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メデューサさんは突然に


───眩しい。



 朝の日射しはどうも苦手だ。普段家から出ない私にとって、太陽は天敵みたいなもの。


「ふぅわぁああ───」


 お腹すいた。冷蔵庫に何かあったかな。

 居間に向かうと、いつもながらちゃぶ台とテレビしかない。とても女の部屋には見えないんだろうな。





「────目覚めたか、人間よ」




 さて、食べ物食べ物。

 確か魚肉ソーセージがあったはずだから適当に焼いて食べようかな。




「─────め、目覚めたか、人間よ」


 フライパンに油を敷いて、魚肉ソーセージを二本素焼きにして醤油をぶっかけるだけの簡単な料理だ。料理に違いない。

 さ、後はトースターでセットしてた食パンを取って完成。いつも通り、居間で食べよう。


「お! に、人間よ! やっと我を認識してくれるのだな!」


 美味しい。やっぱり朝食はこれが鉄板だね。


「あ、あの……人間……」


 そういえば、目の前の美人なお姉さんは誰だろう。


 深い緑色の髪の一本一本が蛇になっていて、何故かしゅんとしている。

 というか、着ている服は私のジーンズとワイシャツじゃないか。そうか、脱ぎ捨ててた服をそのまま着たってことか。


「!? こ、こっちを見ているのだな! よ、よし、やり直すぞ! コホン────目覚めたか、人間よ。昨夜は大変世話になって……」




 寝よう。

 食べたら眠くなってきたし、ニート特権の平日の二度寝といこう。




 ……なんだろ、何かが体に後ろから抱きつかれてる。


「─────お願いよぉ……こっち見てよぉ……」


 さっきのお姉さんがウルウルとした涙目で、四つん這いになりながら私を抱き締めている。

 お尻にその爆乳が当たってなんか気持ちいい。いい加減、反応してあげないとかな。


「どちら様?」


「ふぁ!? やっとこっちを見てくれた……反応してくれた……」


 そんなボロボロ大粒の涙を流す程なのか?

 私から離れると、呼吸を整えながらさっきまでいた位置に戻った。

 勝手にティッシュで鼻をかまないでよ。


「よ、よし! 気を取り直して行くぞ人間! ちゃ、ちゃんと見ておれよ! ─────目覚めたか、人間よ。昨夜は世話になったなぁ……まさか下等な種族に助けられるとは。そんな訳で、礼に貴様の願いを叶え……」





 さ、夢でも見てるようだし、また寝ますか。

 私は寝室に入り、扉を閉め、まだ暖かいベッドに潜り込んだ。

 うん、さっきの人は気にしないでおこう。きっと、夢なのだから。





 ───夢じゃないかも?


 再び居間に入ると、部屋の隅で体育座りのままそっぽを向いている。背中から漂ってくる哀愁と寂しさがなんともいえない。


「あのー、さっきのやつ、やっていいですよ」


「ドウセキイテクレナインダソウナンダ」


「大丈夫ですよ、今のもう一回お願いします。ちゃんと聞きますから」


「……ほんとうか?」


 彼女は片目だけ私の方へ向けている。チラ、チラ、とちょいちょい見てくるのがちょっと可愛い。私は笑顔で頷いた。


 すると、パァ……! と花が咲いたかのように彼女は満面の笑みを浮かべた。蛇達も喜んでいるのか目を大きく見開きながらシャー! と声を上げている。


「ま、まっておれ! よし、よし……や、やるぞ! やるからな!」


「どうぞどうぞ」


 座布団を枕にして、横になりながら見ていよう。


「よぉし─────目覚めたか! 人間よ!」


 あ、さっきより身ぶり手振り動きが激しいし声も大きい。まるで劇でも見ているみたいだ。


「昨夜は大変世話になったなぁ! まぁああっさか人間というかっとうな種族ぅに助けられるとぉは! そぉこでぇ! 礼に貴様のぉ! 願いをぉ! 叶えて……あーげるぅうっ!」


