわないときびしぃっす!」


「金? あぁ、金貨のことか。悪いな、今は持ち合わせていない。だが! 我のような高貴な存在を目にしただけこの食料を持ち出す相当分にはなろう!」


 コンビニ弁当とおにぎりで釣り合いがとれてしまうのか。なんて安い高貴さなんだ。


「ちょ、まじかんべんしてくださいよぉ! サツ呼ぶっすよ!」


「サツ? はっ! 何を呼ぼうとて、我を邪魔出来るものは誰一人としておらん! はぁーっはっはっはっはっ!」


「いい加減にし……」


「すいません、お金払うんで」


 そろそろ警察呼ばれそうだし、静観してるのはよして、お金払って退散しよう。


「あー、そっちの連れっすか? 金払ってもらえるなら大丈夫っす。あざっす」


「メデューサさん、ほら、寄越して」


「むぅ」


 プライドが高いのか、まったく寄越そうとしない。フグみたいに頬をプクーッと膨らまして私を睨んでいる。


「そんな顔しても駄目だよ。ね、一緒にごめんなさいしてお金払お」


「なっ! 我が下等な人間に謝罪をするだと!? ふぅざけるなっ! 金貨も我の姿を見れただけ相応する価値があるであろう! シャー!」


「無理なら、今晩はご飯抜き」


「あ、はい」


 さっきからお腹の虫が騒いでたからね。流石の蛇神様も空腹には逆らえないっところかな。

 私は、一悶着あった間に商品を入れたカゴをカウンターに置き、店員さんに頭を下げた。


「いやいや、いいっすよ。金払ってくれるんなら全然」


「ほら、メデューサさんも謝って」


「……なさい」


「大きい声で」


「────ごめんなさぁいっ! うわぁあああああっん!」


 泣くほどなのか? とりあえず、謝ったからいいかな。


「ちょちょ! 泣かないでくださいよぉ! しゃぁあねぇなぁ……お姉さん、これサービスっす」


「ふぇ?」


 メデューサさんに差し出されたものは、缶コーヒーだった。


「後で飲もうと思ってたやつっす。まぁ、ストレスとか色々あるかもっすけど、ファイトっす!」


「お、お前はぁ……」


 いい人だぁ、この店員。金髪でいかにもチャラい感じだけど、人は見かけによらないってほんとだ。


「いいやつだなぁ……うっ、ひっく」


 大粒の涙を滴ながら、メデューサさんは受け取った。


「にしても美人っすねお姉さん。服装も凄いし。どうっすか?今度デートでも行かないっすか?」


「───殺すぞ人間」


「さーせん」


 口説かれた瞬間の切り替わりが早すぎる。


 なにはともあれ、買い物を終え、私達はコンビニを出るのだった。








 空はすっかり暗くなり、すれ違う人も少なくなってきた。

 メデューサさんは頭を抱えて苦しそうな表情をしている。


「どうしたの? 頭抱えて」


「……泣いてしまってすまん」


「いいよ。慣れてないんだろうし」


「……あぁ」


 まだ泣いた跡が目下にあって、少し目が赤い。こういう時、どうしたらいいんだっけな。


「メデューサさん」


「ぐす……なんだ、蛙」


 私が小さい頃、何か嫌なことがあってずっと泣いていた日は、誰かが何かしてくれた気がする。

 手は動く。覚えてはいない。でも、自然と体は動いている。


「……ん?どうした蛙。いきなり手を繋いだりして」


 私にも分からない。体が勝手に動いたのだから。

 でも、誰かが泣いた時にはこうしなきゃって、体が覚えている。


「わかんない」


「分からないとはどういうことだ! まぁ……構わないが」


「少しは落ち着くでしょ?」


「─────あぁ」


 安らかな表情になって、私に笑顔を向けてくれた。その笑顔はとても怪物なんかには見えなくて、私の心も安らいでいくように感じる。

 出始めた月灯りが私達を照らす。まるで、私達を見守るように。


「ねぇ、メデューサさん」


「なんだ、蛙」


「一緒に住むの、いいよ」


「なっ!? まだ認めてくれてなかったのか!」


「そりゃすぐには無理だよー。でも、メデューサさんほっとけないし」


「ほっとけないとはなんだ! 我を赤子のように言うな!」


「それに……」


 ────うん、私には願いがある。


 正直、どんな願いかは言葉にしたくない。認めてしまったら、私は壊れてしまうはずだから。


 でも、それを叶えてくれるというのなら────。




「────願い、叶えてくれるんでしょ?」


「……ふっ、やっと笑ったな」


 あ、私自然と笑ってたみたいだ。


 久しぶりだな、頬が緩んだのも。


「勿論だ蛙よ! 我は貴様に助けられたのだぞ? 今度は貴様……いや、貴様というのは違うな。蛙、お前の願いを必ず叶えてみせよう」


「──────うん」


 なんでだろう。なんで笑ってしまうんだろう。


 いつもと違う日常で、楽しくて、そして────凄く心地よかった。

 そうだ、私はメデューサさんに今日会って、とっても楽しかったから笑ったんだ。隅にしまっていた、楽しいっていう感情が甦るほどに。


「さぁて! なんだか機嫌もよくなったし! さっきの無礼な人間に授かった物でも食すとするか!」


 メデューサさんは、持っていた缶コーヒーを缶ごと丸飲みしてしまった。

 あぁ、やっぱり蛇なんだこの人。


「──────ぶぅぅぅうううううううっ!」


 メデューサさんの口からきらびやかな黒い噴水が勢いよく吹き出した。

 そういえば、あのコーヒー、ブラックって書いてたっけな。


「ぺっぺっ! ……あんの人間────八つ裂きにしてくれるわぁぁああああああっ!」


 夜中の空に向かって天高く吠えるメデューサさんは、今にも店員さんを襲いに行きそうで、私の握る手は強くなった。

 楽しいけど、面倒ごとはごめんなんです。


 そんなこんなで、私とメデューサさんのちょっと可笑しい共同生活は緩く緩く始まるのでした。


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