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短編

幽霊に教えられて

作者: 奈良ひさぎ

 どうやら俺は、幽霊に取り憑かれたらしい。

 友達を誘って隣県の有名な心霊スポットに行った日から、妙に体が重くなったように感じた。最初は気のせいだと思っていたのだが、ちょうど子供一人分くらい、自分が重くなったと自覚した瞬間俺はぞっとした。そして何だかんだあって三日ほど経った朝。


「あの……」


 いつも通りアパートの一室で目覚めると、ベッドの横にちょこん、と黒髪の女の子が座っていた。


「うわああ」


 こんな情けない声って本当に出るのか、と自分でもびっくりした。とってつけた感じにもほどがある。


「あっ、すみません驚かせてしまって」

「……え、誰」

「ちょっといろいろあって、あなたに()いてしまいまして」

「『ついた』?」


 一瞬頭の中で漢字に変換できなかった。が、彼女に足がない(・・・・)ことや三角の白い布を頭につけているところからして、憑依しているという意味だと何となく分かった。実際洗面所の鏡の前まで連れて行ってみると姿は映らなかったし、変態呼ばわりされてもおかしくないのを承知の上で肩を触ろうとしてみたが、すり抜けるだけで実体のあるものに触った、という感覚さえなかった。


「典型的な幽霊、ってやつか……?」


 ここまで分かりやすい特徴を並べられれば、嫌でも分かる。正直あちこちの心霊スポットに行くのもただの怖いもの見たさなだけで、オカルトの類に興味があるわけでもないのだが、さすがに目の前に幽霊が現れたとなると話は別だ。


「あの……よろしければ、ご飯をいただけませんか」

「ご飯……って」


 だがやらないとは言えないので、ちょっと朝食らしい朝食を出してみるとたちまちぱくつき始めた。幽霊なのに飯は食えるんだ、と俺は少し感動した。しかも何気に箸やスプーンも普通に持てている。俺の知ってる幽霊とは少し違う。


「あ……ごめんなさい、なんかずっと黙ってばかりで」

「まあ、それは確かに。まだまともな説明してもらってないし」


 幽霊の彼女はあっという間に用意した朝食を平らげると、ようやく俺に向けて説明を始めた。


「実はわたし、例の心霊スポット近くで事故に遭って死んで幽霊になってしまいまして」

「やっぱりそうなのか……って、え?」

「その時はお父さんとお母さんと一緒に車でお出かけしてたんですけど、あの心霊スポットの建物の近くで死んで幽霊になった人はみんな、あそこに集まっちゃうみたいで」


 確かに心霊スポットとして有名なその洋館の近くには見通しの悪い道路があって、昔から事故が多発しているという話は聞いていた。心霊スポットとして有名になったのが先か、事故の多発が有名になったのが先かは分からないが。そして彼女のお父さんとお母さんは亡くなったのは確かなものの、幽霊にはならなかったらしい、ということも聞いた。


「本当はあそこにいるみんな、成仏したいんです。いつまでも心霊スポットだから、って来る人にからかわれるのも嫌だし、幽霊でもあそこの雰囲気が怖いですし」

「そうなのか」

「でも、成仏するには人それぞれ思い残してることを叶える必要があるらしくて。たいてい家に帰るとか、もう一度行きたい場所があるとかであの心霊スポットから移動しなきゃいけない人たちばかりで。でも、生きてる人間にこうやって取り憑かないと移動できなくて」


 つまりこの子も、どこかしら行きたい場所がある、ということだろうか。しかしそう思うと同時に、別の疑問が浮かんだ。


「でもあの心霊スポット、俺たちが来たずっと前から何人もやって来てるよな。その人たちがいれば、もっと早くに移動とか成仏もできただろうに……」

「……それができないみたいなんです。幽霊を受け付けない体質だったりとか、その人との相性の問題とかがあって」


 他の幽霊の人たちを見る限り、生きている人に取り憑くのにもそれぞれ違う適性があるらしい、という意味のことを彼女は言った。


「……で、偶然俺が相性よかったって感じなのか」

「たぶんそうです。わたしも幽霊とやらになってまだ長くないですし、詳しいことは分からないんですけど」

「幽霊になって長いとか嫌だわ」


 見た感じ彼女はまだ小学校の高学年にもなっていないような格好だった。だがそれにしてははきはき難しい言葉も混ぜてしゃべっている。長くはないと言っても、やはりあの不気味な洋館に縛りつけられてそれなりに経つのだろうか、と俺は想像した。


「……それで? 俺に取り憑いて、何がしたいんだ?」

「そうですね……お父さんとお母さんに、もう一度会いたいです」

「でも、もう亡くなってるんだろ」

「ええ。だから、お墓参りに。一緒に、行ってくれませんか」


 行かなかったら? と俺は出来心で聞いてみる。あなたを呪うと思います、これから先も不幸ばかり……と言われたので、俺は大人しく従うことにした。




「……なんか、こんな気分で墓地に来るのなんて初めてだな」


 俺や友達はみんな、あちこちの心霊スポットに行って肝試しをするのが趣味の集まりだった。もちろん行った場所の中には墓がところどころ荒らされた寂れた墓地もあった。だからこそ、例の洋館から比較的近い場所にあるその墓地に足を踏み入れた時、俺は複雑な気分になった。