 途中から興奮しすぎてるのかキャラがおかしいんですが。

 そういえば、昨日雨の中コンビニから帰る時に、道端でブルブルと身を震わせて寒そうにしてる緑色の蛇がいたっけ。

 あんまり寒そうにしてたし、なんだかほっとけないから、雨に当たらないように傘を置いて濡れた体を持ってたハンカチで拭いてやった。


「はぁ……はぁ……ね、願いはないか? なんでも良いのだぞ?」


 膝に手をつき、ぜぇぜぇ息を切らしてる。普通に言えば良かったのに、体をダイナミックに使って話してたからそりゃ疲れる。


「願い……特にないですよ」


「─────へ?」


 きょとんとした顔でこっちを見てる。願いなんてないからしょうがない。


「ほ、ほんとに何もないの……か?」


「ないですよ」


「なっ!? 貴様……それでも人間か!」


 何故、指をさされながら怒られなきゃならないのだろう。


「人間とは強欲なもののはずだ。その欲は我ら高貴な存在よりも遥かに凌駕する……なのに、貴様ときたらなんなのだ! これでは予定外ではないか! プンプン!」


「そんなこと言われても。知らない人が朝起きたら居て、突然願いはないかーなんて言われても困ります」


「む……た、確かに」


 あ、またしゅんとしだした。蛇があからさまに落ち込んでるから分かりやすい。


「ならば……ならば……」


 なんだか彼女の後ろからゴゴゴゴゴゴゴって文字が浮き出てるように見える。


「────我が力で貴様の願いを見通してやるっ!」


 また指をさされてしまった。

 この人は、不法侵入したあげくに私の心も見るというのか。


 ……面白そうだから、見ていよう。


「────おぉおぉ、見えてきたぞぉ……貴様の願いが!」


 彼女の体全体が緑色に発光しながら、額に浮き出たまん丸な目を私にギョロリと向けている。

 あぁ、ほんとに人間じゃないんだ。


「なぁるほどぉ……先ずは名前を当ててみせよう」


「私の?」


「そうぉだっ! 貴様の名は────プッ」


 どうしたどうした。何故笑う。

 私の名前がそんなに可笑しかったんだろうか。まぁ、蛇多蛙、なんて名前はなかなか聞かないよね。


「笑わないでよー」


「クックッ……す、すま、プッ…………よ、よしぃ、貴様の名前は───蛇多蛙、だっ!」


「正解ー」


 彼女はひゃはははーと腹を抱えて笑いだした。ちょっとむかつく。


「名前ー、貴方の名前も教えてくださいよー」


「我か? フッフッフ……聞いて驚け泣け喚け! 我が名はそう─────メデューサだっ! ……だっ……だっ……だっ……」


 セルフエコーをつけてる所が少し偉大さに欠けてるように感じる。


 メデューサさん、か。


 確かメデューサっていうと、何かの神話で聞いたような。なんでこんなとこにいるんだろ。


「お、おい、なんだその腑抜けた顔は! 普通だったら、我の名を聞いただけで逃げ出していくというのに」


「うーん、なんか迫力にかけるというか」


「なっ、我の恐ろしさが足りぬというか!」


「そうかもだしー、そうじゃないかもだしー」


「はっきりせぬか!」


 そうだ、私がメデューサさんを怖くないって思うのは簡単なことだった。


「─────うん、ただの綺麗なお姉さんにしか見えないから……かな」


「…………ふぇっ!?」


 メデューサさんの顔が段々と真っ赤に染まっていく。

 暑いのかな? まだ春だからそんなに暑くないと思うけど。


「と、ととととととにかくっ! 貴様の願いを言い当てるぞっ! 聞いておれよっ!」


「はいはい」


「─────見えたぞ、貴様の願いがはっきりと」


 メデューサさんはずっとこちらを見ている。沈黙がいつまでも続きそうだ。

 どうしたというんだろう。私の願いを見て、いったい何故言わないのだろう。

 私に願いはない。ないはずだから、見えることはないはずだけど。


 ────そう、私に願いは……ないはずなんだ。


「フッ……今は言わないでおこう、蛙よ。さて、願いを叶えなくてはな」


「叶える?」


「あぁ、そうだ────今日からここで一緒に住むことにするっ!」






 ………………。


 この人は何を言ってるんだろう。


「はっはっは! 気にするな蛙よ! 我のことは守護霊とでも思っておれ!」


 えっと、思えないのですが。


「納得いきませーん」


「納得せい!」


 えぇ……。


「さて……我は少々眠くなったのでな。ふわぁぁあああ────寝させてもらうとするかぁ。ベッドはどこだ?」


 メデューサさんは勝手に部屋を探り始めた。寝室である部屋を見つけ出すのも時間の問題だろう。

 私はなんで否定しないんだろう。


「……いだい」


 頬をつねってみたが、夢じゃなさそうだ。


 紛れもない現実な上、彼女は言うなれば不法侵入者。ちょっと凄い蛇なだけだろうけど。

 それでも、私の体は否定しない。拒絶しない。


「ここか? おぉ、これは良いベッドじゃないか。ダブルベッドというやつか……捨てられてた雑誌で見たぞ」


 えぇーいっ! とプールに飛び込むようにベッドへダイブする様は、威厳の欠片も感じさせず、まさにただ無邪気にはしゃぐ子供そのもの。


「はぁ……ふかふかだなぁ……これは、良い夢が見れそうだ────すー、すー」


 メデューサさんは小さく寝息を立てて、そのまま寝てしまったようだ。

 私の足は動く。勝手に、ゆっくりと。メデューサさんの隣に、私は横になる。


 ────いったい、何故?

 それが異常だとしても、私の心は正常だと訴えている。


「なんだ、素直ではないのぉ。ほれ、抱き締めてやろうではないか、蛙よ」


 薄目を開けて、こちらを見透かしたように彼女は言う。




「……あっ───」




 豊満な胸と人形のように白く程よい肉付きな太股に挟まれ、私は包み込まれるように抱き締められた。


 ───心地良い。

 ずっとこのままでもいい。そう思えてしまえるくらいに。




 そして、私達は、夢の中へ深く深く沈んでいった。


気になった点や誤字脱字等ありましたら、是非指摘して頂けると助かります。

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