「あれです」


 場所を移動する時は、俺の体を媒介にしないといけないらしい。幽霊の彼女は今俺の体の中に入って、中から俺に声をかけていた。なんだかくすぐったく感じた。


「これ?」

「そうです」


 墓に刻まれた文字を見て、そこで俺は彼女の名前を初めて知った。といっても、苗字だけだが。

 俺が汲んできた水を使って墓石の掃除を始めると、彼女は俺の体を抜け出し、一緒に掃除を始めた。それを見て、部外者の俺より彼女がやった方がいいだろう、と一歩引いて見守ることにした。線香、ロウソク、花、きれいな水、食べ物と供えていって、最後に彼女がそっと手を合わせてうつむいた。俺もそれにならう。


「……ありがとうございます」


 二人で一緒に墓に手を合わせている時間は、不思議と長く感じた。彼女の言葉を合図に、俺は合掌をやめた。


「いや、いいよ別に。それに、俺も何か見方が変わった気がする」

「何の話ですか?」

「あー、いや、こっちの話だ。気にすんな」


 手を合わせているときも、頭の半分では俺の今までの行いを思い出していた。どんな人が眠っているかも分からない静かな場所にわざわざ土足で踏み入って、散々騒いで。悪く言えばそんな感じだ。でも彼女の両親に対しても同じことができるかと聞かれたら、俺は首を横に振るに違いない。


「あの。実はもう一つ、行きたい場所があって」

「ん?」


 まだ終わっていなかったらしい。俺は彼女の言う通り、洋館のさらにその先にある高台まで車を走らせた。


「実はあの日みんなで、この丘まで星を見に来る予定だったんです。でもその途中で事故に遭って、結局見れずじまいで」

「なるほどな」


 まだ夕方で星が見えるようになるまでは時間があったので、俺は途中のコンビニで買ってきたおにぎりを一つ、彼女に手渡した。


「食うか? せっかくだし」

「いいんですか?」

「そんな細かいこと気にするほどケチくさくねえよ」


 しかし幽霊なのに、飯は食えるのな。

 そう思っているうちに、彼女はあっという間にそのおにぎりを平らげてしまった。


「ここの星をずっと見たくて。……なんかそんなのが未練って、ちょっとこだわりすぎっていうか」

「いや、そうでもないと思う。もうすぐ星が見れるって時に死んだら、そりゃ幽霊にもなるだろうよ」


 本心から俺はそう言っていた。同情からくる言葉に聞こえただろう。でも、それでいい。


「俺さ、今まであの洋館みたいな心霊スポットに行っては騒ぐ、みたいなのが好きでさ。でもなんか、目が覚めた。正直亡くなった人の気持ちなんてこれっぽっちも考えてなかったし」

「それは……そうですね。先輩幽霊の人の中にもそういうのは迷惑してる、って言ってる人いました」

「ああ。今日のことだけで十分、それが分かった。それから何年も会ってない死んだじいちゃんにも、たまには会いに行かなきゃなってことも」


 丘の上には草原があって、そこに思い切って寝転んでみた。地面は固く決して寝心地はよくなかったが、何となく懐かしい気分にはなった。そしてそのまま俺はいくらか、うたた寝をしたらしい。


「見てください、この星空……!」


 彼女に揺り起こされた。目を開けて飛び込んできたのは目を輝かせる彼女の顔と、


 ――言葉を失うくらい明るくてきれいな星々。


 俺は頭の先から足の先まで、その明るさに包まれたような心持ちだった。同時に彼女が涙を流すのと、もともと薄かった彼女の姿がより透明に近くなっていくのが目に映る。


「ありがとうございました。わざわざ……」

「いいよ、もう。未練はなくなったのか」

「……ええ。おかげさまで」


 もうすぐにでも彼女がいなくなりそうだったので、俺はあまり多くしゃべっても届かないな、と思った。だから最後にそれらしいことを言っておいた。


「じゃあな。気ぃつけて帰れよ」


 次に瞬きした時には、その丘にいるのは俺一人になっていた。




「じいちゃん。会いに来たぜ」


 それからしばらくして、俺はあの時宣言した通り、じいちゃんの墓参りに来ていた。線香、ロウソク、花、きれいな水、食べ物と供えていって、最後に手を合わせる前にふとその手を止めた。


『ありがとうございます』


 透き通った女の子の声が聞こえた気がした。天国に行ったんじゃねえのかよ、と俺はついこの間のことを思い出してつぶやく。だが当然、周りに彼女の姿はなかった。俺も見えないってことはやっぱり、いなくなったんだ。


「……ありがとうはこっちだよ」


 元気にしてるか、じいちゃん。


 俺は心の中でそう声をかけて、そっと手を合わせた。

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